突然の噛みつきに注意




――どうしてこいつはいつもいつもこうなんだろう。
誰かこの時と場所を弁えない変態野郎をどうにかしてくれ。
そう誰にあてたものか分からない願いを心で叫びながら、私は首を押さえ彼の背中を見つめた。




近藤さんの道場に行った帰りのことだった。


「なーんーでーお前が後ろなんだよ!!!」


私は今歯を食いしばって全力で自転車をこいでいる。
…のろのろとふらつきながら。
なんでそんなことになってるかと言うと。


「だってこれ真尋の自転車じゃない」
「そう思うなら降りやがれ!!」


…言わずもがな総司のせいだった。
いつもなら歩いて向かう近藤さんの道場だが、今日はちょっとした用事があって自転車で行くことにしたのが間違いだった。
ちゃんと言ったのだ、このことは。
いつも一緒に帰る総司に。
【今日はチャリで行く】。
そうメールしたら【じゃあ帰りは2ケツね】なんて返信があったから騙された。


「ほら頑張ってよ。僕足つかないようにするの大変なんだよ?」
「じゃあ後ろなんて乗ってんじゃねえ!!!」


――あろうことかこいつは後ろに乗りやがったのである。
2ケツなんて言うからてっきり私は後ろで帰りは楽出来るなんて思っていたのに。
てかそもそも男としてどうなんだ!!


「もう、学校からは普通にこげるのになんでそんなひょろひょろなのさ」
「学校からだったら下り坂が最初だからだろ!」


確かに学校から誰かさんの自転車を拝借して乗るときは例え総司が後ろでも普通に乗れる。
しかしそれは、学校の前の道が下り坂でスピードに乗りやすいからだけであって、今の様に平坦な…縁石さえない道で重い重い重ーい総司を乗せて普通にこぐというのは至難の技であった。


「仮にも彼女にこがせるってなんだよ!男なら前だろ!」
「真尋、時代は男女平等だよ?」
「ああ、そうですね!!!」


これ以上は何を言っても無駄だと後ろでゲラゲラ笑っている総司を無視して、私はバランス取りに集中する。
くっそ、こうなったら何が何でもいつも通りこげるようになってやる!






そして何メートルか進んだ頃。


(…っ、これは……きた!)


ようやく問題解決の糸口を掴んだ私は、更に身体に力を入れる。
ぐっとつま先に力を入れ、僅かにサドルから体を離す。
しかし次の瞬間。


――うなじに熱く柔らかい感触。


「っ!?」


それはほんの一瞬のことだったけれど。


「〜〜〜〜っ、うおあ!?」


私の思考を奪い自転車もろとも電信柱に激突させるのには効果抜群だった――。







「っ、いきなり何しやがる総司!!!!」
「わー真尋顔真っ赤。怪我してない?」
「うるさい!てかなんでお前は無事なんだよ!!」
「…足が長いから?」
「死ね!!」


自転車と共に横転は免れたものの、擦り傷が出来た私と対照的に後ろに乗っていた総司は衝突の瞬間に立ち上がったのだろう、当然のように無傷。
それがどうしようもなく腹立つが、今はそれより。


「なんでうなじにキ、キスなんかした!」


そう、総司はあろうことか突如私のうなじにキスしてきたのである。
一言で言うと、ありえない。
ありえないありえないありえない。
ありえない!!


「したくなったんだもん」


…そう当然のようにしれっと宣う総司に私は何も言えずに黙り込む。
顔と隠すように手で覆ったうなじが、尋常じゃない熱を持っているのが分かる。


「っ、だからってこういう時するか普通…!」


危ないし。しかも公道だし。


「いつも人前じゃすんなって言ってるじゃん…」


そう私がふいっと彼から目線を外しながら口を尖らせると、総司は「そうだねえ」と微笑みながら私に背を向け自転車を起こす。


「気付いたらしてたんだから仕方ないよね」


――どうしてこいつはいつもいつもこうなんだろう。
誰かこの時と場所を弁えない変態野郎をどうにかしてくれ。
もう何度同じようなことを思ったことか。


「…変態馬鹿総司」
「真尋が悪い」


いや私何も悪くないだろ!
そう声を大にして反論しようとする私だったが、それは「よいしょ」と自転車に乗る総司に阻まれる。


「…あれ、自転車」
「僕がこぐよ。怪我させちゃったし」


ごめんね?
そうこてんと首を傾げさせる総司にため息を吐く。


「…なら最初からすんな」


未だに引かない顔の熱に気付かれないように、私は足早に総司の後ろに座った。


「快適な運転でよろしく」
「誰に言ってるの?」


そうくすっと笑って、総司はペダルを回す。
すーっと進みだした自転車は、真っ直ぐ帰路を走る。


「………」


私は見慣れた背中に掴まりながら、先ほど総司の言葉を思い出す。


『したくなったんだもん』


(…心臓に悪いんだよ!)


大体うなじにしたくなるってどんなんだ!
そう心で悪態をつきながら、私はちらりと風のおかげで露わになった総司のうなじを見た。


(――っ、)


ドキリ。
心臓が、大きく脈打つ。
それと同時にじわりと湧き上がった感情に、ふるふると首を振る。
そしてそのまま総司の背中に頭突きを当てた。


「あいたっ」
「…悔しい」
「へ?」
「なんかすっごい悔しい!!!」


…一瞬でも吸い寄せられそうになったなんて。
口が裂けても言えるもんか。








「むかつくからいつか絶対かみついてやる!」
「何の話かしらないけど、痛くはしないでね」
「…お前やっぱ変態だわ」








back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -