しょうせつ | ナノ

駅に着き、ショッピングモールを歩く。 平日のこの時間帯でも人は結構いた。家族連れが殆どだ。学校帰りの子はあまりいないように見えた。

電車に乗っているときまでは甘々ムードだった。まさに二人だけの世界で二人っきりの時間を過ごした。しかし駅に着くと現実に引き戻されて我に返ったのか、私らは黙り込んでしまい、さっきまで夢のように甘かった一時はもう砕け散っていた。だって私らはまだ友達、だから。

…おかしいな。私は他の誰よりも綾ちゃんのことが好きで好きで、自分じゃどうしようもないくらい好きなのに。好きって、たった二文字を言う勇気すらないなんて。

「(せめて、話しだけでもしたい。なんでもいいから話したい…)」

そっと綾ちゃんの顔を横目で見る。俯いているから肩ぐらいまである髪の毛が垂れていて顔が隠れてしまっている。横からだと見えないからどんな表情をしているのか分からなかった。

それでも髪の毛の隙間から見えたのだ。…綾ちゃんの、ほんのりと赤く染まった頬が。

「(え、え……?)」

私はすぐに目線を正面に戻した。
え、綾ちゃんが、赤くなってる?え、いや、見間違い、かな。でももし見間違いじゃなかったらそれはすごく嬉しいことだし願ったり叶ったりでもある。

多分迷惑じゃなかったんだろうと思い込んだ私は思い切って話しかけようとした。でも、私より早く綾ちゃんが話しかけてきてくれたから目線を綾ちゃんの顔に向けた。頬はまだほんのり赤いように見えた


「…っ。ね、ねぇ蘭ちゃん!」
「ん?」
「私、雑貨屋さんに行きたいなっ」
「うん、いいよ」

綾ちゃんはさっき電車で見せたような愛らしい顔を取り戻していた。私は安心したのと同時に、綾ちゃんのことがもっともっと好きになった。






「このぬいぐるみ可愛い!」
「こっちのリスのキーホルダーも可愛いよね」
「うんうん!全部可愛すぎて何買うか迷っちゃう!」

雑貨屋さんに入ってから二人でずっとこんな会話をしている。綾ちゃんが喜々としながらキーホルダーやアクセサリー、ぬいぐるみを眺めている。他にもリボンのイヤリングや水玉のシュシュと言った女子が好むような物ばかりが棚に陳列していて、客もそこそこいた。

…それなのに、私はついうっかり口にしてしまった。客がいるとわかっていたのに。私はとうとうやらかしてしまった。決して言葉にして言うつもりはなかった。だが、綾ちゃんにはハッキリと聞こえたみたいで。

「こっちのくまさんのぬいぐるみも可愛い!ふかふかー」
「あ、本当だ」

このくま、綾ちゃんに似てて可愛い。

「!?!?!?」

……うん? 心の中で呟いたつもりだったけど、私普通に声に出して言ってた…? いや、このくまのぬいぐるみを見た素直な感想はくりくりしてる目とかふわふわな雰囲気とか全部綾ちゃんに似てるから可愛いなぁって、思っただけ、なんだけど。

どうやら私は本心を声に出して言っていたようで、それを聞いた綾ちゃんは顔を真っ赤にしながら湯気みたいなのを出して、

「も、もももうっ。冗談が過ぎるよ!それは絶対に違うよ!」

て言われたから、なんかカチンときて、気づいたらムキになって言い返してた。だって否定されてるような気がしたから。
いや、店の中なんだからそこは軽く受け流せばいいのに。そうすれば笑い事で済んだのに。

「冗談でも違くなんかないよ。綾ちゃんはぬいぐるみより何十倍も可愛い」

嘘じゃないことを示したくて、綾ちゃんの揺らいでる瞳を捉えてながら続けて言う。

「綾ちゃんは絶対可愛い。綾ちゃん以外に可愛い子なんて絶対いないよ。私が保証する。すごく可愛い」

言い終わると一気に辺りがシーン…と静かになった。きっとドン引きしているんだろう。殆どの客は硬直状態だ。店員さんもこっちを見て口をポカーンと開けていた。

…やば、ここ雑貨屋だったことすっかり忘れてた。でも今はそんなことはどうだっていい。…問題なのは、

「っ…!!蘭ちゃんのばかあああああ」

声を張り上げて店から出て行ってしまったことだ…!!

「綾ちゃ…」

呼び止める前に綾ちゃんは視界から消えていた。馬鹿だ…本当に、馬鹿だ。恋人でもないただの友達に彼氏が言うようなことばっかり言って。やっぱ迷惑だった、よね。そうだよね、あんなこと言われたら普通逃げるよね。迷惑だもんね。やっぱり赤くしていた顔は見間違いだったのかな。嗚呼、言わなきゃよかった。

短い溜め息を吐いた私は悲しみに打ちひしがれながら綾ちゃんが持っていたぬいぐるみに目を落とす。後悔が頭の中を支配する。さっきようやく普通に話すことが出来たのに、私と綾ちゃんの間に深い溝が出来てしまった。私がその溝を作ってしまった。これからはもうあの子と接することは出来ないのだろうか。もう、好きな気持ちを手放さなきゃいけないのだろうか。

『はやく、あのこ、おいかけてあげて』

喋るはずがないぬいぐるみから声が聞こえたような気がした。…いや、この声はきっともう一人の私だ。まだあの子に片想いをしているもう一人の私がこのぬいぐるみを通して私に話しかけているんだ。

『まだ、すき。だから、おいかけて』

諦めないで、とでも言いたいのか、踏み止まっている私の背中を強く押す。もう一人の私はまだ好きな気持ちが捨てきれずにいたんだ。何があっても、嫌われようとも、離れようとも好きでいたいんだ。もう一人の私が。

―――私も、まだ…好きでいたい。
自分の気持ちをハッキリと伝えたい。

昨夜テレビで見たカップルが頭にフッ…と浮かんだ。同性でも心の底から幸せそうに手を繋いで微笑みあっていた。羨ましかった。私もこの人達みたいに堂々と手を繋いでみたいと思った。だからそのとき、真っ先に頭に浮かんだのは可愛く微笑んだ綾ちゃんだった。そう。やっぱり私は綾ちゃんが好き。どんなことがあっても好きだから綾ちゃんの恋人になりたい。

そこで私はハッと我に返る。そうだ、ここでウジウジしている場合じゃない。

「(綾ちゃんを、探さなきゃ…!!)」

私も勢いよく店を飛び出した。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -