あれは確か、まだ研究所にいた頃の話だ。




研究室に入ると博士の片方の頬が赤みを帯びて腫れていた。


「博士、どうしたんですか」

私が自分の頬を指差しながら聞くと、

「ああ、ふられまして」

と博士が笑った。


あまりにも女性の誘いを断るものだから
同性愛者なんじゃないかという噂まで出た矢先、吉報が届いた。
なんとあのアクロマ博士に彼女が出来たのである。

話に聞くと女性の猛アタックに博士が折れたらしい。
しかもこれが結構な美人で性格も良いときた。

二人が並んだ所を見たと言っていた知り合いは絵画のようだったと評していた。
研究室では赤飯を炊こうと言い出したものまで居た。





「彼女が『研究と私どっちが大事なの』と聞いたものですから」

「研究って……答えたんですね」

「おや、よく分かりましたね!」


博士が「研究ですっ!」と、即答し
派手に平手打ちされる場面を思い描くのは至極容易であった。




確かに最近は企業から提示された締め切りが近く、
私でさえ泊まり込みの日々が続いていた。
それほどに忙しかった、が。


「わたくしは返答を誤ってしまったのでしょうか」

「ですね」

「なるほど。では、もう一つの選択肢を選ぶべきだったのか……」

「いや、そういう時は抱きしめて(そんなことを言わせて)ごめん、
 と謝るというのが模範解答ですよ(とネットで見たことがある)」


「なるほど!
 ……次からは気をつけましょう」

「……」





この調子だと博士は一生独身なんじゃないかと思ったナマエであった。






(2012/09/08)




×
- ナノ -