試合もいよいよ終盤に差し掛かってきた。

キョウヘイ君、ゲーチス共に残っているポケモンは二体。

サザンドラのドラゴンダイブがキョウヘイ君のシャワーズに襲いかかる。
ずいぶんと体力を消耗していたシャワーズは
避けることもかなわずに、ドラゴンダイブをその身に受けた。

キョウヘイ君はシャワーズを戻す。



「ありがとう、シャワーズ。
 最後は任せたぜ! いけ! エンブオー!!」

キョウヘイ君はエンブオーをくり出す。
彼はこれでもう、後が無い。



終焉にむけ、博士の熱気もさらに上がっていく。

「さぁ、お楽しみはまだまだこれからですっ!」




「サザンドラ! ドラゴンダイブ!!」

「エンブオー! つっぱり!!」

急降下してきたサザンドラをエンブオーがつっぱりで迎え撃つ。
すでに深手を負っていたサザンドラは、
エンブオーのつっぱりを受けるとそのまま地面に落下し、
ついにその翼を動かすことはなかった。


最後にゲーチスが繰り出したのはドクロッグだった。



「エンブオー! フレアドライブ!!」

「ドクロッグ! どくづき!!」

エンブオーの大技、フレアドライブが炸裂する。
フレアドライブはその威力と引き換えに、体力を大幅に消耗する。




「もっとっ! もっとっ! 力をっ潜在能力をっ!」

「アクロマ博士落ち着いて下さい」

「これが落ち着いていられますかっ!」

今や彼は椅子に座ってはいない。
ボタンを外した胸元ははだけ、自慢のオールバックも乱れていた。
もちろん輪のようになっている部分も形こそ留めているものの、
全体的な角度が下がってしまっている。

そして、その表情には鬼気迫るものがあった。

「さぁ、もっとわたくしを満足させるのですっ!」




キョウヘイ君もゲーチスもお互いにポケモンは出しつくした。
どちらかのポケモンが倒れればそこで勝敗が決まる。

ドクロッグとの見事な立ち回りを披露するエンブオー。
しかし、エンブオーの様子がどこかおかしい。
顔色が悪くなり、その表情も険しいものへと変わっていく。


ゲーチスはその様子を見て、これはチャンスとばかりに高笑いし、言った。

「どうやら先ほどの今のどくづきでどくに侵されたようですね」


フレアドライブの燃え盛る炎によって遮られ、
こちらからはよく見えなかったが、
あの時ドクロッグのどくづきが決まっていたのか。

エンブオーの体力がどくにより徐々に削られていく。



と、キョウヘイ君が体勢を崩しかける。

「キョウヘイ君っ!」

ふらついた少年の様子に、私は思わず叫んだ。

そうだ、キョウヘイ君はプラズマフリゲートで数多の団員を相手に戦い抜き、
アクロマ博士と一戦を交え、その上でこの戦いに臨んでいるのだ。
エンブオーだけじゃない。キョウヘイ君だっていつ倒れたっておかしくない。

「おや、もう少し手ごたえがあると思いましたが」

ゲーチスはそう言って、
今にも倒れてしまいそうなキョウヘイ君とエンブオーを見てせせら笑った。





もうどうにもならないという絶望感が襲ってくる。
いつもそうだ。
私はバトルで負けそうになると、この感覚に押しつぶされそうになる。

「もう、だめだよ。
 キョウヘイ君も、エンブオーだってもうそんなにボロボロじゃない」

もういいよ。キョウヘイ君もエンブオーも十分頑張った。
だから……。

諦めかけて、目を逸らしたその時、博士の声がした。


「まだです!」

「えっ」



画面に目を戻す。
すると、


「僕は、諦めないっ!」

キョウヘイ君は二本の足で地面をしっかりと掴み、顔を上げる。

「絶対に諦めるもんかーーッ!」

キョウヘイ君がそう叫ぶと、エンブオーも少年に負けないくらいの雄たけびを上げた。



「今、エンブオーの目つきが明らかに変わりましたね」

「……博士」




キョウヘイ君はゲーチスをまっすぐ見据える。
その、目は全く色あせてはいない。
むしろ輝きを増しているほどだ。

ゲーチスはその目を見ると、一瞬怯えたように見えたが、すぐに怒鳴り散らした。

「その目だ! あの忌々しいトレーナーを彷彿とさせる、
 オマエのその目が不愉快だと言っておるのが分からんのかァアッ!!」

ゲーチスはそこまで言い放つと杖を掴み息を切らした。
彼もまた、限界が近いのだ。



博士が叫ぶ。

「さぁ! もっと! もっとですっ!
 もっとポケモンの潜在能力を引き出すのですっ!」




ふと、エンブオーがキョウヘイ君を見つめる。

「エンブオー、あれをやるっていうのか」

エンブオーが覚悟を決めたように頷いた。

「でもあれは……今のお前の体力じゃ……!」


キョウヘイ君はそう言いかけて、口をつぐんだ。
見詰め合う一人と一匹。

キョウヘイ君はサンバイザーのつばを握り、
すこし曲がっていたその向きを中央へと直した。


そして、少年は心を決めた。

「うん。分かった。
 ……よし、行こう!」





「何をするつもりかは分かりませんが、もうこれでおしまいです!
 ドクロッグ! どくづき!!」

ドクロッグがエンブオー目掛けて走ってくる。


「エンブオー! フレアドライブッ!!」

エンブオーがその身に燃え上がる炎を纏い、ドクロッグに突っ込んで行く。
それは今までエンブオーが見せたどんな炎より力強く、美しかった。


「行っけぇえええええええっ!!」

キョウヘイ君の咆哮に共鳴するかのように火力を増していくエンブオー。

二匹がぶつかりあう瞬間激しい閃光、そして爆発。
画面が砂埃一色に染まる。


やがてそのもやは収まり、映像が鮮明さを取り戻してゆく。

「さぁ! わたくしの望む答えを!!」







エンブオーが方膝をついた。

対するドクロッグはまだ立って……いない!



「博士っ! やりましたよっ!
 キョウヘイ君が! キョウヘイ君が勝ちました!!」


私は嬉しさのあまり博士に抱きつく。
一方のアクロマ博士は、脱力し、
恍惚の表情を浮かべ放心したように宙を見つめていた。



「これが絆の力……!」


そう呟くと、アクロマ博士はふっと意識を失った。



「アクロマ博士っ!?」

椅子に座り込むようにして倒れるアクロマ博士。
私は彼の意識を取り戻そうと、肩を掴み、揺り動かす。


「アクロマ博士! しっかりして下さい!
 アクロマ博士っ!!」






(2012/09/15)




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