アクロマ博士に半ば無理やり引き込まれるようにして観覧車に乗車した。
向かい合うようにして座った博士の後ろでは、夕日が沈みかけている。


「……アクロマ博士。私には、貴方の意図が分かりません」

「わたくしの意図?」

博士はそう言うと可笑しくてたまらないといった様子でくつくつと笑った。


「ナマエさんとデートしたかっただけですが。
 いけませんか?」

「はぐらかさないで下さい」

私がそう言い放つと、つれないひとですね、
なんて博士は肩をすくめて笑ってみせた。


なんとか核心にせまろうと、私は続ける。

「ポケモンの潜在能力を引き出す方法として、
 トレーナーとの信頼関係であることを望んでいるのか、
 科学的アプローチのみによるものを目指しているのか」

私がそこまで言い切ると、博士は眼鏡を掛け直して言った。


「その、両方ですよ」

「……アクロマ博士、それは、一体……」

「いいでしょう。わたくしの本当の目的は、」

日が沈み、空は闇に染まってゆく。

「信頼関係を築くことにより潜在能力を引き出されたポケモンと、
 プラズマ団のような無慈悲なアプローチで
 無理やり強さを発揮させたポケモンをぶつけ、結果を得ること」

言葉が、出ない。

「知りたくなったのです」

博士、そんな。

「どちらが、能力を引き出す手段として優れているのか」


白衣の彼はそこでようやく口を閉じた。

では、やはり先ほどのプラズマフリゲートでの一件は……。


「……アクロママシーンを渡したのはわたくしですよ」

「な、」

「彼が、プラズマ団と戦う意思を見せたものですから」

「でもそれって。
 それって……プラズマ団を……利用している!?」

「おや、利用だなんて人聞きの悪い。
 代償ならそれなりに払っているつもりですが」


確かに、博士の頭脳なくしては、
プラズマフリゲートの完成は成し得なかっただろう。
しかし、ポケモンを大切にしているサンバイザーの彼は?


「それに、キョウヘイ君。
 可愛そうだとは思わないんですか!」

「ナマエさん」

「あんな、年端もいかない子供を」

「子供でもトレーナーであることに変わりありません!」

博士の語気が強まる。

「わたくしも最初から子供を選んだわけではありません。
 ただ、能力のあるトレーナーが子供であった。それだけのことです」

「ですが!」

感情が高ぶるあまり、思わず腰を浮かせてしまう。


「ナマエさん。あまり暴れられると揺れますので」

「すいません」

博士にたしなめられた私は、椅子に深くかけなおした。
……って何で謝ってるんだ。



「彼はプラズマ団と戦うと! 自らの口ではっきりとそう言いました!」

「…ッ!」

「何もわたくしがけしかけた訳ではありません。
 現に、そのように人を操る能力があるならば、
 こんなにも時間を費やす必要などなかったのです!」


有望でありながらトレーナーを突然辞めた者、
映画俳優という別の道を志した者。
その他大勢のトレーナーが自分の思う道を歩んで行ったではないか。





けれど、あまりにも、あまりにも。


――欠落している。



人間に対する、配慮。
自分が行なっている事に対する、罪悪感。

眩暈がする。






「あなたなら、わたくしの研究を理解してくれていると思っていたのですが」



ああ、この人は。
答えを得るためならば、なんだってするんだ。
どれだけの犠牲を払ったって「自分の研究」で全て正当化される。
そしてそこから得られた答え、それが彼にとっての正義。


研究所にいた頃は、純粋に科学を追い求めている、
少しテンション高くて変わってるけど、
お金、地位、名誉、そういった世俗の欲にしがみつかない
出来た人間だと思って尊敬していた。


でも、違った。


自らの研究のためならばお金、地位、名誉も利用するし、
正解を求めるためなら間違いをおかすことさえ厭わない。
倫理観は二の次。


自責の念なんて、ない。





相当に、イっちゃっているのだ。



この人がこわい、そう思った。

けれど、まだ私には聞かなきゃいけないことがある。



「どうして、あのとき私を誘ったんですか」


私の声は、わずかにかすれていた。



「確かに……。
 あなたを、巻き込むべきでは無かったのかもしれない」


「博士……?」






突然、ガッという音がして、驚く。

「ご乗車、ありがとうございましたー!」

振り向くと、観覧車のドアがすでに開いており、
そこから見える景色は地上のものに戻っていた。





(2012/09/06)




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