未成年の主張



入社三年目の世に言う社畜である私は、珍しく残業2時間だけで退社、いつもより5時間ほど早く家に辿り着いた。
こんな日は月に1回あるかないかで心は躍りまくるが、明日受ける反動を思うと手放しに喜べない。
こういうあたりが悲しい社畜故だと泣きたい気持ちになりながら、メイクを落とし前髪を上げスウェットに着替えてビール片手にコンビニ弁当を広げる。
たまにはきちんと自分で作ろうかとも思ったが、折角の早帰りだ。
質よりも時間短縮を取ってコンビニ弁当。
冷蔵庫で常に冷えている缶ビールを、プシュッと小気味よい音と共に身体に流し込む。
キンキンに冷えたそれは、五臓六腑に染みわたる。

「ぷはぁっ」

我ながらおっさんくさいと思うが、ビールを飲んだら誰でも出てしまう声だ。仕方ない。
そんな誰に対するか分からない言い訳を脳内でして、何気なくテレビをつけた。
そこに映し出されたのは、十数年前毎週見ていた某アイドルの冠番組の一日限定復活だった。

「あ、これ今日なのか…うっわなっつかし……」

年を取ったことが如実に分かるものの、ノリも雰囲気も昔と変わらないアイドルグループたちと番組の雰囲気に、私はつい前のめりになって見てしまう。
リアルタイムで視聴していたのは小学生のとき。
彼らも私もすっかり大人になってしまったが、画面の向こうにいる高校生達はまるであの頃と変わらずキラキラとしていた。
すっかり盛り上がっているコーナーは、青少年達が学校の屋上から誰かに向かって想いを叫ぶというもの。
主張内容は様々だが、同期や先輩後輩、時には先生への禁断の想いなど、昔から愛の告白が多かった気がする。
今も小学生だったあの頃も抱く感想は同じ。

ああ、青春だなあ。

昔は憧れもしたが、今はただただ眩しくて仕方ない。
大人になっていくにつれ忘れたものが、手にすることが出来なくなったものが、そこにはある。
今も昔と変わらず、目の前は高校2年生の可愛い可愛い告白にわいている。
テロップには2年生藤堂平助くん。
告白の相手は、幼馴染の1年生の雪村千鶴というなんとも可憐な女の子だった。
真っ赤になりながら思いを叫ぶ少年と、同じく真っ赤になりながら「私も好き!」と叫ぶ可愛いカップルの誕生に、会場は大きくわいた。
因みに、何気なく開いた携帯のツイッター画面もわいている。

「青春だあ…」

良かったねえ良かったねえと見ず知らずの少年少女を祝福しながら、ビールを口にする。
昔も、こんな風に懐かしく眩しい子供達を見ながら一杯やってる大人がいたのだろうか。
社会はいつだって厳しい。
そんなことを考えていると、次の子の番がやってきた。
壇上に上がった男の子を一目見て、私は持っていた箸を落とす。
――イケメンだった。それも、とんでもないレベルの!
あんなイケメンがいる高校に行きたかった。目の保養。
タイムラインも大いに盛り上がっている。
こんな女は選り取りみどりだろうイケメンが、一体何を叫ぶと言うのか。
というか、こういった場に出てくること自体、珍しいように思える。
見た目に反して熱い性格なのだろうか。

「2年1組ー沖田総司ですー」

彼の、気怠そうな声が聞こえてくる。
良い声だが、やる気が微塵も感じられない。

「こういうの苦手なんだけどー皆が出ろ出ろうるさいので仕方なく来ましたー」

やっぱりかい!仕方なくかい!
そうつっこんでしまったのは、絶対私だけではない。
メインパーソナリティの彼らも、とても驚いている。

「同じクラスの高崎真尋さん。僕はあなたに伝えなければいけないことがありますー」

画面に映ったのは「高崎真尋」さん。
黒髪ショートの長身で、一言で表すと。
大変端正な顔立ちをしていらっしゃる、美少女。
――何なんなの最近の高校生なんなの!?発育良すぎじゃない!?
ちらりと覗くTLは再び盛り上がりを見せ、美男美女カップルの誕生の予感に胸を躍らせている。
誰もが愛の告白だと疑っていない。
しかし、沖田くんは私達の期待を大きく裏切る。

「実は昨日冷蔵庫にあったプリン、食べたのは一くんじゃなくて僕です」

告白は告白でもそっちか!!!!
予想の大分斜め上を言った彼の言葉に、つい前につんのめる。
てか昨日冷蔵庫って何だろう一緒に住んでるみたいだな!?
一体どういう関係なのだろうと高校生らしからぬ想像が沸き上がるのと同時に。

「あぁ?」

画面の向こうの彼女は思いっきり眉間に皺を作りながら、ドスの効いた声を出す。
あんな美少女からこんな声が出るの。
美少女ってあんな声出すの。

「ごめんね」
「潰す!」

何をだ。
間髪入れず返された物騒極まりない返事に、私は息を呑む。
主語はないはずなのに、下半身を意識してしまったのは何故だろう。
一応私女なのだけど。
というか沖田くんはこれを言いにあの台にあがったのだろうか。
もしそうならとんでもなく大物になりそうだなこの子。
そんなある意味での感動を覚えたが、きちんと話は続くようで。

