ネジキは積み上げられた沢山の書物に囲まれながら、
床に座って本のページをめくっていた。
読んでは積み、読んでは積みを繰り返しつくられたタワーは、
絶妙なバランスを保ちそこに鎮座していた。

相変わらずほこり臭い部屋だ。
本を読むのにはもう少し明るさが欲しい。
縦横無尽に配線されたコードは私の存在を拒んでいるのか、
足を引っ掛けようと躍起になっているようだ。
足元にばらまかれたように置かれた工具類を踏んでしまわぬように歩かねばならない。

けして狭い部屋では無いはずなのに、壁に備え付けられた
分厚い本がぴっちりと並べられた本棚で空間は圧迫されている。
そして、部屋の隅に猥雑に置かれたいくつものダンボール箱と
その中に雑多に詰め込まれたもの達で溢れかえっていた。


「きみー、ぼくのコト笑いにきたんですかー?」

「そんな訳ないでしょ。貴方じゃないんだから」


ネジキの隣になんとか場所を見つけて座り込む。
彼は今日、負けた。私はそれを知っている。
受付のパソコンに挑戦者の対戦成績が表示されていたからだ。


「貴方でも負けることってあるのね」

「まー、勝負の世界ですからー。
 勝つコトもあれば負けるコトもありますよー」

「強い人もいるものね。
 私なんて全然貴方に勝てないのに」

「それはただ単にきみが弱いだけなんだなー」


あらそ。負けてもこの減らず口。

近くにあった本を手に取ろうとすると、
そっちはまだ読んでないのでこっちにして下さいと別の本を渡された。
別に本が読みたくて手に取った訳では無い。
ただなんとなくページをペラペラと捲ってみたかっただけ。それだけだ。

それにこの文字の小ささでこの分厚さだ。
ネジキには数時間で読みこなせる代物であったとしても、私には数日必要だろう。
まあそれも、途中で投げ出さず読み続けることが出来ればの話だ。




それでも、せっかくだからと渡された本を読み進めていると

「知識を増やさなくちゃ」

と、彼が唱えるように口に出すのが耳に入ってきた。


「そう」

返答を求められていない言葉に平坦に返したそれだけが私の存在証明だった。


「フロンティアブレーンが同じ挑戦者にそう何度も負ける訳にはいかないので」

彼はこちらも見ずにただそう言った。
思えばこの部屋に足を踏み入れてから一度も、彼と目を合わせてはいない。
いつも私の輪郭をしかと捉えてくれる水色を今日はまだ見ていない。


「それは、義務?」

取り付かれたように活字を追い続ける彼を不安に思い、突いて出た言葉。
だって心配だ。彼にとっての平常がこれだと言われたら仕方が無いけれど、
しかしこの場所は空気の悪いことこの上ないのだ。

「むー、そーだなー。
 義務であり、権利ってトコ?」

彼はそう言って笑うと、そのへんにあったスパナを手に取り、
本に挟んでしおりの代わりとし、おもむろに立ち上がった。
長時間同じ姿勢を続け、腰を痛めたのか、手で押さえていた。


「あー、もーこんな時間かー。
 ナマエ、ご飯食べに行きましょー。お腹すいた」

「うん」


私も本を置いて立ち上がると、彼の後に続いた。






(貴方は強いから一人でも平気だろうけど、寄り添うよ、傍に)



(2012/09/22)





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