響也


▼アリスインワンダーランド捏造










「…………アリス、」


 息苦しさに呟いた言葉は、どうやら、この喧騒には飲み込まれてはくれなかったみたいだ。


 華やかなパーティ会場。


 その中で、一際美しく、一際、可憐に咲いた華。


 ……なのだけれども、少しどころか、とても頼りなさげに足元へと向けられていたアリスの視線が、ふわりと、こちらに向けられる。


(――…〜っ!)


 思わず、俺は時計を胸に掻き抱き、バッと茂みの中へと隠れていた。


 背中を向けてしまったために、アリスの顔は、もう見えない。


 何だか、無性に腹が立った。


(……っくしょう!)


 俺の役目は、決められた時間内に、アリスをおびき出し、ワンダーランドへと連れてくる役目だ。


 それなのだから、早くアリスに俺の姿を見つけてもらい、ついてきてもらわねばならない。


 ……なのに。


(…………あぁ、クソッ……!)


 額を抑えて、その場に座り込む。


 頭が、心が、全てがイカちまってるらしかった。


 最早、正常な判断すら出来ない。


 それもこれも、あのアリスの姿を、一目見てしまってからの話。


 なぁ、アリス。


 ……アリス。


 そうやって、何度も何度も呼んだ名前。


 何度も何度も、思い描いた幼い姿。


 記憶の中のアリスは、まだとても幼い少女で。


 俺を見上げて、へにゃりと笑う、そんな少女で。


 帰ってしまった少女。


 ――また来るね、と。


 肩越しの笑顔。そこで、止まった記憶。


 ……その先を、俺は知らなくて。


 考えもしなくて。


 あの、可愛くて、ちょっと意地悪言ってみたくなっちゃうような。そんな少女が、いると思ってばかりいたんだ。


 それなのに、少女は。


 一目見ただけで、俺の中の少女を奪った。


 あの、穏やかで大切な記憶を。


 全て、奪っていきやがったんだ。


 ……そんなアリスが許せなかった。


 アリスだけど、許せない。


(…………アリス、)


 それなのに、呼んだ瞬間に沸き上がる、せり上がる、この途方もない感情。
 これが、歓喜なのか?



 アリスなのに?

 頭がぐちゃぐちゃだってのに、ぞくぞくと震え続ける身体を時計ごと掻き抱き、俺はぎゅっと、目を閉じる。


 なぁ、アリス。


 本当にお前が。


(…………アリスなのか?)





「……白うさぎ、?」


 一歩、また一歩と近付く柔らかな声に、震えた背筋を伸ばして。


 思い切り、振り向く。





 ――なぁアリス、


 どうか、


 どうか




(…………あの、変わらない笑顔で――)



 駆け出した白兎。


 物語が、動き出す。







 

 
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