直井→音無



▼直井→音無






 恐らく、今までの僕の世界には、僕ひとりだけが存在していた。


 双子の兄を亡くしてからというもの、僕は確かに。この広い世界で……ひとりきりだったのだ。


 それは、この世界で再び呼吸をすることになっても同じ事で。


 この、有り得ない事だらけの世界の端っこで、血のように真っ赤な夕日を浴びながら目覚めた僕は。


 やっぱり、……また。いつかのように、ひとりきりだった。


『――神になればいい』


 いっそその考えを本当にしてしまえばいい、と思ったのは、いつだったか。


 今までの僕の世界は、僕だけがいた、からっぽの世界で。


 ならば、この新しい世界では。


(――僕を中心に回せばいい)


 それはやっぱり、ひとりきりに変わりはないのだけれど。


 ……僕は恐らく願っていたんだ。


 もう歪みすぎて見えなくなるぐらい、暗く黒く澱んでしまったちっぽけな願いを、誰かが、見つけてくれるのを。


 そう。――貴方を、


(ずっとずっと、待っていた)





「…………ぼーっとしてんなよ、この不良少年」


 ぴと、と。


 突然頬に冷たいものを当てられて、驚きに目を見開く。


「っ音無さん!?」


 僕がわたわたと振り返れば、そこには冷たい缶コーヒーを片手に、優しく笑む音無さんがいた。


 傾いた夕日に、音無さんの顔が、柔らかな朱色に染まる。


「缶コーヒーだけど。いるか?」


「……、い、いります!」


 そんな音無さんの姿にすこし見惚れていた僕が、慌てて目の前の缶コーヒーを受け取ると。また、音無さんが笑った。


 おかしそうに、片眉をあげて。……笑った。


(――――っ!)


 それだけで僕は、酷く泣きそうになって。


 でもそれ以上に、酷くひどく幸せだった。


 何気なく僕の隣りに腰掛けて話し出す音無さんとか、くしゃ、と笑いながら、缶コーヒーに口をつける音無さんとか。


 そこには確かに、音無さんがいて。


 僕ひとりきりのちいさな世界は。


 優しく、溶かされた。


「音無さん」


「ん?」


 缶コーヒーを口に、目だけを僕にやった音無さんが、ちいさく首を傾げる。


 僕はそんな音無さんに、ちょっとだけこまったように笑い。


「だいすきです」


 恐らく初めて使うだろうそのことばを、優しい夕日に溶かした。

 

 
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