初めての気持ち



「完成です!」
「おー!出来たー!!」


あの節分から一週間と少し。
バレンタインを翌日に控えた本日日曜は、朝から千鶴の家で明日皆に配るチョコ作りに勤しんでいる。
当初の予定通り人数分のトリュフとブラウニーを作り終えて、私たちは達成感に満ち溢れていた。
千鶴との【手作り】である。美味しいに決まっている。
それともうひとつ。


「こっちも上手く出来ましたね」
「千鶴のおかげだ。ほんとありがとう」


近藤さんには皆とは別にものを、千鶴ちゃん監修のもと作ってみた。
ちなみにチョコマカロン。
マカロンなんてものが手作りできるなんて思っていなかった。
千鶴すごすぎる。


「千鶴も平助にあげるやつ、すごい良くできてるね」
「はい!無事完成して良かったです」


なんと千鶴は皆に配る用のチョコを作る片手間に平助へのいわゆる「本命チョコ」を作りつつ、私の近藤さんへのチョコ作りの面倒を見たのである。
どれも味見をしたが、美味しすぎて驚き。
料理が上手いどころじゃない。人間じゃない。


「味も美味しいし平助が羨ましいな〜」
「先輩はほ、本当に沖田先輩に作らなくていいんですか…?」


そう尋ねてくる千鶴は何を心配しているんだか、とても不安そうな瞳をしている。
そんな彼女を安心させるように、私は笑顔で答えた。


「ん〜皆のと一緒にあげるから別にいいよ」
「先輩、楽しみにしてるんじゃ…」
「ちゃんと手作りだから大丈夫だって〜」


私の言葉になんとも言えない表情で「そうですか…」と肩を落とす。
そうしてそんなに総司のことを気にするんだ。
ちゃんとあげるからいいじゃない。
去年はチロルチョコ3つだったけど、今年は既にチョコボールも挙げた上に手作りもだよ!?
大進歩じゃないか。
そんでもって何より。


(……柄じゃないし)


手作りチョコだなんて。
そんな女の子みたいこと、私には似合わない。
そりゃあげたら喜ぶだろうしそんな顔も見てみたいとは思うけど…どうしても、恥ずかしさが勝ってしまう。
大体生まれた時から一緒にいるようなもんの総司相手に、今更そんなこと出来るはずがない。
そんなことを、私はひたすら考えていた。



〜・〜・〜



そして夜。
明日持っていく皆へのチョコの確認をしている私の頭には、お昼の平助へのチョコを作る千鶴の姿があった。
楽しそうに、幸せそうに笑いながら作業する千鶴。
そして…あの日総司に言われた「バレンタイン、楽しみにしてるよ」がエンドレスリピートで脳内を駆け回る。
質が悪いぞ総司!!
どんだけ欲しいんだあいつ…。まあ確かにバレンタインって頑張らなきゃって思う気持ちもあるし渡したい気持ちもある。
でもああまで言われたら逆にあげ辛いっていうか、なんていうかう〜〜〜…


「…あ〜〜〜もう!!作ればいいんだろ作れば!!」


ここのところずっと抱えていたもやもやに耐え切れなくなって、私はベットから飛び起き台所に立つ。


「くっそ、総司のやつ明日絶対ぶん殴る!!」


そう苛立ちそのままに作り始めたんだけど…。


「だー!!なんで出来ねえんだよ!!!」


上手く作れない。
千鶴に習ったとおりにしているはずなのに、よく分からないものが出来るこの謎。
料理は出来るようになったのになんでお菓子は無理なんだよ私…!
そうやって更に苛々を募らせながらチョコと戦うこと数時間…。


「こんなやってられるか!!!」


私はふて寝した。
深夜3時まで頑張ったが、出来るのは黒い塊だけ。
味は普通なのに意味が分からない。
こんな苦労してまで総司に渡すチョコはない!!
そして迎えた翌日。


「喜べ!千鶴と私からバレンタインチョコだ!!」
「おー!うまそー!」
「ありがとな」
「ホワイトデーは10倍返しだよ。ねー千鶴?」
「あはは……」


私は千鶴と共にチョコを渡しに校内をねり歩く。
勿論寝不足だが、昨日遅くまでチョコと戦ってましたーなんて言えるはずもなく、「ゲームしてた」と誤魔化した。主に総司を。
近藤さんに渡すと本当に嬉しそうに受け取ってくれた。
頑張って良かった!
風間だのなんだのにもチョコを渡していると思いのほか時間がかかってしまった。
全員にチョコを渡し終えた頃には昼休みになってしまった。


「んじゃいたただきまーす!」


今日は折角だから全員でお昼を、と普段はいない千鶴も呼んで体育教官室でごはん。
左之さんが主に使っている部屋だから、私たちはよくここに来る。
因みに、新八もよくここにいる。…数学教員のはずなのに。
チョコを渡し終えた達成感に溢れる今日は、何となくご飯もいつもより美味しい。
そんなことを考えていた私に、隣の総司が声をかけてくる。


「ねえ真尋。僕にちょこは?」
「え?あげたじゃん」
「…これだけ?」
「何か文句ある?」


言われるだろうなと思っていた言葉に、私はさらりと答える。
実は数時間前まで作ろうと頑張ってたけど、無理でしたなんて口が裂けても言えるか。
そんな私に総司は「はあ」ため息を吐いた。


