初夢



「また魚焦がしたの?」


目の前の総司は綺麗に焦げた魚を解しながら呆れたように口を開いた。


「うるさい。ちょっとうたた寝しちゃっただけだ」
「立ったままうたた寝したの……」
「立ったまま寝るスキルは社会人にとって必須なんだぞ」
「だからって料理中は使わないで下さい」
「…気を付ける」
「うん、そうして。でも罰は受けてもらう」
「は!?」
「罰として可愛く新婚っぽいセリフ言ってください」
「ああ!?」


魚とは全く繋がりのない話を持ち出した総司をギロリと睨む。
そんな私を見て総司は「だって〜」と頬を膨らませる。


「折角結婚したのに僕まだ言ってもらったことないよ?あのセリフ」
「世の中の新婚全員があんなセリフ言うと思ったら大間違いだ馬鹿!それに新婚だなんて」
「籍を入れて二ヶ月の正真正銘新婚ほやほやカップルだと思うけど?」
「…新婚とか今さらだろ………」


だって、私と総司は幼い頃からの付き合い。
世にいう幼馴染み。
双子のように育ってきた私と総司は二ヶ月前に入籍した。
周囲の反応は「やっとか」の一言。
まあ私達もいずれはこうなることを分かってたから、皆の気持ちも分かる。
婚約してから同棲を始めたが、常々一緒にいて小さい頃から互いの家に入り浸っていたものだからまるで新鮮味がなく。
入籍して関係の名前が変わっても私たちはなんら変わりなく毎日を過ごしている。


「言いたいことは分かるけど、僕は結構新鮮味はあるけどな」
「新鮮味?どんな?」


聞き返した私に総司はにやりと口角を上げる。
あ、だめだ。
これはろくでもないこと思い付いた顔だ。


「教えてほしかったらセリフ言って?」


――ほらきた。


「いい。遠慮しとく」


こういうときはとにかく無視するのが一番だ。
触らぬ神に祟りなし。
ただまあ…その…総司の言っていることは分かる。
昔から家族以上に一緒にいる私達が結婚して、新鮮味…ではないけれど、思うところはあるのだから。


「もー、真尋の意地悪」
「意地悪でもなんでもねえ!どうしてそんなにあのセリフに拘る!」
「どうしてって…新婚といえばあれじゃない。新婚は人生で今しかないんだから今やらないでいつやるの?」
「んな安い誘導尋問には引っ掛からねえぞ!」
「引っ掛かってよ!男のロマン叶えてよ!」
「ろくでもないロマンだなおい!」


ギャーギャーと口論になるこの話題ももう何度目だろうか。
この件に関しては本当に総司が分からない。


「たった一言だよ?その一言さえ言ってくれないなんて真尋どんだけ心狭いのさ」
「伴う精神的苦痛が耐え難いものなんでな」
「何よりも?」
「ああそうだよ。取引先からのクレームよりも朝まで酔っぱらった新八のモテるイケメンへの恨み言を聞かされるよりも耐え難い!」
「ほんとに一言じゃん」
「それでもだ!大体お前今飯食ってんだろ!」
「じゃあご飯のところをお酒に変えよ?」
「却下」


意地悪だろうが狭量だろうが何と言われても言うつもりはない。


「もう!なんでそんな頑ななのさ!」


総司から多種様々な悪口が出てきても無視し続けて数十分。
流しに食べた皿を片付ける時間になっても、総司はまだ愚痴っていた。


「言えばお前が調子乗るからだろ」
「乗らない。僕に誓って乗らない」
「自分に誓ったら信用0だろ馬鹿!それに!」
「それに?」
「………お前の場合、答え分かりきってるだろ」


