女々しい×男らしい



――私の彼氏は面倒くさい。
これは、身内内では共通認識。
それは性格だったり言動だったり考え方だったり様々だ。
けれど一番に思うのは…こういう突拍子のないことをいう時。

「ねえ、もし僕がここからいなくなったら真尋はどうする?」
「…は?」

あり得ないことを口にした総司の方を振り向くと、目に入ったのは彼の大きな背中。
そこには先ほどまでの情事の残滓がくっきりと残っていて、部屋全体もどこか気怠い空気に支配されてベッドから起き上がろうとも思わない。
質問した割にはこちらを向こうとしない総司。
これは私が何かしら彼を納得させる答えを返さねばずっとこのままだと、長年の経験が言う。
別に答えなくても私が思うことなんて分かってるだろうに、わざわざ聞いてくるなんて。
それも、いつもみたいに戯れの中じゃなくてこの互いの全てを曝け出した状態で。
一体何を考えているのか。

「何、怖い夢でも見たの?」
「朝起きたら忽然と僕が姿を消してていくら探してもいなくて連絡もつかなくて…もしそうなったら、真尋はどうする?」

私の言葉に一切答える気がないらしい総司にため息を吐く。

「…そういう仮定の話嫌いなの、知ってるよな?」
「……」

あくまでも答え以外の私の言葉は無視するらしい。

――お前が私なしで生きていけるとは思わないし、そんなこと起こらないように捕まえてるんだから想像したことがない。

こんな安い言葉を、こいつは欲しているのだろうか。
言葉は幾らでも重ねられる。
それが嘘でも真実でもなんでも。
けれど、こいつには…他でもない総司には、重みのない言葉は言いたくない。
だから私は総司にそういう言葉はあげない。
けど総司は違う。
総司はちゃんと、思いを言葉にして伝えてくる。
…その言葉の一つ一つが私の心に灯を燈し、鷲掴みにする。
そんな私を、総司は知っている。
照れ屋で意地っ張りな私の考えていることは、伝わっている。
それでも彼は時折言うのだ。
思いを言葉にして、と。
今回もそういうことなんだと思う。
けど、今それに付き合う気にはなれなかった。

「…どうかなって欲しいの?総司は」
「…もう真尋なんか知らない」

更に機嫌を損ねたらしい総司は、毛布を被って丸くなる。
私は人一人分の山が出来たベッドから抜け出し、ため息を吐きながらカラカラに乾いた喉を潤すために冷蔵庫に向かう。

「分かってて聞いてくるのがムカつくんだよね」

昨夜あれだけ啼かされながら彼に身を委ね、全てを受け止めて沖田総司という存在を全身に刻まれたこの私に。
中学の頃から付き合い始めて大学三年生となった今でも。
…総司は聞いてくるんだ。
そこにあるものを確かめるように。
私は総司の分のミネラルウォーターも手に、未だに毛布を被る総司の元に戻る。
ベッドサイドの小さなテーブルにボトルを置き、私は先ほどまで自分が寝ていた場所に腰掛ける。
そしてゆっくりと片肘をついて、毛布で隠しきれていない彼の髪の毛を手で梳いてから口付ける。
すると総司は、こちらを振り向かないまま頭だけを出してきた。

「…そういうの、ずるい」
「どこがだよ」
「…真尋、僕が寝てたり意識がほとんど覚醒してないときにするでしょ」

瞼に、頬に、キス。
そう呟かれて、顔が赤くなるのを感じる。
…どうやら気付かれていたらしい。
例えば、真夜中や朝。
ふとした時に目が覚めると、目の前に穏やかに眠るこいつの顔があることが幸せで仕方ない事。
いくつになっても妙にあどけなさが残る寝顔がたまらなく愛しくて、静かに額に、瞼に、頬に口づけるのが習慣になっていることを。
そしてそのまま総司にすり寄り、微睡むことを。

