街に氷のミサイルが撃ち込まれてゆく。

遺伝子の楔。ソウリュウシティに隠されているという、
キュレムと英雄のポケモンを繋ぐためのアイテム。
プラズマ団ではソウリュウシティのジムリーダー、
シャガが保管しているのではないかと予測されている。

打ち込まれた氷の弾丸は街を凍てつかせてゆく。
操縦席にゆったりと腰掛けている博士の傍で、
私は一瞬で白銀の世界へと姿を変えたソウリュウシティを見下ろしていた。
もう、後には引けないのか。


オノノクスに指示を出し、プラズマ団と対峙している老齢の男性、シャガ。
そして……あれは、キョウヘイ君!?


赤いサンバイザーに白のスポーツバックの小柄な少年が
縦横無尽に氷のフィールドを駆け回っていた。
プラズマ団のポケモンからの攻撃を避けながら、ルカリオに指示を出して応戦している。

正直、見ていられない。
彼は強いトレーナーだ。
しかしいくら強いとはいえ、まだ子供だ。
こんなことに首を突っ込んではいけない。


博士はその様子を足を組み、涼しい顔をして見守っていた。



数日前の演説といい、あの時のことといい、
私は本当に、この人に付いてきてよかったんだろうか。





私とアクロマ博士とはプラズマ団に入る前からの付き合いだ。
とある研究所でポケモンの能力を引き出す研究をしていた。


「アクロマ博士、研究所を辞めるって本当ですか」

最近、同僚達の間でまことしやかに伝えられていた噂の真相を確かめるべく、
私は聞いた。


「ああ、丁度そのことであなたに話がありましてね!」



コーヒーでも飲みながら、などと呑気な博士に促され、ソファーに座る。


「どうぞ」

「どうも」


私の前にあるローテーブルには湯気の沸き立つコーヒーが置かれていた。
机を挟んだ向こう側に博士は座った。

スティックシュガーの包み紙を契り傾けると、白砂糖がさらりとカップに吸い込まれていく。
私は香り立つ深い色の液体をスプーンでくるりくるりとかき回しながら博士に聞く。


「……ところで、
 どこの企業にヘッドハンティングされたんですか」


コーヒーの注がれたカップをゆるやかな所作で持ち上げながら、博士は答えた。


「プラズマ団」


博士のその言葉に思わず口に含んでいたコーヒーでむせ返りそうになる。
プラズマ団だって? あの? なんでまた……。 


「わたくしの古い知り合いに、どうしてもと頼まれまして」


彼は金色の長いまつげを伏せ、カップに口をつける。


「アクロマ博士、プラズマ団が何をしたのか知っていますよね」

「ええ、もちろん。
 宗教まがいの演説でポケモンの持つ可能性を認め、解放すべきだとうたい、
 実際は人々からポケモンを奪い支配することが目的であった集団」


「なら、どうして」

「どうして? おやおや、ナマエさん。
 聡明なあなたらしくありませんね」

博士はふっと微笑むと、コーヒーカップをソーサーの上に置いた。


「わたくしは、研究さえ出来ればどこに身を置こうと構わないのです。
 設備はこの場所よりも整っている、
 そして知人の頼みとあらば、断る理由など無いのです」


だからといって、プラズマ団のしていることはとても世間的に褒められたものではない。
不可解なのは、なぜ博士はその誘いに乗ったのか、ということだ。
何もプラズマ団でなくとも、博士ほどの実力であれば引く手数多だろうに。
むしろその輝かしい経歴に傷がついてしまうのではないか。




「それはさておき。あなた、わたくしと一緒に来ませんか!」

鋭い金の目が、私を貫く。
今まで見たことも無いような、無機質な視線。


「……給料は今の三倍は望めると思いますが。
 どうです、悪い話では無いでしょう?」

「私はお金のために研究をしているわけではありません!」

かっとなって噛みついたが、手足は震えていた。
この震えは怒りから来るものなのか、
悔しさによるものなのか、はたまた得体の知れない恐怖によるものなのか。


「失礼しました」と、なんとかそれだけを言って部屋を出ようとする。


「ああ、そうそう!
 一つ言い忘れていましたが、ここはもう長くは持ちませんよ」

その言葉に、ドアノブに掛けた指がぴたりと止まる。


「隠しているつもりでしょうが
 スポンサーについている会社の経営があまり上手くいっていないようで。
 じきに資金提供を打ち切られるでしょう。
 どちらにせよ新たなスポンサーが見つかるまではしばらく研究ができなくなりますよ」
 


「良い返事を期待していますよ。ナマエさん」



お金の為に研究しているわけではないという理想。
けれど、お金が無ければ研究すらできないという真実。
どんなに崇高な研究でも、お金が無ければ始まらない。


結局こうして博士についてきてしまった自分に苦笑する。
博士の研究を手伝っていたい。そう思ってしまったのもまた事実。


それに私はまだどこかで博士のことを信じていたのだ。
何か考えあってのことだと、そう、信じていた。




「博士、一つ聞いてもよろしいですか」

「なんでしょう」

「どうして、あのとき私を誘ったんですか」

「それは、あなたがとても優秀だからではありませんか!」


「それだけですか」

「ええ、それだけです」






(2012/09/04)




×
- ナノ -