「ロトムー、どこに行ったのー」

ファクトリーの廊下をロトムを探しながら歩く。
先ほどまでロトムと遊んでいたのだが、
つい目を離したすきに居なくなってしまったのだ。
あのいたずら好きのロトムのことだ。
何か問題を起こしていなければいいが……。

部屋を一つずつ見回っていくが特に変わった様子は無い。
……一体どこにいったんだろう。


用心深く探し回っていると、突然女性スタッフの柔らかい声でアナウンスが入った。
『――システムメンテナンスのため、営業を一時中止させていただきます』

営業中止……何か嫌な予感がする。


バトルファクトリーのシステム管理は全てネジキが行っている。
彼はファクトリーを円滑に運営する為にメンテナンスを欠かした事が無い。
それ故、今まで営業中にシステムダウンが発生したことが無いと自慢気に話していた。
また、ポケモンの管理やコンディション調整はほとんどコンピューター制御で行われており、
施設が大きい割りにスタッフの人数が極端に少ないのはそのためだ。



いきなり電気がぱっと消えてはついた。
そしてまた消えた。
辺りは真っ暗闇に変わる。

――一体何が起こってるの!?

私はまた恐る恐る歩き出す。
壁づたいに歩き、ようやく目が慣れてきた頃、
自分の足音の他に、微かにカタ、カタカタカタという物音が聞こえることに気がついた。


どうやらこの部屋のようだ。
ドアは開かれたままで、部屋は薄暗い。
そっと部屋を覗いてみると誰かが壁にはめ込まれた巨大なモニターの前で、
苛立った様子で備え付けられたキーボードを叩きまくっていた。


「こんな時に全く、誰ですかー」


その声がネジキのものだったことに若干安心したが、
それと同時に並々ならぬ怒りが感じ取れて、ひるんでしまう。

「あ、あの」

「あー、ナマエかー」

彼は振り向かない。
が、私と同じに声で認識したようだ。

「ねぇ、どうしたの?」

「どーしたもこーしたも無いですよー」

ネジキの話によると何者かにファクトリーのメインコンピュターに忍び込まれたとのこと。
そのおかげでシステムの一部がダウンし、営業中止という
彼としては不名誉極まりない事態に追い込まれたのだそうだ。

「全く、ぼくもなめられたもんですねー」

私と話していても彼の手は休まない。
よく分からない単語や数字の羅列が画面上に書き出されていく。

「どこのどいつだか知りませんが、
必ず見つけ出して血祭りに上げてやりますよー」

彼は目をギラつかせ、口の端だけで笑っていた。
うわぁ、何か怖い。



しかしロトムは一体どこに行ってしまったのだろうか。

「こんな時になんなんだけど……。
 ロトム見てない?」

「ロトム……ですかー?」

「どこかにいっちゃってさ……」

「……なるほど。そーゆーコトかー」


とりあえず照明が復旧するまでは下手にここを動かない方がいいかもしれない。
ただでさえファクトリーで迷うというのに、
迷子のロトムを探している私自身が迷子になる可能性が高いからだ。
ミイラ取りがミイラになる事態はなんとしても避けたい。

しばらくネジキの作業を後ろから眺めていると、
バンという音と共に、ぱっと辺りが明るくなった。
照明が復旧したのだ。


「じゃあ、そういうことだからロトム探してくるね」

「待って下さい」

「え?」

彼のほうを見ると相変わらず滑らかにキーボードを叩いていたが、
その横顔は何かを納得したようなものに変わっていた。

「追い詰めましたよー」
彼の手が一瞬止まる。

「チェックメイトです」
ネジキがエンターキーを人差し指で押す。
すると、

「ワーオ!」

「な、何!?」

驚いたことに、画面からぬっとオレンジ色の物体が浮き出てきたのだ。

「あら、ロトムじゃない!」

ロトムはふよふよと浮かんで来て私のまわりを回って、
やがて背中の影に落ち着いた。
いつもならイタズラ好きそうに笑っている顔つきも、
ダメージを受けているのか、口角が下がっている。

「その子、きみの探してたポケモンだよねー?」

「あ、うん、そうだけど……」

その言葉を発した後、私の周りの温度が急激に下がっていく気がした。
あれ、おかしいな、クーラー効きすぎじゃないかい?


「へー。んじゃ、責任取ってくれますよねー?」

ポケモンの育成データの破壊及び、
バトルファクトリー営業中止に追いやった責任。


「え……あ、あの、血祭りだけは勘弁願いたいのですが……」

あはは、と笑ってごまかしてみるが
口角が固く引きつっているのが自分も分かる。

「血祭り? あー、ソレも悪く無いですがー、
 相手がきみですから手始めに縄で縛ろうかなーって思ってます」

「手始め!?」

ちょっと待って下さいよ。
て、手始めってどういうことですか?

「えー、まずは縄で身動きを封じてから、
 色々やって、身悶えするきみを観賞しよーかなーなんて」

彼はニヤリ、私はゾワリ。いや、背筋がね。
思わずロトムに目を向けると、自分からボールに引っ込んだ。
あっ、こいつ逃げやがった……!

「ネ、ネジキさん?
 まずは落ち着いて厳粛なる話し合いをしませんかっ?」

恐怖によりネジキから距離をとろう(あわよくば逃げ出そう)と思い、
右足が後ろに下がる。

「話し合いー?
 話し合いなんてしなくてもいーじゃないですかー」

私が後ずさりすると、ネジキもそれに合わせてにじり寄ってくる。
そんな風に追い詰められてついには壁に突き当たってしまった。


顔のすぐそばで勢いよく壁に手をつかれるとガンッと大きな音が響いた。

「責任、とってくれるよねー?」

「は、はい」



その後ナマエは工場長の自室までずるずると引きずられていくところを、
何人かのスタッフに目撃された。
ちなみに、育成データはバックアップをとってあったので無事だったらしい。





(2011/10/05)





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