キョウヘイ君が見事勝利を収めた試合の後、
挑戦者として参加していたアクロマ博士と違い、
観客席にいた私は人の波に揉まれ、なかなか会場から出ることができなかった。

やっとのことで出口まで辿りつくと人ごみの中に
アクロマ博士の土星みたいな後姿を発見することができた。


「あ、アクロマ博士!
 遅くなってすいま……あーーー!」

「おや? どうしたんです?」


目の前には波止場からすでに出港してしまったプラズマフリゲートが。
黒い帆船は岸の方から離れていき、みるみるうちに小さくなっていく。




「アクロマ博士! プラズマフリゲート行っちゃいましたよー!」

「そのようですね」

「そのようですねって。どうするんですか」

「ホテルに予約してありますよ」

経費でね、と博士がウインクした。


「さっすが博士!」

「ここ最近船上で寝泊りしていましたからね。
 たまには陸に上がって眠りたいものです」







リッチホドモエのロビーで予約確認をしてもらう。
では、こちらを。と受付嬢に博士が渡された鍵は一つ。


「って、相部屋ですか」

「予約が殺到していて、一室とるのが精一杯だったのです!
 ……何かご不満でも?」

「い、いえ、滅相もない!」


こんな高級ホテル滅多に泊まれないし。
何かあったらランクルスが助けてくれるだろう。
そうだ、ポケモン達が一緒だ。そうだ、そうだ。


エレベーターで最上階まで上がる。
短い廊下の突き当たりまで進み、アクロマ博士がドアを開くと。

(……広っ!)

今見えている範囲だけで普段プラズマフリゲートで、
寝泊りしてる狭い部屋の5倍はありそうだ。


博士は部屋に着くと裾の長い、もはやコートと呼んでもいいような白衣を
無造作にソファに脱ぎ捨て、手袋も外した。

とりあえずランクルスをボールから出す。
白くつるんとした顔に小さな胴体。つぶらな瞳にへの字口。
体全体はぷよぷよの緑色のゼリーで厚く覆っているポケモン。

ふわふわと浮かびながら、長い腕をぐるぐると回して伸びをしているようだ。




私はというと白衣を脱ぐのも忘れてランクルスと一緒に内装を見て回った。

全面大理石の開放的なバスルームに、
キングサイズのベッドの置かれた広々としたベッドルーム。
ベッドにはなんと天蓋付だ。壁には高そうな絵も掛かっている。

調子に乗ってふかふかのベッドに埋もれていたら、扉の向こうから博士の呼ぶ声がした。


「ナマエさん」

「はい!」

「そろそろディナーにしませんか」




博士は手持ちのポケモン達を出して自由にさせていた。
PWTで戦っていたレアコイル、リグレー、そしてギアル。

ソファーに座ってランクルスと戯れながら待っていると、料理が部屋に運ばれてきた。


ウエイターがワインを開け、グラスに注いでいく。





「それでは、博士の研究の成功を祈って、乾杯!」

ワイングラスを目の高さに掲げ、乾杯する。

博士がグラスに口を付けたのを見届けた後、私もワインを一口飲んだ。

おいしい。普段飲んでるのと全然違う。
私はワインに詳しい訳ではないから、細かな味の違いまでは分からないけれど、
それでも、とにかくおいしい。

彼が料理を口に運ぶ様を何気なく見ていると、動きが洗練されているというか……、
やっぱり育ちがいいんだな……などと考えてしまう。


ポケモン達はというと、レアコイルは博士の隣を離れようとしないし、
ギアルはランクルスと追いかけっこをしているのか部屋の中をぐるぐる回っている。
リグレーはひたすらポケモンフーズをほおばっていた。



ワインが美味しかったのと、慣れない場所で妙に落ち着かないのとで、
結構な頻度でグラスに手をかけた。




そして、見事に酔っ払った。





「アクロマはかせぇ、あたし酔ってませんってばぁ!」

「いいえ、あなたは十分酔っていますよ」

「いやぁ、だからぁ、酔ってないってぇっ」

火照った体にはランクルスのひんやりとやわらかい感触が堪らなく心地よい。
膝に乗せていてもランクルス自体はサイコパワーで少し浮いてくれているので
あまり重たさは感じない。

「ランクルスちゃんは可愛いんです!最高なんです!
 アクロマ博士もそう思いますよね! 」

「いえ、わたくしはもう少し無機質なポケモンの方が」

「ええー、ランクルスちゃんの魅力が分かんないですかー!
 信じらんない」

ランクルスの顔のあたりを左右に引っ張ったり戻したりして遊んだ。
愛らしい丸い顔が引き伸ばされて間抜け面になるのがまた可愛い。

「ナマエさん。今日はこのあたりでお止めなさい」

「えー、なんでですか、ふふ」




………
……






「ようやく眠りましたか」


アクロマはソファーで眠っているナマエの体をそっと抱き上げベッドルームへと運ぶ。
その後ろをふよふよと浮かんだランクルスが追いかける。

ナマエの体をベッドに横たえると、彼女のやわらかな髪に触れた。
ふと、後ろから物凄い視線を感じたアクロマは振り返ると小声で言った。


「おやおや、そんな怖い顔で睨まないで下さいよ。
 あなたのご主人に手は出しませんから」

今は、まだ、ね。
アクロマは不敵な笑みを浮かべ、ナマエを起こしてしまわぬようそっと立ち去った。






(2012/08/30)




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