「…ま、なんとなく予想はしてたけど」


呆れたような言い方に少しむっとするが、ここで反論するわけにはいかない。
押し黙る私を見て、総司はちょっと拗ねたように口を尖らせながらポケットから何かを取り出し私との距離を詰める。


「な、なんだよ…!」


息がかかるくらい近づいた顔にわずかに身を引く。
しかし総司は私の頭を左手で固定し、空いた手で取りだした何かを私の口に放り込んだ。


「なっ……これ…ちょ…こ?」


驚いて口を閉ざすと、口に広がる甘い味。
――昨日からひたすら戦い続けてきたチョコレートだった。


「うん。はやりの逆チョコ?」


そうこてんと首を傾かせながら、ホワイトデー10倍返しねとにんまり笑う総司。
そのまま彼はちょっとトイレ、と席を外すが…。


「…それはないわ真尋」
「お前らしいっちゃらしいが、今回ばかりはさすがに総司が可哀相だぜ…」
「こういうときの男心だけは分からねえのな」
「お前女子力買って来い」


残された私を待っていたのは外野からの非常に痛い言葉だった。
――腹が立ったから平助だけはどついておいた。
んなの言われなくても分かってるのに、どいつもこいつも人の気も知らないで…!


その後は特に何事もなく過ごしたんだけど、とにかくもやもやしてしょうがない。
結局夜の10時を回ってもこのもやもやは消えることなく、むしろ時間が経つにつれて増していく。


「くそう…なんだよ皆して…。大体私にお菓子なんて作れる訳ないじゃん……」


そうぶつぶつ言いながらベットでごろごろごろと転がる。
頭に浮かぶは、平助に照れくさそうに皆とは別のチョコを渡す千鶴ちゃんと幸せそうに受け取る平助。
そして拗ねたような寂しそうな総司の顔。
そういえば昨日千鶴は「大切なのは気持ちですよ」とか言ってたっけ…。


「…くそっ」
(私だって渡したいと思うよ・・!)


もうどうにでもなれ!と私は思い立ち、台所に立つ。
うん、もう見てくれなんてどうでもいい。
大切なのはき、気持ちだよね、うん…!
チロルでも皆のとも違う…もっと…いやもういいや!深く考えない!
そう今まで経験したことのない気恥ずかしさを覚えながら、私はチョコを作っていく。
――後から思えば、私はこの時初めて総司のことだけを考えて作った。
そうして時刻は11時をすぎ…。


「出来た・・!!」


不格好ながらなんとか形になったチョコ。
簡単に包装し、携帯片手に適当に取った上着を羽織って総司の家へと飛び出す。
幸い家は近いから、走って6分くらいなんだけど。
普段ならしない息切れなんてしない距離なのに、今日はぜえぜえと呼吸が苦しかった。
乱れる息を整えながら、総司に電話をする。


『もしもし真尋?どうしたの?』
『…今出てこれるか?』
『え?…!!』


窓から顔を出した総司は、外にいる私を見て驚き飛び出してきた。


「どうしたの、そんな薄着で!」
「…ん」


慌てた総司と目は合わせず、ずいっとチョコを差し出す。
…恥ずかしくていっぱいいっぱいだ。
そんな私の行動に、総司はただ目を瞬かせた。


「何これ…」
「…ちょこ」
「え?」
「…ちょこ!作った!」
「……どうしたの?」


総司の質問責めに耐え切れなくなり、私は多分すごい真っ赤な顔しながら声を大きくした。


「お前に渡したくて作ったんだよ!み、皆と一緒じゃ…ないやつだよ!!あ、味は保証しねぇけど…」


語尾が消える私の言葉に総司は目を見開き――すぐさまチョコを食べ始め、あっという間に完食してしまった。


「なっ、総司!?」
「…ごちそうさま。おいしかったよ」


そうやってにっこり笑う総司の笑顔は、それはそれは嬉しそうで幸せそうなもので、思わず息が止まる。
しかしそれも刹那のことで、すぐ我に返った私は羞恥心を誤魔化すように反論するが…総司に遮られる。


「〜〜んなわけない!だって私が作っ「じゃあ食べてみる?」


――今度は私が目を見開く番だった。
言葉の意味に思い当る前に私の視界には総司の顔が広がった。
唇に感じるのは熱だけでなく…ほんのり甘い、お馴染みの味。
強張っていた体の力が抜けたと同時に唇が離れる。
その頃には、口の中はチョコレートの味でいっぱいだった。


「…ね?」
「………馬鹿野郎」


甘ったるい声でそう私の顔を覗き込む総司に、私は真っ赤な顔を背けながら悪態をつくしかない。
そんな私を満足そうに見つめてくる総司に、顔の熱は引くどころ増していくばかりで、この空気に耐えれなくなるまで顔を隠すように総司の肩に額を押し付ける他なかった。


もう無理だ、耐えられない。
そう思って時計を見ると、もうすぐ日付が変わる20分ほど前だった。


「…じゃあ帰るから。ごめんな、こんな遅くに」


そっと総司から身を離して告げると、総司は「送ってくよ」と即答した。


「え!いいよ!!もう遅いし、大体私が勝手に来ただけだし…」
「だーめ。女の子がこんな時間に一人なんて許さない。それに…」


意味深に言葉を切る総司を不思議に思って首を傾げる。
そんな私の手をとり総司は――


「あと20分はバレンタインだよ?」


そう私の大好きな顔で笑うのだった。








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