「あともう一つー!」

先程より、ほんの少しだけ緊張の色を見せる沖田くん。
そんな彼を、真尋ちゃんはただじっと見守っている。

「君とは赤ちゃんの頃からの付き合いだけど、辛いことやどうしようもないことがあった時、真尋は、真尋だけは何があっても僕の隣にいてくれた」

静かに響く沖田くんの声。
二人の間に何があったかなんて全く分からないが、彼らにとっては大きなものだっただろうことがよく分かる声音だった。

「真尋にしたら僕は頼りなくて世話の焼ける幼馴染かもしれないけど!」

いつの間にか、固唾を呑んで見守っていた。
真尋ちゃんは驚くほどに反応を見せない。

「もっと強くなって、大人になってから言うつもりだったけど!」

沖田くんはすーはーと大きく息を吸って、叫んだ。

「そろそろ幼馴染やめてもいいですかー!」

手の中にあるビール缶が、音を立てて潰れた。
長年の、赤ちゃんの頃からの幼馴染という関係性は二人を強く結び、唯一無二の絆になっていたのだろう。
しかしそれは、同時に何よりも大きな障害にもなっていたに違いない。
この場においてさえ「好き」の二文字を口にすることが恐ろしいくらいには。
沖田くんが真尋ちゃんを見下ろし、二人の視線が合う。
彼女の表情からは、相変わらず何の感情も読めない。
突然の幼馴染の告白を、彼女はどんな気持ちで聞いたのだろう。
沖田くんは、ただただ彼女を見つめている。
その時、真尋ちゃんの隣にいた黒髪の男の子――これまたとんでもないイケメン――が、彼女の背中を押した。

「呆けてないで、早く答えてやれ」

きっと二人と仲の良い友人なのだろう。
彼の言葉を受けて、真尋ちゃんは一度ため息を吐いた後、頭をガシガシと掻いて沖田くんを見上げた。
どうしよう、私が緊張してる。

「総司!」
「なあに!」
「お前それ、自分が卒業したら留学するの分かってての言葉だろうな!」

えっそうなの!?沖田くん留学するの!?
離れてしまうのが分かってるからこそ付き合えないとか?てかそもそも彼女は彼を恋愛対象に見ているの!?
怒気さえ孕んだようにも聞こえる言葉に不安になる私をよそに、彼らの会話は続く。

「分かってる…!だからこそ言うつもりもなかったし、正直今後悔し始めている!」

正直な沖田くんの言葉に、何だか目頭が熱くなってくる。

「…お前がどう言おうと、私は日本に残る!こっちでやるべきことをやる!」
「……分かってるよ」

ああ沖田くんは誘ったんだ。
真尋ちゃんに一緒に行かないかって。
きっと離れたことも離れることを考えたこともなかったのだろう。
幼馴染って、そういうものだと思う。
けど彼女は、真尋ちゃんは少し違うみたいだ。

「私達はずっと一緒で!離れたことなくて!けどそれはあと1年で終わる!」
「そうだね…」

沖田くんが、ぽつりと呟く。
そのまま俯いた彼の顔は、テレビには映らない。
最早私はその痛ましい姿にただ涙を流すことしか出来なかった。
ツイッターを開く気すら起きない。
そんな私の耳に、真尋ちゃんの声が届く。

「お前は多分、耐えられないぞ!このままだと!」

すごい自信だな!?
自分と離れることに耐えられないだろ――なんて、ただの幼馴染でも言い切れないと思う。
けれど沖田くんは否定せず「っ、だから僕は!」と反論しようと口を開く。
続く言葉は何となく分かる。
耐えきれないからこそ、彼は関係の名前を変えようとしたのだ。
離れても想い合うことが自然な関係に。
けれどその想いが音になることは無かった。

「たっく、言うのがおっせーんだよ!」

――え。
画面の向こうの真尋ちゃんが声を大にする。

「こちとらもうとっくにお前のことなんて幼馴染としてなんか見てないっつーの!」

待ってそれって…!?

「うじうじしやがって!」

思わずビール缶に力が入る。
再びの圧力に、とうとう缶はベコッと音を立てて完全に潰れる。
手はビールでベタベタだが、今はどうでもいい。
そして彼女は、私だけじゃない全視聴者、ある意味沖田くんさえも裏切るかのような言葉を続けた。

「大学になったら沖田真尋になって待ってるつもりだったんだけど!」

――今、なんて。

沖田くんも、画面の向こうの校庭にいる生徒たちも、番組のBGMでさえも止まる。
もちろん私も、きっと他の視聴者達も。
だって、今のは。

「…待ってて。沖田になって待ってて…」
「うん」
「僕のお嫁さんになって待ってて…!大好きだから!」

ふるふると溢れる気持ちを抑えきれない沖田くんのほっとしたようで心底嬉しそうな笑顔が画面に映し出される。
ようやく彼の口から出た明確な好意に、真尋ちゃんは「知ってる!」と苦笑い――けれどどこか照れ臭そうに笑って叫んだ。
なんだこれ。ヤラセ?仕込み?
そう疑わずにはいられないほどの話だった。
既に涙でぼやけている視界に、沖田くんに駆け寄るメインパーソナリティの背中が見える。
こんなのもうおめでとうしか言えないでしょ。
ビールまみれの手を拭ってツイッターを見れば、そこはおめでとうの文字で埋め尽くされていた。
私はズズズと鼻水をすすりながら、電話帳を開く。
思い描く人間は、幼い頃から一緒にいるのが当たり前だった人。

――私も恐れずに伝えよう。

私も幼馴染をやめていいですかって。






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