駄々をこねる総司に渋々と言う。
すると総司は一瞬虚を付かれたように動きを止め――にんまりと笑った。
あ、やばい。地雷踏んだ。


「へえ?いついかなる場合でも自分が選ばれるって思ってるんだ?」
「なっ馬鹿野郎!選ばれるなんて、」

逃げ
ろ、という直感に従って私は総司から距離を置こうと後ずさる。
…が時すでに遅し。


「っ、はな、せ」
「嫌だよ。折角真尋が尻尾出してくれたんだもん」


やってしまった。
完全にスイッチの入った総司に腕を捕まれて、私はほんの数秒前の自分を呪う。
そんな私の内心を知ってか知らずか、総司は意地悪い笑みを深める。


「ちょーっとそれは自信過剰なんじゃない?僕がお腹ペコペコで死にそうってときはどうするの?真尋じゃお腹は満たされないよね?」


言いながら掴んだ腕を引っ張り、私を自分の元に引き寄せる総司。
非常にまずい体勢である。


「その時はご飯を選べばいい、だろ!離せ!」
「あれ、選んでいいの?さっきの自信は?」
「自信じゃねえし大体なんだその言い方は!まるで私が選んで欲しいみたいだろう!」
「選んで欲しくないの?」
「欲しくない!」
「もう、可愛くない」
「なんだそ、んん!?」


なんだその言い草は。
そう怒鳴ろうとしたが、突然唇を塞がれ言葉が音になることはなかった。
前触れもない噛み付くような口付けに、強制的に思考が奪われる。
解放される頃には、体の力が抜け脳が酸素を欲していた。


「っ、はあ、はあ……おま、え…なにす、る」
「何って…キス?」
「そういう、問題じゃ、ない!」


荒い呼吸を落ち着かせながら睨めば、総司は「もういいです」と私を抱き締める。


「――っ、馬鹿離せ…!」


腰に回った手は私をしっかり抱き込み、もう片方の手は何かを思わせるように背中を撫で回す。
――全身がゾクリと粟立った。
そして耳元に、低く甘い声が響く。


「確かに真尋の言う通りだよ。……真尋を選んでもお風呂を選んでもご飯を選んでも――指すものは全て同じだからね」


瞬間、私の中で何かが弾け――


「うわあああああああ………あ?」


――叫び声と共に目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋だった。



〜・〜・〜



「…最悪すぎる」


そう私は自分でも分かるくらいドスの効いた声で呟いた。
原因は言わずもがな…今朝見た夢。
…総司とけ、結婚なんてしていた上に、しょうもなさすぎる理由であんな…あんな……!


「っ」
「真尋先輩!?」


夢での出来事が不意に蘇ってきて、思わず手に持っていたお菓子を握り潰す。
――今日は一月三日。
年末年始で部活は無いが、今日は昔馴染み皆で近藤さんの家で新年会だ。
各々が盛り上がる中、私は千鶴と他愛もない話をしていたのだけれど…。


「た、体調でも悪いんですか…?先ほどから顔が強張っていますが…」
「なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「それなら安心ですけど…」


ふと会話が途切れた折に夢のことを思い出してしまったらしい。
申し訳ないことをしてしまった。
もう忘れよう。
まさか新年早々自分が総司と結婚してしかも新婚で本当に些細なことで口論してて最終的にはあんな展開になる夢を見たなんて冗談じゃない。
総司とは恋仲ではあるし物心つく前からの幼馴染みだが、あれはない。ほんとにない。
なんであんな夢を見たんだろう。
欲求不満なの私?そんなはずないよね?
ああだめだ、考えるのはよそう。
忘れるって決めた。よし忘れる。
そう私が朝から続くぐるぐるとした思考に終止符を打とうとしたその時。


「なあなあ、今日どんな夢みた?」


――平助の馬鹿がそんな事を言い出した。


「夢?」
「おう!だって今日は3日だぜ?」
「…なるほど、初夢か」
「!」
「一富士二鷹三茄子の夢見たら縁起が良いんだろ?」
「そうそれ!」


初夢。
その言葉に、冷たい汗が流れた。


「俺は見てねえぜってか昨日は夜通し新八と飲んで潰れたこいつの世話してたからなあ…」
「この通り俺は酔い潰れてたから夢なんて覚えてねえ!」
「新ぱっつあん新年早々それかよ…」
「平助は何か見たのか?」
「俺?俺は好きなゲームの中に自分がいる夢みたぜ!一くんは?」
「残念なことに夢を見ていたという記憶がない」
「千鶴ちゃんは?」
「私ですか?私は土方先生が馬に乗っている夢を見ました」
「土方さんが馬に…」
「ああ、総司が前古典のテストに落書きしてたやつみたいな感じか!?」


