入学準備



「お買い物〜お買い物〜」

そう鼻歌交じりにやってきたのは近くのショッピングモール。

「真尋ご機嫌だね」
「そりゃそうだよ!だって楽しいもん!」
「だよな〜!買い物って何か気分が明るくなるよな!」
「明るくなるのはいいが、くれぐれも予算内に収めることを忘れるなよ」

総司に平助、一君に私というお馴染みのメンバーでやってきた今日の目的は、ズバリ進学関係のお買い物。
来月から薄桜学園に入学し晴れて高校1年生となる私達の、所謂新入生必須用品の買い出しである。
まあ大概は学校指定だから量としてはそんなにないんだけど…やっぱり新生活に向けての期待からかどうしても気持ちが弾んでしまう。

「えっと、まずはカーディガンとかベスト見る?」
「その二つ自由って結構緩いよな」
「華美なものは禁止、を忘れるな」

そう、誠の文字を教育理念に掲げる薄桜学園は、生徒の自立を大きな目標にしている。
加えて今年から共学になる元男子校。
女子生徒を呼び込むためか、それまで厳しいと評判だった校則を幾分か緩和したらしい。
その一つが、カーディガン・ブレザーの自由化。
ぶっちゃけ指定にしてくれた方が一々考えないですむから面倒じゃなくていいなあと思ったんだけど…自由なら仕方ない。
下手なもの着て浮くのも嫌だし、何より華の高校生だもん!
ちょっとはこだわりたいよね!

「ってことでやってきた売り場だけど、こんなに種類があるとは思わなかったわ」
「センスの見せどころだよね」
「…オレ下ベストとか着ないような気がしてきた」
「着る着ないに関わらず一着くらいは持っておいてはどうだ?」

そう口々に言いながら、私達は手近な商品を漁る。
皆の目は真剣そのものだ。

(ん〜ベタなのは紺とかベージュあたり?当たり障りのないやつがいいよな、やっぱ)

目の前の棚には紺からピンクなどの、無難なものから前衛的な色まで揃ったカーディガン。
その一つ一つを手に取り吟味していると、隣に総司が並ぶ。

「ねえ、真尋のは僕が選んであげよっか」
「いい、遠慮しとく」
「…即答は傷つくんだけど」
「え〜だって変なの選ばれたらイヤだもん」
「変なのなんか選ばないよ。土方さんじゃあるまいし」

そう頬を膨らませる総司にため息を吐く。
…なんか照れ臭いから嫌だと思うのは絶対内緒だ。
けれどこのまま放っておいたらどんどん拗ねるだろうから。

「…じゃあ1着は自分で選ぶからもう1着は総司が選ぶ?」
「うん!」

私の提案に総司は満面の笑みで頷いた。
そして鼻歌交じりで目の前の棚を物色する。
まったく、何がそんなに楽しいのやら。

しばらくして、総司が「あ」と何かを思いついたような声を出した。
くるりとこちらを振りむいて総司は言う。

「ねえ、真尋も僕の選んでよ」
「え〜…別にいいけど総司もう決まってるんじゃないの?」
「ううん、この2着で迷ってる」

いや、ある程度決まってるじゃん…というツッコミを心で入れつつ、私は総司が手にしているカーディガンを見る。

「ベージュと緑?…ベージュがいい」
「理由は?」
「そっちの方が好き」

素直に意見を言うと、総司は嬉しそうに笑いつつもこう言う。

「…随分可愛い理由だからこっちにしたいけど着てみるから、それ見て決めて?」

…まあ試着は大切だよな。
そう一つ頷いて、私は総司が着替えやすいように彼の荷物を預かる。

「じゃあまずベージュの方ね」

言いながらいそいそと袖を通す総司。
少し長めの丈と袖はこれからの成長を考えたら何の問題もないし、何より。

「…普通に似合ってる」

なんだろう。
たかが服一つであほらしいと思うけど、ものすごく「高校生!」って感じがする。
カーディガン一つで随分と大人っぽくなるものだ。

「ほんと?惚れ直すくらいかっこいい?」
「あ〜カッコイイカッコイイ」
「ちょっと、片言やめなよ」

思わずこぼれた本心に総司が調子に乗り出す。
これ以上構ったら面倒なことは分かり切っているので、私は早々に総司から視線を外す。
そんな私に何を言うでもなく、総司はもう一着の方に手を伸ばす。

「んじゃ次ね」

総司の手には濃い緑色のカーディガン。
あんまり見かけない色だし、きっと着る人を選ぶやつ。
まあ総司は割となんでも着こなすから似合わないってことはないんだろうけど――。

「どう?」
「………」

袖を通しきちんとボタンを閉めた総司を見て私は絶句した。
これは…。

「…無言って反応に困るんだけど」
「………がいい」
「え?」
「緑はやめた方がいい」

私は拳を握りしめて言う。

「絶っっ対ベージュの方がいい!!!」

私の力のこもった言葉に、総司は眉を寄せながら首を傾げた。

「なんでさ」
「なんでってお前あれだよ!!膨張色レベルじゃないよ本気でやばい!!」
「え、」
「すごい太った!総司すごい太った!!!」

私の一言に総司が硬直する。

「…そんなに?」
「そんなに!…あ、でも総司最近ガチで太ったよな?お腹周りちょっとあれだよね…いくら受験終わった春休みだからってダメだよ…お菓子控えなきゃ……」
「待ってそんなガチトーンで言われたら本気で凹んでくるから」
「だって本当のことだもん…」

しゅんと語尾を下げて言うと、総司は恐る恐る自身の体を見下ろす。

「…そんなにやばい?」
「やばいというか…いや見るからに太ってます!!!って感じじゃないんだけどってか毎日一緒にいるからこそ思うことなのかもしれないけど…ベージュの方がいいよ」
「でも僕これ割と気に入っちゃったんだよね」
「どこがそんなに気に入ったの?緑だったらまだ他にもあるよ?」
「いや、色っていうか、デザイン?」
「デザイン?」
「ほらここ」

総司の指が胸元の刺繍を差す。

「…鯉?」
「そう、鯉。珍しくない?胸元に鯉のワンポイント刺繍」
「まあ珍しいけど…」

確かにこんな刺繍は見た事がない。
一匹だけで天を目指すかのように泳ぐ鯉は何故か目を引くし、総司が気に入るのも分かるが…。

「それだけ?」
「うん。けど気に入っちゃった」
「私はベージュの方が良い」
「これも捨てがたい」
「総司私に選んでって言ったじゃん!」

私と総司の間にただならぬ空気が生まれる。
それを感じ取ったのか、一くんと平助が揃ってこちらに近づいてきた。

「お前たち、少しうるさすぎるぞ」
「自分で気に入ったの買えばいいじゃねーか」

そう呆れたように意見する二人は多分正論なんだろうけど、ここは譲れない。

「でも総司私に選んでって言った!」
「言ったけど太って見えるとか納得いかない」
「何だよそれ!ありのままのことを言っただけじゃん!」

互いが意地になってきつつあるのが分かるが、私と総司は睨み合いを続ける。
そして。

「だからもう少し静かにしろって、お前ら!」
「…揉めるなら2着とも買えば良いだけの話だろう」
「「…あ」」

――思いつきもしなかった至極真っ当な意見に、私たちは目を見開いたのだった。

「え、何その発想に無かったみたいな」
「本来の目的を忘れるな…」

結局総司は試着した2着を買い、私は私で紆余曲折ありながらも結局は総司が選んだ2着を購入して終わった。

…高校生になるまであと1週間。
私たちの胸は期待と不安で溢れていた――。






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