カムハーン×女主人公



▼カムハーン×女主人公<<仮想空間にてif話








「…………」


「…………」


 仮想空間内。


 どうしてこうなったのかは皆目見当がつかないが、だがしかし、二人は事実、ここに二人だけで、閉じ込められている。


(全く、面倒なことだ……)


 彼、カムハーンは、ちら、と視線を横に落とした。


 事ある毎に彼と対峙してきた憎々しい女は、だがしかし全くの無警戒で、彼の隣りに座り込んでいる。


 彼の呆れたような視線に気付いたのか、彼女はそこで、ようやくその顔をあげ。


「……なんですか」


 ……さっきの言葉は撤回しよう。


 警戒心丸出しで、こちらを睨み付けてきた。


 敵に隙を与えるならば、まず自分から。


 その綺麗で可憐な容姿に、この女が相当な手だれだということをすっかり失念していた。


 先程手を掛けようなどと彼が思っていたとしたのであれば、最悪、この腕の一本は飛ばされていただろう。


 瞬時に握り締められている双剣が、そのいい例だ。


「別に何もないが。何もないからこそ、オマエを見ていたのだ、」


 頭に?を浮かした女は、怪訝そうに彼を見る。


「この私に何をした、女」


 ここは仮想空間。


 彼の意のままに操ることのできる空間であるはず。なのに、この状態はなんなのだ。


 苛立ちを隠しきれずに見た彼の、凄まじいほどの殺気が、彼女に集中する。
 

 だがしかし、女はそのオーラにも全く平伏すことなく。しかし中腰のまま、一歩だけ後退し、


「……それはこっちが聞きたいくらいよ。私を閉じ込めたって、何の利益もない。……今度は一体、何をするつもりなの」


 そう言って、気丈にも彼を睨み付けたのであった。


(……愚かな)


 隙を見せたり仲間がいるならばともかく、一対一の接近戦など、多少の抵抗はあれど、その差は歴然である。


 だがしかし、それでも決して屈しようとすることのないその双眸に――かつての妃が、重なる。


 あの女もまた、最後まで彼に屈することはなかった。


(……だがしかし今度ばかりは、あの女も我が手の内に墜ちるだろうがな)


 確かな未来に、広角をあげて皮肉げに笑んだ彼。見上げた彼女の眉間の皺は、いっそう深くなった。


 ……目前で対峙するこの女も、またそうだ。


 まだその計画の全貌すら知らないで立ち塞がるこの女も、それを知れば、いずれは。



「そうだな、お前を捕らえることは、全くもって無益なことだ。私ともあろう者が、それほどに愚かなことをするはずがあるまい。だが、しかし――」


 一心に、彼の言葉を一語一句聞き漏らさんと睨み付ける彼女。


 だがその真剣さが、時には仇となることを、この女は、まだ知らない。


 聞くことに意識を集中させていた彼女の一瞬の隙をつき、にやりと笑んだ彼は、音も立てずに彼女と間合いを詰めた。


 は、と目を見開いた彼女が、握り締めた双剣を僅かにも動かすその前に。


 彼は一瞬にして、その手から双剣をはたき落とし、それから凄まじい力で、彼女の両手首を捻りあげた。


「ぐ、あ……っ!」


 カランカラン、と双剣の落ちる音がして、彼女の顔は、苦痛に歪む。


 鍛えているとはいえ、所詮は女の、細い手首。


 みし、と鳴った骨の音は、決して無傷では済まされないことを、ありありと物語っていた。


「フハハハハハ! そうだ、お前たち現代人など、所詮は何も出来えぬ無力な存在! そんな者共が私を拘束できようなど、何故一瞬でも考え得たのだろうなぁ!?」


 その高笑いは、強者のそれであり、支配欲をむき出しにした、男のそれでもあった。


 女は苦痛に呻きながら、それでも唇を噛み締め、足を蹴りあげる。


「……おっと、足癖の悪いことだ」


 それを易々と掴み、再び力を込める彼に、彼女はしかしそれでもその目の力を弱めることはなかった。


(……右手の骨は折れ、左手は拘束され、更には右足すらも折られそうになっているというのに、なんとも気丈なことだ)


 彼女にある種の称賛を覚えた彼は、そのまま笑みを深め、今度はその細い腰を、凄まじい力で引き寄せた。


 目を見開いた彼女の首もとから一筋の血が伝うほどに、真っ赤なソードを押し当てて。


「無力だな、女よ」


「…………」


「現代人とはこれ程までに。まさに下等の極みではないか、片腹痛い! それなのに何故、まだ抗う」


 彼女はその言葉に、いっそうその双眸の中の炎を強め、


「あなたこそ、何もわかっていない」


 静かに、そう言い放った。


「……何を言うかと思えばそんな事、」


「そんなこと? ……確かに私たち一人一人は、無力かもしれない。あなたにはとても勝てないのかもしれない。でも、それでも」


「あなたはわかってない。……いえ、あなたにだけはわからない。力に勝る、本当の強さがあること、きっとあなたには、一生わからない」


 女のその目に嘘や虚勢は一つもなく、だからこそ彼は、心底皮肉げに笑んだ。


「笑わせてくれる。何かと思えばその様な事! 強さに勝るものなど何もないのだよ、女よ! 万物はこの太陽王の前に平伏すのだ! 貴様の嫌う、力の名に置いてな!」


「……やれるものならやってみなさい。今ここで私を殺したとしても、あなたは私の心までは殺せない! あなたが野望を実現しようとしたときは、そのときはきっと、私の仲間たちがあなたを止める! あなたの野望は、絶対に達成されな――!」


「黙れ!!!」


 決して臆することのない目前の女と双眸がかち合った瞬間、湧き上がる感情。


 顔を怒りに歪めた彼は、そのまま彼女に噛み付くように、強引に唇を奪った。


「……っ、」


 永遠にも思えた時間は、だがしかしほんの刹那。


 唐突な痛みに、彼は咄嗟に彼女を突き飛ばし、地面へと叩き付けた。


 容赦なく噛まれ、血の滴る口許。


 それを忌々しく拭い、彼は苦く顔を歪める。


「……私に噛み付くとはいい度胸だ。ならば遠慮なく、お望み通りに殺してやる!」


 彼がそう言い、ソードを振り上げた、まさにその瞬間。


「な、」


「これ、――は、」


 驚いた彼女が歪み、次いで、彼らを取り巻く空間が歪み始める。


 舌打ちをした彼が、手の内のソードを振り下ろした、そのときには、もう。




(運のいい女だ)


 空を切ったそのソードを、彼は静かに腰にしまう。


 周りの景色は、やはり彼が先程までいた仮想空間とは異なる、まごうことなき現実の世界。


 ――暗く、全てが人工物で作られたその壁に寄り掛かり、彼は口許をなぞる。


 白昼夢のようなその時間は、だがしかし、彼の指を濡らした血が、紛れもない真実なのだと物語るのみであった。




 


 
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