やくそく



部活帰りに平助くん達とお茶をすることになった日のこと。


「あ、そういや見ろよーこれ!」


注文が終わるなりカバンからとあるものを取りだした平助君。
バン!と置かれたモノに、皆さん――沖田先輩、真尋先輩、斎藤先輩が目を瞬かせた。


「これは…」
「アルバム?」
「うわ、小学生のときのだ」


そう、平助君が持ってきたのは小さなアルバム――皆さんが、小学生のときのものらしい。


「うあー懐かしいなー」
「なんでまた急に」
「昨日片付けてたら出てきたんだよ。ほら、一君もいるんだぜ!」
「む…道場で撮ったときのものか」
「皆さん小学校から一緒なんですか?」


わいわいと騒ぎながら写真を眺めている彼らに、素朴な疑問をぶつけてみた。


「あれ、言ってなかったっけ。小学校が同じなのは私と総司と平助」
「僕と真尋は幼稚園に入る前から一緒にいるんだけどね」
「一君は小学校は違うんだけど、俺らと道場が一緒だったんだよなー」
「ああ、5年生にあがる前に近藤さんの道場に入り、中学は同じところに行った」
「へ〜」


付き合いは長いって聞いてはいたけど、まさかここまでとは。
一応平助くんと幼馴染である私だけど、先輩達と会ったのは中学生の時だったからなあ。
それにしても…。


「皆さん若いですね…」
「当たり前だよー小学生だよ?」
「左之さん達もまだ大学生とかだしな」


写真に写っている笑顔や真剣な顔…色んな表情は今の皆さんから面影が感じられて、なんだか微笑ましく思う。


「あまり変わらない方が多いですけど……あ」
「あ?」


そんなことを考えながら何枚かページをめくっていると、とあることに気付く。


「どうかした?」
「いや、あの、小学校…多分低学年くらいまででしょうか。それくらいの写真はほとんど沖田先輩と真尋先輩が手繋いでるなあって」


更によく見れば、隣の真尋先輩が元気いっぱいなのに対して、幼い沖田先輩は大人しそうな子に見える。
そう、今の先輩とは結構雰囲気が違う。


「あ、それはね…」


私の言葉に、真尋先輩が楽しそうににやりと笑いながら反応してくれた。


「小っちゃい頃の総司はね、実は「余計なことは言わなくていいの」痛っ!?!」
「真尋先輩!?」


突如彼女の言葉を遮るように彼女に手刀を食らわせた沖田先輩。
真尋先輩の頭のど真ん中に命中したソレは、結構な音を立てていたこともあってものすごく痛いんだろうなってことが分かる。
現に、先輩は痛みを堪えるように頭を押さえながらテーブルに突っ伏している。


「あ、あの…」
「千鶴ちゃん。僕の話よりもっと面白い話聞かせてあげる」
「へ?」
「その写真、お泊り会の時のなんだけど、その夜に平助がおね「あああああああああやめろおおおおおおおおおお」
「そっちの写真は、一君があまりの高さに驚いて半泣「総司、あんたは少し黙れ」


止まらない沖田先輩の暴露話?に、平助君と斎藤先輩が慌てて止めに入る。
3人の攻防は真尋先輩が復活するまで続いた。



〜・〜・〜




「あーもーあんな渾身の力こめるとかありえない!」
「真尋が悪いんでしょー」
「はあ?」


皆と別れた帰り道、私は隣を歩く総司に先ほどの手刀に対する文句を口にしていた。


「なにそれ意味分かんない。てかそもそも可愛い可愛い彼女にああいうことする神経が分かりません〜」
「自分で可愛いとか寒いんだけど」
「うるせえな、そこは流せよ」


そう軽口を叩きながら、私はにやけていた。


「…なあに、その顔」
「いや別にー?」


本当は、分かっている。
総司がさっきあんなことをした理由。
――恥ずかしかったのだ。
幼い頃の自分を語られるのが。


「千鶴の前ではかっこいい沖田先輩でいたいもんな?」
「……真尋うざい」
「あはは!」


そう拗ねた顔でぷいっとそっぽ向く総司に笑いがこみあげてくる。
そしたらまた総司が「だからうざい!」って言いながら怒るからまた笑える。
そんなやりとりを繰り返しているうちに、いつの間にか総司の家の前に着いた。


