平和主義者の開戦宣言



「のう六郎、ワシはお前を好いておる」

脈絡もなくこの上田城の主真田幸村は言い放った。扇を片手に、まるで余興でもするかの如く何時ものような笑みを浮かべて。対する六郎は「左様で御座いますか」と感情は露わにせず慣れた手付きで急須を湯呑みに注ぎ入れ幸村へと差し出す。


「旨い」


渡された湯呑みに口を付け少量含む。日本茶独自の香りが部屋に広がり2人を包み込むようだ。茶をすする音と外で鳴く鳥の声が響く。それはまるで平穏の証のようであった。幸村は開け放たれた襖から青く透き通るかのような空を見上げ、六郎は正座という堅い姿勢を崩さぬまま我が主を見つめる。


「いやはや困った」


外に赴き若の好きな上田を見渡せる場所からの眺めも格別そうな空を見上げているというのに、一体全体何が困ったのだろうと六郎は疑問に思う。もしや全く別の事やも知れぬと考えると奥州の独眼竜や石田三成公などが思い浮かぶ。だがこうして六郎が真剣に考え始めた所で幸村は相変わらず空を見上げながらぽつりと言った。それは伊達政宗や石田三成、更には所謂狸の事でもなかった。


「ふられてしまったな」


六郎は一瞬肩を揺らした。一瞬の動揺。一瞬の隙。それは戦場にとっては致命的とも思える程のものであるが此処にあるは戦場の血塗られた空気ではなく平穏の空気だ。故に勿論何も起こらず、幸村もぼんやり空を眺めたままである。


「若は女子を好まれるのでしょう」


「何時ワシがそのような事を言った?」


「常日頃よりの若の言動、行動から容易に窺い知れます」


真田幸村。暇があれば遊廓に行き美しくきらびやかな装飾品を身に付け胸元を大きく空けた遊女達に直様囲まれる。女湯に躊躇なく覗きに入る。このような幸村の行いを見て、若は女が好きだと言わない家臣達が果たして何人いるだろうか。否いるはずもないのである。よってこの六郎の言葉に反論の余地はない。が、そこは真田幸村か。さらりとこんな事を言ってのけた。


「あれは遊び心だ」


ワシのな、と付けたし扇で手をぽんぽんと叩く。


「だがなあ六郎、お前は真剣に好いておる」


今の今まで澄み渡る空を見ていた目線が六郎の瞳に向けられた。視線と視線が絡み合う。背筋がぴんと張るのを六郎は感じた。暫しの間部屋を静寂が包み込む。


「…若」


「六郎はワシが嫌いか?」


幸村は六郎の側へと寄り顔を覗き込むようにして問うた。2人の距離は僅か5センチ程。吐息が混じり合い心臓の鼓動の音が聞こえるのではないかというくらい。幸村は重ねて六郎に想いの言葉を述べる。愛している、と。


「私も…」


幸村の瞳には六郎しか写らず、六郎の瞳には幸村しか写らない。必死に絞り出すように六郎は言う。


「若を…一番お慕いしています」


紡ぎ出されたその言葉に幸村は嬉しそうに微笑む。六郎は想いを告げたことが余程恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせていた。するとふわりと頭に大きな手の感触。その力によって前屈みになりいつの間にか手を添えられた顎を持ち上げられ唇に温かなものが触れた。


「ッ……」


2人の初めての接吻は甘く啄むような接吻で。浅く唇を合わせては離しを繰り返し、静
寂に包まれていた部屋には微かな息遣いが音を立てる。


「真っ赤だぞ。可愛いもんだのう」


「!」


「良いか、今日、真田幸村と海野六郎は契りを交わしたのだ。」


ワシの側から離れるでないぞ。その言葉に六郎は、赤面しつつも確実にはっきりと「御意」と答えた。




平和主義者の開戦宣言
お題Largoさま



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