えいぷりるふーる!



四月一日。
世間は春の訪れを皆が喜び、この日を待っていたとばかりに咲き誇る桜の木の下で酒を飲みわいわいと騒ぐ輩も多くなってきた。
それは、この京の町を守る新選組とて例外ではない。
隊内はどこか浮ついた雰囲気を漂わせ、隊士達も花見がしたいだのなんだのと口々にこぼす。


しかしそれは、この男には当てはまらなかった。


「ったく、花見なんざやっている暇ねーよ」


泣く子も黙る鬼副長、土方歳三である。


彼もまた桜を愛し、この季節になると花見だと我先に準備を始めていた試衛館時代を知る者は、同じく試衛館派である幹部達だけだろう。
あの頃ならこうして桜が満開なら迷わず花見の音頭をとっていただろうが…今そんなことが出来るはずもなく。


「やらなきゃいけねえ仕事ばっかりなんだ」


新選組がようやく軌道に乗ってきた今、やらなければいけないことは山のようにある。
会津藩とのやり取りや、新人養成や隊内のこと、財政のこと、日々の活動に関しての書類…。
更には馴染みの面々による余計な請求書や始末書に、新たな問題…。
花見なんて、もってのほかだった。


という訳で土方はこの春麗らかな花見日和の日を、今日も今日とて自室で過ごす。
減らない書類に頭を痛くしながら、土方は机に向かう。
しかしそんな土方のもとに、とある一通の手紙が舞い込んでくる。


「なんだ…?文なら声かけて渡せよまったく……」


そうため息まじりに障子の隙間から入れられた文を開くと、そこには癖のない字である一言が書かれていた。


【土方さんの大切なアレ、失くしちゃいました。すみません。 総司】



「…あんのやろ…っ」


ぺろっと舌まで出して全く反省の色がないとぼけた総司の声が頭に浮かんで、土方は思わず手にした文をにぎり潰す。
そして。


「おいこら総司いいいい!!!!!!!いい加減にしやがれ!!!!!」

勢いよく文の差出人を探しに出た。




〜・〜・〜




「くそっ総司の野郎、どこいきやがった…」


屯所中を怒鳴りながら総司を探した土方だったが、彼は屯所に居ないどころか朝の昼飯以降外に出て行ったっきり姿を見た者はいないという。


「総司のことだから失くしたなんてことはどうせ嘘だろうが…嘘…だろう…が………本当に失くしてたら…」


そう考えて、土方は全身の血が引いていくのを感じた。
もしも総司が本当にアレを失くしていたら…?
それが幹部共ならまだしも何も知らない平隊士や千鶴の目に触れるような事態になったら…?


「と、とにかく今はどうしようもできねえ。総司の野郎が帰ってきたら徹底的に聞き出してやる…」


いざとなれば拷問用の土蔵を開かねえと…。
そう自分に言い聞かせて、土方は自室へと戻る。
こんな自己暗示でもかけておかねば、心配で今日という一日を総司探しで終わらせてしまいそうだからだ。


「あーくそっ、総司のせいで時間を無駄にしちまった」


そう悪態をつきながら自室へ足を踏み入れると、足元でグシャっという音がして危うく滑りそうになる。
予期せぬ失態に慌てて周囲を見回し、誰かにも見られていなかったことに安堵すると、障子をしめ問題の紙を手に取った。


「たっく誰だこんなところに文を入れやがったのは――って、斎藤?」


そう、差出人は土方が特に信を置く、三番組組長斎藤一。
その内容は――。


【石田散薬を今すぐもらえないと俺は寝込んでしまいます。 斎藤一】


――あいつ一昨日在庫全部持っていかなかったか?
そう土方は、自身の部下である彼の味覚と将来が心配になった。



〜・〜・〜



「たっく今日は厄日だな…」


今すぐ石田散薬を飲まないと寝込むと言っていた割に、斎藤は自室で何事もないように刀の手入れをしていた。
それを土方は訝しむが、それよりも一昨日手元にある在庫全てを持っていたはずの斎藤が何故このような状況に陥っているのかを尋ねた。
答は簡潔。
朝総司と共に隊士達の稽古を担当した際、彼の荒々しい稽古で怪我人が続出。
被害者たちに一つずつ配ったところ、全てなくなったということらしい。
一昨日渡した在庫の量を考えると、どれだけの怪我人が出たことかと隊士達に同情してしまう。
そうして手元にある石田散薬を全て失くした斎藤に、土方は自分用に持っていた本当に最後の一袋を渡した。
――斎藤の石田散薬への絶大な信頼は、嬉しく思うも心苦しい。


「はあ…災難続きで仕事が半分も終わってねえ」


総司の野郎が余計なことしたおかげで集中も出来ねえしな!
そこまで考えて手を止める。


「総司はなんで戻ってこない…?」


斎藤に聞いても未だに戻ってきていないという総司。
これは本当にアレを失くして、戻ってこれねえってことなんじゃ…?
そう最悪の事態を頭に思い浮かべて、土方は戦慄する。
もうひとつ、重大なことを忘れていた。


――真尋はどこ行った?


総司の片割れであり、この手のことにはいつだって関与しているはずの奴の姿が見えない。


「おいおい、一体いつからいねえ…?」


どんどん悪い方へ思考が働き、土方はついに手を止める。
その時。


「!」


カサリと今日何度目か分からない文が届けられる音。
稲妻のような速さで振り返り廊下に出るが、既に気配はなく。
足元に例の如く紙切れだけが残されていた。


「…こんなこと出来るやつは限られてんだよ!」


そうチッと舌打ちしながら文を開けると、そこには予想通りの人物の名前が。


【総司が失くしたって言うアレですけど、俺が勝手に取ったんですよ。突然読みたくなって。だから俺持ってます。 真尋】


――もう我慢の限界だ。
ぐしゃりと文を握りつぶした土方は、そのまま非常用の木刀を手に取り部屋を出た。


「真尋!!!!どこにいやがるとっとと出てきやがれえええええええ!!!!!」








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