「寄ってく?この前言ってた新刊買っといたよ」
「まじ?んじゃ寄る〜!」


漫画につられて馴染みの沖田家にお邪魔した私は、「お茶いれるから先上がっといて」という総司の言葉を受け、勝手知ったる総司の部屋に向かう。
いつものように適当にカバンを置き、本棚から目的の漫画を探す。
――しかし、先に目に止まったのは小さなアルバムだった。


「あ、これ…」


それは、先ほど平助が持ってきたものとは違う…私達だけのアルバム。
平助や一くんと出会う前の、世界が私と総司だけだったときのアルバム。


「懐かしいな…」


ページをめくる度にその当時のことが蘇ってきて自然と顔がほころぶ。


「これ初めて一緒に海行った時のやつだ…」


写真の中の幼い自分たち。
こうしてみると、本当に総司とは生まれた頃から一緒にいるんだなと実感する。


「よくあんな風に成長したもんだよなー」


そう自分と手を繋いで控えめに笑う写真の総司をそっと撫でて呟く。


――小さい頃の総司は引っ込み思案の泣き虫さんだと言ったらどれだけの人が信じてくれるだろう。
今の総司からは想像出来ないのは間違いない。
先ほど千鶴が「総司はほとんど私と手を繋いでる」と言った理由はこれだ。
私は昔っからこんなんだった――いや今よりも男勝りだったってよく言われるか…――から、内気な総司をよく引っ張りまわしてた。


「どこ行くにも一緒だったな」


元々家族ぐるみの付き合いだったし、よく互いの家に預けられてたし、それ故かお出かけもほとんど一緒だった。
遊ぶのもお風呂も寝るのも一緒だったこの頃。
これといった喧嘩もあまりしなかったし、積み重ねてきた時間は、とても優しいものばかり。


「…総司の泣き顔とか今じゃレアすぎて」


ページをめくって目についた写真。
少し目元が赤く腫れている総司と頬に絆創膏を貼って笑う私。
これは確か…年長さんくらいだったかな。


「公園で遊んでたときか」


私は記憶の糸を手繰り寄せる。


――この頃総司は先ほど述べた通りの性格ながらも、基本的な能力は人より優れていた。
運動に知能、そして容姿。
マセ始める同じ組の女子には既にちやほやされていた。
…当時はどこがいいのか全く理解出来なかったけど。
総司自身も全く頓着してなかったしな。
けれど、本人が何とも思っていなくとも周りはそうはいかない訳で。
確か組が同じの、どこにでもいる所謂ガキ大将的な奴のグループかな。
そいつらが総司を僻んで何かといちゃもんをつけてきていた。
女の私が常に傍にいるのも気に食わなかったんだろうな。
総司がもっと快活な性格してたら違ったんだろうけど、血の気の多かった私が隣にいない時の総司は、よく奴らに囲まれて泣きそうになってた。
…ま、奴らの前では絶対に泣かなかったんだけどね。
その代わり、やつらを追い払って私と二人っきりになると彼は泣く。
それが常だった。


この時もそうだった。
ちょっと私が隣を離れた隙に偶然公園に来たらしかった奴らは、総司を取り囲んだ。
私がそれを見つけた時は、総司の目には涙が溜められていて。
瞬間頭に血が上って、輪の中に割って入った記憶がある。
いつもは幼稚園だから大きな喧嘩になることは無かったんだけど、大人の目が無い公園だったから、もーそれはそれは派手な取っ組み合いの喧嘩になった。
勿論、私とあいつらが。


「女一人に勝てなくてあいつらどういう気持ちだったんだろう…」


そう、結果は私の勝ち。
1対3だったけれど私の勝ち。
人より動体視力は良かったし、幼稚園なんて大して男女の差はないし。
なんだかんだで私の方が身体能力は高かったから、剛より柔といった具合で返り討ちにした。
泣きながら走り去ったのはいい気味だったな。


「…この時の総司はハイパーに可愛かった」


彼らを追い払った後、私はすぐさま後ろで立ち尽くしていた総司に駆け寄った。


『総司大丈夫!?怪我ない!?』
『ぼ、僕より、真尋が…』
『私なら大丈夫!ちょっと切れただけだよ!!』


言いながら頬から出た血を拭って笑えば、総司は糸が切れたように泣き始めた。


『泣かないで、総司』
『だって、僕、何も、出来、なかった』
『そんなことない!総司はいつも何言われても泣かないもん!すごいことだよそれ!!』
『すご、くなん、かない』
『すごいの!見てたでしょ?あいつらなんかちょっと言い返せばすぐ泣くんだから!』