「…なんで起きてるときにしてくれないの。そういうこと」
「…っ」

恥ずかしいからに決まってるだろうが。
そう喉まで出かかった言葉は、総司によって遮られる。

「真尋が何かあったらすぐ手が出るタイプの照れ屋なのは分かってる。そんなところもたまらなく可愛い」
「………」
「けどさ、こういうのはさ、なんていうか、理屈じゃなくて」
「要はもっと甘やかせって?」
「…悪い?」
「いーや、甘えん坊の総司くんらしいお願いだなと」

――素直になれない、甘えられないのは今更直らない。
そういうところは、とことん可愛くない女だと思う。
でもそんなところを分かってくれる、察してくれる総司。
私は随分と前からそれに頼りっきりだ。
けれどその代わり、私も総司の考えてることは言われなくても分かる。
それをあえて口にしてるのが、総司だ。
そんな互いの状況を正確に把握した上で、こういうことを言ってくるのが総司だ。
私が言うのも難だが、本当に意地が悪い。

「…ま、今更真尋に求めても無駄なことくらい分かってるよ」
「…じゃあ聞くなばーか」

黙った私に総司は僅かに苦笑いを浮かべながら、ようやく毛布から顔を出す。
これ以上の問答は無駄だと理解したのだろう。
…好きな男にここまで言わせておいて答えられない自分が心底情けなくは感じる。
そんな罪悪感すらこいつには伝わってしまったようで、総司は少しでも悪く思うなら、と前置いて「これに答えてくれたら帳消しだよ」と口を開く。

「もしも僕が崖にいて、真尋がちゅーしてくれなかったら飛び降りて死ぬ!って言ったらどうする?」

――全く、こいつはどこまで馬鹿で欲張りなんだろう。
よりにもよって、この状況でそれを言ってくるのか。
求めても無駄、なんて言いながら欲しがってばかりなんだから。
私は様子を窺うために上半身を起こした総司の手首を掴んで、そのままベッドに縫い付ける。
油断していたのだろう、総司の身体は簡単にベッドに沈み、彼の驚きに染まった目が私だけを映して見上げてくる。

「わざわざ死ななくても天国に連れてってやるから、ダイブするならベッドにしろって返す」

だから今は目、瞑ってなよ。
それだけを告げて、まず頬に。
額、耳、鼻、瞼、首筋と鎖骨に、掠めるような口付けを落とす。
くすぐったいのか照れくさいのか、きゅっと体を強張らせる総司が不覚にも可愛いと思ってしまった。
…ものすごく、新鮮。
そして、良い気分。

「…まだ目開けちゃだめ?」
「まだだーめ」

肩に、首筋に、胸元に。
今度は啄むようにキスをする。
「真尋くすぐったい」と訴えてくる総司の声が幸せそうで、偶にはこんなのも悪くはないかと思ってしまった。
…なんだか堪らなく総司が愛しい。

「はーー…」

込み上げる気持ちを誤魔化すように、ぎゅーと総司を抱きしめる。

「素直じゃなくてごめんね」
「…僕もごめんね。それが真尋だってちゃんと分かってるのに、困らせちゃう」
「ほんとイイ迷惑だよ。こんだけ人を独り占めしといて、まだ何かねだるんだもん」

流石は総司だよね。
そう言って、触れるだけのキスを唇に。
じゃあ朝ごはん作るから、と私は彼から身体を離した。
――しかしいつの間にか総司の腕が腰に回っていて。

「……ごめん。僕真尋の男らしさを舐めてた」

オイコラそれは一体どういう意味だと私が声を荒げるよりも早く、彼は私の口を塞いだ。
一瞬で視界が反転し、今度は私が総司を見上げる番になる。

「ねえ、このままじゃ僕自分の女々しさに泣きそうだから付き合ってよ」
「嫌だよ腰痛いしむしろ総司の泣き顔写真とってあげる」
「悪趣味」
「なんとでも」
「…僕の方が力強いよね?」
「………」

元からやめる気ゼロじゃねーか。
しかもこの流れでしれっと言い退けるあたり、本当に腹が立つ。

「ハッ、上等だね」

これこそ何を言っても無駄だなと理解した私は、ぐいっと総司を引き寄せる。
――自分でも何やってんだと思うけど…今日くらいはいいだろう。
そうしてそのまま私は彼の唇に口付け、返ってくる熱に大人しく意識を委ねるのだった。






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