ギャハハハハとそれぞれの夢の話で盛り上がる皆を横目に、私は焦っていた。
初夢って初夢って確か…。


「確か初夢って正夢になる――って話、よく聞かない?」


そう、正夢になる。
それを真っ先に思い出して、背筋が寒くなった。
ていうかだな。


「なんでそれをお前が言うんだ……」
「真尋?」


よりによって、正夢の話を総司が出しやがった。
それに腹が立って仕方ない。


「そういえばさっきから喋らないけどどうかしたの?」
「なんでもない!大体正夢ってなんだよ!んな都合良いもんじゃねえだろ、初夢なんて」
「だよなー。だったら俺、ゲームの世界行けちゃうし」
「いや別に初夢全部が正夢になる訳じゃないんだろうけどさ…」


僕は正夢になると思うな。
そうにんまりと笑う総司は、夢でみたような笑顔で思わず顔が引きつる。


「総司がそんなこと言うの珍しいじゃん」
「だな。何か良い夢でも見たのか?」
「良い夢、っていうか…数年後の予知夢?」
「はあ?」


首を傾げる皆をよそに、総司は私に視線を向け甘ったるい笑顔をみせる。


「――僕の今年の初夢は、真尋と結婚してて一緒にご飯食べてた。勿論真尋の手料理」
「はあ!?」


思わぬ言葉に、私は声をあげて驚いた。


「何、いきなり声大きくして。びっくりした…」
「何って、は!?結婚!?」
「そうだよ〜。結婚して二か月の新婚ほやほやカップル」
「!」


私は戦慄した。
まさか、まさか二人そろって同じような夢を見たなんて――!


「新婚だけど今までとか変わらないって会話していてね?でも僕はそうでもないよって言うんだ。本質は変わってないかもしれないけど、朝起きたら真尋が腕の中にして幸せとか行ってきますって言ったら、」
「…行ってらっしゃいがかえって来たり」
「そうそう。そんでもってくたくたに疲れて帰ってきたら」
「ただいまがあって」
「温かいご飯が待っていて、夜は夜で真尋と一緒に寝る。それがたまらなく幸せだ――って、あれ?」


総司と皆は驚いたように私を見る。


「…なんでそんな顔してるの」
「…………」


――信じられなかった。
まさか総司も似たような夢を見て、あまつさえ…同じことを感じていたのだから。
先ほど総司が言ったことは、夢の中の私が感じていたこと。
それが、【新鮮味】ではない、新婚だからこそ感じられること。
駄目だ…今絶対顔赤い。


「…もしかして」
「真尋も…同じ夢、みたとか?」
「……同じ夢じゃないけど。新婚二ヶ月でご飯食べながら似たようなこと話した。…感じた」


部屋に永遠とも思える数十秒の時間が流れる。
そして。


「…そっか。そっかそっかそっか!」
「うわあ!?」


――それはそれは嬉しそうに頬を緩ませ、私に抱きついてきた。


「ばか、離せ!!」
「やだよ!すごく嬉しかったんだもん!初夢が同じ夢なんてもう正夢でしょ!」
「お前ら、改めてすごいな…」
「素敵です!」
「…ゲームの夢みて喜んでた俺なんか虚しくなってきた…」
「元気出せ、平助」
「ちょ、皆しみじみ傍観に回らないで!総司を剥がして!!!」


しかし私の切実な願いは聞き入れられる訳もなく。
私はただただ調子に乗り始めた総司を叩くくらいしか出来なかった。


――新婚ほやほや二か月カップル。


決して絶対ではないが、いずれ私と総司がこの新婚ほやほや二か月を迎えるのは目に見えている。
そしてこう思うだろう。


【家族になったんだ】と。


それが、今朝の夢で強く思ったこと。
きっと総司も、思ったこと。
――夢じゃなくて、私達たちの未来予想図。
とりあえず……数年後の私も、あのセリフは絶対に言わないだろう。
それは強く確信出来た。





「因みに土方さんはどんな夢を…」
「…原田、笑うなよ」
「ああ」
「……総司と真尋の相手をしていたら近藤さんに後頭部の心配をされた」
「それはまあ…なんというか…お疲れさん……」







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