私はどうすれば総司が落ち着くかを考えて、でも結局良い案もなくてただその頭を撫でていた。


『僕、いつ、も…真尋に守って、もらって』
『守ってなんかない。私がしたくてしてるの。だから総司は気にしなくていいの!』
『気に、するも、ん!』
『気にするな!ばか!』
『っ』
『あ〜〜もう!泣かないの!』


こんな感じで会話は平行線をたどって、総司が落ち着くのに結構時間が要ったと思う。
そして。


『もーそんなに気にするならいつか総司が私を守ってくれたらいいから!』
『!』


あまりにも総司が凹んでるから言った言葉。
私の一言に、総司はとても驚いたように顔を上げたのを覚えてる。
そして――。


「まった、アルバム見てる」
「っ、総司!」


あの日の総司の声を思い出そうとした瞬間、背後からお茶とお菓子を持ってきた総司の声がした。
彼はテーブルに盆を置いて、呆れたように私を背後から抱き込みアルバムを覗いてくる。


「しかもよりによってこんな昔の…」
「懐かしいだろ」
「…僕にとっては黒歴史なんだけどね」
「あはは!黒歴史!」


少し照れたようにため息をつく総司を思わず笑ってしまう。


「今さ、このときのこと思い出してた」
「…僕のいないところで思い出してよ」
「もう少しで終わるときに帰ってきたお前が悪い」


そうだ、本当にあと少しだったのに。
そう笑いながら再び写真に目を落とすと、お腹に回っている腕の力が強くなった。


「…僕、このときのこと忘れない」
「え?」
「……約束、覚えてる?」


思ってもみなかった言葉に、私は目を瞬かせる。
――約束。
それは、つい先ほど思い出そうとしたもの。


「僕はこの約束のために今も昔も頑張ってきてるつもり」
「総司…」
「真尋が覚えてるかは知らないけどね」
「な!ちゃんと覚えてるし!」


失礼だな!と勢いよく後ろを振り向けば、そこには気恥ずかしそうにしながらも真剣な顔の総司がいて。


「な、なに…」


そんな顔をしていると思っていなかった私は思わず後ずさるが、腰には総司の腕があるし背中はすぐに本棚にべったり。
そんな私から総司はアルバムを取り、そのまま片手で閉じて本棚に入れる。
そして。


「僕は絶対君を守る男になる」
『僕は絶対君を守る男になる』


――二人の総司の声が重なった。


「覚えてた?」
「…覚えてるよ」


不覚にも胸が高鳴った自分が恨めしくて、私は視線を逸らしながら口を尖らせた。
くそ、今のは反則だろ。


「もう、すぐ照れるんだから」
「照れてない!調子乗るな!」
「ハイハイ」
「〜〜絶対昔の方が可愛かった!!」


そうあの頃の面影なくふてぶしく育った幼馴染にありのままの想いをぶつけると、彼は「あのねえ」と呆れ顔を見せる。


「あの頃のままだったら約束守れないでしょ」
「は?性格悪くなった理由人のせいにするつもり?」
「…真尋も昔の方が可愛かった」
「悪かったな!」


ああ言えばこう言う。
こんな会話はいつものことだけど、いつからこうなったのかは覚えていない。
いやまあ、この頃から今とあんまり変わらない会話してたけど。
…でもそう、確かにこの日から総司は変わった。
引っ込み思案なところは変わらなかったけど、あいつらに何を言われても泣かなくなった。
あの泣き虫総司が。


「約束を守るために健気に強くなろうとした僕をそんな風に言うなんて真尋ひどい」
「自分で言うな!仮にそうでも台無しだ!」
「事実じゃない」
「ねえ、表出よう?拳で決着つけよう?」
「嫌だよ、痛いもん」
「女子か!!」


女々しい言葉をしれっと言いのけた総司の頭をバシッとはたく。
「痛いんだけど」と眉を寄せながら、総司は私の両腕を掴んだ。


「何すんだよ」
「こうでもしなきゃ大人しく話聞かないでしょ、今」
「いや、言ってくれたら聞くから!」


そう言えば、はあ、とため息をつく総司。
さっきからため息ばっかりなんだけど!


