「駆け込み乗車はお止め下さいまし」 私の後ろで声が飛ぶ。 その声に体がびくりと反応し、 無情にも目の前でドアがピタリと閉まった。 コツリ、コツリと靴音が響く。 後ろから、そう、後ろから。 と、私が振り向くより早く、白手袋に肩を叩かれた。 見上げた先で無機質な灰色と目が合う。 「ノボリ」 ため息交じりに名前を呼ぶ。 私と車掌。駅のホームに二人ぼっち。 乗客を乗せた電車は徐々に速度を上げ、 暗闇のトンネルへと消えていった。 「前にも一度釘を刺した筈ですがあなた様という人は全く、 ご自分を大切にして下さいまし」 「大丈夫だよ、べつに自殺志願者じゃあ無いから」 心配には及ばないとへらりと笑う。 やはり彼は笑わない。 「あなた様は全般的にご自身を大事にならさらないきらいがある」 「サブウェイマスターに言われたくないね」 サブウェイマスター、サブウェイマスター。 ノボリが欠けたら、きっとギアステーションは回らない。 「あんたもそうでしょう。私じゃなくて、自分の心配してる」 「いいえ、わたくしは」 「……そりゃダイヤ通りに事が進まなくなるのは、 誰だって嫌だろうからね」 人身事故が起これば列車の運行に支障をきたす。 そのリスクを減らしたいと考えるのは当然だ。 偽善か。そんな言葉で括られる物。 「でも、そういうの、嫌いじゃないよ」 人間らしくて、とてもいいと思う。 ――23時22分発 カナワ行き 間もなく到着でございます 注意を喚起するベルとともに駅員のアナウンス。 遠く聞こえる。 「では、あなた様は」 「ん?」 「ナマエは一体誰の心配をなさっているのですか」 ホームに鉄の箱が金属音を立てながらゆるやかに滑り込む。 ノボリに背を向けると、示し合わせたようにドアが開いた。 白熱灯にこうこうと照らされた、ホームより一段明るい車内。 「まぁ、次からは駆け込み乗車はしないように気をつけるよ」 そう言って一人、電車に乗り込んだ。 (2011.03.10) ← ×
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