「……アクロマ博士っ!アクロマ博士!
 大丈夫ですか?」

彼が、まぶたを開ける。
金色の美しい瞳が、私を捉える。

「ナマエさん……?」

「……良かった」

私は安心し、ほっと胸を撫で下ろす。
意識が戻ったばかりでぼんやりとしている博士に、
ちょっと待ってて下さいね。と、そう告げて私は操縦室を出た。






「博士、お水です」

操縦室に戻って来た私は、
コップに注いだばかりのつめたい水を博士に手渡す。

「ありがとうございます。
 やはり、あなたは気がききますね」

「あたりまえじゃないですか。
 何年博士の助手をやっていると思ってるんです?」

私はそう得意げに笑ってみせた。



「それにしても、いきなり倒れたからびっくりしましたよ」

「これはこれは、お見苦しい所を」

博士はコップの水を飲み干すと、
目覚めてから数分しか経っていないにも関わらず、
何かに急かされるようにすっと立ち上がった。
彼はハイネックのボタンを上まできっちり留めると、白衣をサッと羽織る。

一体どうしたのだろうと思っていると、博士が口を開いた。


「プラズマ団を解散させます」

プラズマ団を……解散させる!?

「え、それって、いいんですか!?」

博士はプラズマ団のボスと言えど、それは表向きの話で、
実権を握っていたのはゲーチスのはずだ。

「ええ、ゲーチスはもう再起不能でしょうし、
 絆の力が証明された今、わたくしにはもう必要ありませんからね」


彼はそう言ってやんわり微笑むと、こう付け足した。

「それに、ゲーチスはキライ、ですから」


「えっ!?」

「ゲーチスはキライです。
 おや、言ってませんでしたっけ」


博士はとぼけたようにそう言うと、白衣をの裾を翻し、
さっさと歩き出してしまった。

「あ、ちょっと、待って下さいよ、博士!」









食堂に団員達が集められる。
乱れた髪をワックスできちっと固め直した博士が壇上に上がる。
会場全体はこれまでの戦いの疲れと、
博士のこれからの発言に集中しているのとで静まり返っていた。

私は博士からほんの少し離れた壁際でその横顔を見守る。


彼は語り始める。

「みなさんも知っての通り、ゲーチスはかのトレーナーに敗れました」

どうやら博士はジャイアントホールでの一連の映像を私たちの居た操縦室だけでなく、
食堂のスクリーンにも流していたらしい。


「あなた方にももうおわかりでしょうが、
 わたくしは、ゲーチスによって祭り上げられただけの存在に過ぎない」


そう、博士はただ雇われていただけ。
けれども彼もまた、自らの研究の為にプラズマ団を、ゲーチスを利用していたのだ。
そう考えると、彼らの関係において一概にどちらが悪い、
ということは言えないのかもしれない。


「そして、わたくしは世界征服などどいうものには、少しの興味も沸きませんので、
 彼の後を引き継ぐつもりは毛頭ありません!」

自らの望む答えが得られた今、彼にプラズマ団の活動を続ける理由は無い。



「よって、わたくしはここに、プラズマ団の解散を宣言します!」

雷に打たれたかのように団員達の表情が固まる。
彼らはまだ受け入れきれていないのだろう。
その、事実を。

そして、これから彼らに待ち受けているのは世間からの非難、冷たい視線だ。
分かっている、彼らのやっていたことは許されることじゃない。
けれど、それでも……。


「しかしながら、いきなり解散を言い渡されても
 あなた方も困惑することでしょう。
 留まりたい者はここに残っていただいても構いません!」

「……博士!」

博士のその言葉に、顔を上げる団員達。


「ただし、一つ、条件があります。
 それは、ポケモンを大切にすることによって能力を発揮させることですっ!」

アクロマ博士は力強くそう言い切ると、にっこりと微笑んだ。



「……ポケモンが持つ本来の力、
 それを引き出すのはトレーナーとポケモンとの信頼関係である。
 そう、あのトレーナーが教えてくれました」


博士は遠くを眺めるような眼差しで、そう言った。

どこまでもまっすぐな瞳を持つ、ポケモンのことが大好きな赤いサンバイザーの少年。
そして、そんな彼のことが大好きなポケモン達。


きっと、ポケモンと人との関わりは切っても切れないものなのだろう。
それは真実であり、理想だ。




そうして、博士は最後にこう締めくくった。

「それでは、ポケモンと共に正しき道を!!」






(2012/09/16)




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