「じゃあ聞いてよ」
「おう、聞いてやるよ」


私は大きく頷いて、じっと総司を見る。
そんな私に総司は…切なそうに眉を下げた。


「…僕は君を守れてるかな」
「!」


ぽつりと呟かれた言葉に、私は目を見開いた。


「約束…守れてる?」


…久しぶりだな。こんな総司を見るのは。


「……守れてる」
「ほんと?」
「こんなんで嘘つくかよ」
「…そっか」


ここは素直に答えないといけない――そう思った私は小さく答える。
すると総司は、本当に嬉しそうに微笑むからむず痒い。
…今になってこんなこと言い出すなんて。
とっくに総司は私を守ってくれているのに。
私を理解して、支えて隣にいてくれる。
それだけで私はこんなにも伸び伸び生きていける。
この意味を彼は知っているのだろうか。


「ねえ、真尋」
「あん?」
「僕はこれからもこの約束を守ることを約束するよ」
「…好きにすれば」


あーもう、なんでこんな空気になってるんだろう。
そうアルバムを見ていたちょっと前の自分を恨む。
昔から、いくつになってもこういう雰囲気には慣れない。
嫌いではないけれど…照れるし、何よりこの手のことはどこで覚えてきたんだっていうくらい総司の得意分野だからどうしても負けた気がして嫌。
今だってそうだ。
……けれどやっぱり、やられっぱなしは性に合わない。
総司の言葉は嬉しいけど…私ばかりこの何となく負けた感じがするのが気に食わない。
だから…胸に生まれたばかりの言葉を口にした。


「…じゃあ私は総司を幸せにする」
「……は?」
「守られるとか一方的なの嫌いなの知ってるだろ」
「いや……え?」
「だから!総司が私を守るっていうなら私は総司を幸せにする!」


あの泣き虫の総司がこんなこと言うんだから私は。
そんなあの頃の…幼いながらに自身の半身だと思っていた総司に対して抱いていた【総司は私が守るんだ】という、今思えばちょっとした義務感を思い出して笑みがこぼれる。
しかしそれも一瞬のことで、次に飛び出した総司の一言で私はまた怒鳴る。


「…参ったな。それプロポーズ?」
「な!ちげえよ!!」
「…そんな力強く即答されるのも傷つくんだけど…」


力いっぱい否定した私に、総司はがっくりと肩を落とす。
ざまあみろだよな。調子乗ったことばっかり言うからだ!


「ほんといつまで経っても勝てない気がする…」


そうぼそっとした総司の声が聞こえて、私は笑みを深める。
総司の言動には中々慣れなくて、割と動揺することが多いんだけど、こういう総司の顔を見るのは好き。
この優越感がたまらない。


「…なあに、その勝ち誇った顔」
「いやなんにも」


むかつくんだけど、と頬を膨らます総司を見て、私はそっとポケットに手を伸ばす。


「真尋?」


不思議そうに私を見る総司を無視して、私は携帯を取り出し総司に向ける。


カシャ。


そんなシャッター音が部屋に響いた。


「…何勝手に撮ってるの」
「総司の拗ねた顔」
「……なんで」
「アルバム見てたら最近あんまり写真撮ってないなーと思って」
「……」


私の言わんとすることが分かったのか、総司はむすっとした顔をしながら黙り込む。


「またアルバム作ろうかな」
「あっそ」
「……」
「っ、なんでまた撮るの!」
「いや〜総司の拗ねた顔が可愛いから?」
「趣味悪…」


もういい…と本格的に拗ねだした総司は私から身を離し、そのままベッドに倒れこむ。
そんなところが可愛いのだと常々思うくらいには、私も相当だなあと苦笑いが零れる。
拗ねた総司の相手をするのは面倒の極みだから嫌なんだけどね!
でも。


「もー拗ねないの総司総司さん総司くんそーちゃん?」
「…そんな珍しく可愛い声出しても騙されない絶対カメラ向けてるもん」
「いやいや向けてないよもうさっきので満足したもん」


面倒だと言いながら彼の背中を追いかけてしまうあたり、手遅れかもしれない。
だってほら。


「っ!ほら撮ってる!!」
「あはは!ごちそうさまです!」


総司の色んな表情を間近で見れるのは私だけだから。
どれだけ同じ刻を過ごしても飽きなんてこないから。
こんな毎日が何より幸せなことを知っているから。
また何年かして、もう少し大人になった私たちが【今】を思い出して欲しい――さっきの私たちの様に。
そうして、またこんな気持ちになってほしい。


――思い出を重ねられる喜びを、いつまでも。






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