目を開けるとベッドを囲むように張られた天蓋と、
その薄く透ける布の先に天井から吊るされた豪奢な照明が見えた。
ベッドの色と同じ上品なクリーム色のカーテンの隙間から、朝の日差しが漏れ出ている。

昨日は酔っ払って……えーと、
……ランクルスが運んでくれたのかな。
広々としたベッドの真ん中で気持ち悪さの残る頭を片手で抱えながら、
先に目覚めていたランクルスに問いかけると、そうだとばかりに頷いた。
やはりランクルスは頼りになる。



気だるさに包まれながらランクルスを引き連れてドアを開けると、
ゆったりとソファに腰掛けているアクロマ博士と目があった。


「昨晩は良く眠れましたか?」

博士はやんわりと微笑みながらそう尋ねると、ふああとあくびを一つ。
メガネは外していて、目の下にはうっすらとではあるが隈ができている。
彼の手元には起動しているタブレット。
テーブルの上にはメガネケースとコーヒーカップ、散乱したスティックシュガーの包み紙。


「あ、はい、一応……。
 ……もしかしてアクロマ博士……寝てない、ですか?」

「いえ、PWTで採取したデータの考察をしていたら朝になってしまいまして」

興奮して眠れなくなることは、わたくしには良くあることなのです。と博士は笑った。






「すみませんが、ナマエさん」

「はい」

「八時半に起こして下さい。少し眠ります」

「分かりました。八時半、ですね」

私がそう確認すると博士はそのままソファーに倒れ込むようにして横になり、
あっというまに寝息を立てて眠ってしまった。





さて、博士が眠った所で……風呂にでも入るか。


お湯が満ちるのを待ってバスルームに足を踏み入れると、湯気でうっすらと白んでいた。

よく磨かれている大きな硝子の窓からはPWT、その先に朝日を受けて輝く美しい海が見える。
ランクルスはバスルームから見える景色が気に入った様子で、窓の前でふよふよと浮かんでいた。

そういやさっき何気に化粧のとれた顔見られたな。
……まぁいいや、徹夜の実験に付き合わされた朝なんか、もっとひどい顔してただろうし。
まぁいいやとか思っちゃ駄目なんだろうけど。


――もし今、博士が入って来たら……ないないないない。
ぶんぶんと首を振って突然湧いて出た想像を打ち消す。
……まぁ何かの間違いで入ってきたとしても、
ランクルスのサイコキネシスをおみまいしてやろう。



お風呂から上がって、ランクルスと一緒に冷蔵庫に入っていた冷たいミックスオレを飲む。
髪を乾かし軽く化粧をしていると、ランクルスが肩をつんつんとつついてきた。
時計を見ると8時25分。
ああ、そろそろ博士を起こさなきゃいけないんだった。
冷蔵庫からおいしい水を取り出してから、博士の眠るソファーへと近づく。


白く滑らかな肌、長い黄金の睫、すっと通った鼻筋、形のよい唇。
まるで作り物のようだ。呼吸をしているのが信じられないくらいに。


「アクロマ博士、起きて下さい、アクロマ博士」

「んっ、ナマエ、さん?」

呼びかけると博士はうっすらと目を開けた。
鼻に掛かった声で名前を呼ばれると勘違いしてしまいそうになる。
彼は体を起こすとテーブルの眼鏡ケースに手を伸ばし、眼鏡を掛けた。


「アクロマ博士、お水です」

そう言って博士においしい水を差し出した。


「ありがとうございます。
 あなたは気がききますね」

「いえ、全然」

彼はペットボトルに入った水を咽に流し込むと、手で口を拭った。


「さて、と……。
 戻りますか」

波止場までフリゲートが迎えに来てくれているようですから。
博士はそう言うと、帰る支度をするように私に促した。






(2012/08/31)




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