一石二鳥で福は内



「おいおい嘘だろ…」


そう目の前の光景に愕然としたのは、節分でまくための豆を買いにきたときのことだった。


「いつの間にこんなことになってんだ…!」
「結構前からです先輩…」
「まじか…」


私の言葉に言いにくそうに教えてくれたのは、一緒に買い出しに来た千鶴。
目の前には、赤が目立つとある商品の山。
――バレンタイン向けのチョコレートがずらりと並ぶフロア。
2週間以上も先の行事への力の入れように、意識すらしていなかった私はただ戦慄した。


「14日なんてまだ先だぞ!?それよりも節分だろ!?どこにいった日本の伝統行事!!!」
「お、落ち着いて下さい先輩。節分コーナーは向こうにありますから…!」


そう言われて千鶴が指さす方向を見れば【2月3日は節分!】と鬼の絵とともに描かれた一角が目に入る。
そこには豆と恵方巻きが並んでいるようだけど…


「明らかにこっちと比べて小さいだろ!!」


あまりの事実に、納得出来ない!!と私は肩を怒らせながら節分コーナーに近づく。
そして本日の目的である豆をカゴに入れる。
――今日はこれから、近藤さんの道場で皆で節分パーティーである。
学校では部活以外1日中節分で張り切る風間に皆で豆をぶつけることしかしていなかったから、近藤さんの家で落ち着いて改めて豆まきをするのがこれからの予定。
道場では近藤さんの奥さんであるつねさんが恵方巻きを作ってくれているから、私と千鶴で豆を買いに来たのである。


「さて、こんだけあればいいかな」
「むしろ買い過ぎじゃ…」
「いやいやいるでしょー。鬼相手にぶつけるんだよ?」
「まくんじゃなくてぶつけるんですね……って、鬼…?」
「いるじゃない。立派な鬼が」
「土方さんですか…」


それしかないでしょ!と笑いながら私たちは他に頼まれていたお菓子やジュースを適当に選び、レジへと進む。


「あ、先輩半分お持ちします!」
「いいのいいの。半分も持ったら千鶴骨折れるよ?」
「折れません!!」
「そんな目しても無駄です。ほら、行くよ」


先輩…!と焦ったように後ろを追いかけてくる千鶴に自然と口角が上がる。
お決まりのこのパターンを彼女はいつ学習するのだろう。
そして。


(バレンタイン、ね)


先ほどのバレンタインコーナーを視界で捉えて、考えてみる。
…バレンタインはめんどくさい行事というのが私の認識である。
貰う分には一向に構わないのだが、配る分を準備するのが面倒で仕方ない。
近藤さんには喜んで準備するが、剣道部関係のいつものメンバーに何故かチョコをたかりにくる不知火と風間。ついでに天霧。
なんで女というだけでこんなに苦労しないといけないんだろう。
それに――最も私の頭を悩ませるのは。


(総司どうしよう…)


恋仲である総司へのチョコだ。
甘いもの好きなあいつはこの時期になると、普通に催促してくる上に毎年毎年手作りがいいだのケーキがいいだの注文が多い。
手作りなんてあげたこともないし作る気もないが。
去年は皆にチロルチョコを配った。
総司には特別に3つあげた。
今年はどうするか…5円チョコにしておくか……そんなことを悩んで、ふと隣の存在を思い出す。


「…千鶴、バレンタインどうするの?」
「へ?」


そうだ、去年はいなかったが、今年は千鶴がいる。
もう私一人で悩まなくていいじゃん!!


「皆に配らないとうるさいからね」
「ああ…!皆さんには手作りのブラウニーとトリュフをと思っています」
「え、それ手作りなの…?」
「はい!簡単でお手軽ですよ!」


そう笑顔で言いのけた千鶴に眩暈を覚える。
忘れてた。千鶴の料理の才能忘れてた。


「さすがだね千鶴…手作りだなんて……」
「自分で作った方がたくさん作れますからね。…あ!先輩一緒に作りますか?」


思ってもみなかった提案に、目を瞬かせる。
私の脳は瞬時にとある計算をしていた。
千鶴と【手作り】を皆に渡すということは千鶴と一緒に作ったから味は保証される。
ホワイトデー無事確保。
皆からギャーギャーと文句を言われることもない。
完璧だ。完璧すぎる。


「いいの?私、何も出来ないよ?」
「大丈夫です!」
「じゃあ…教えてもらおうかな」


折しもバレンタイン前日は日曜日。
タイミング的にもピッタリだ。


「よろしくね、千鶴」
「はい!楽しみですね」


今少し見ていきますか?
そんな千鶴の言葉に頷いて、私たちは手作りチョコのコーナーに移動する。


「ふむ、たくさんあるな」
「先輩は何が作りたいですか?」
「何でもいいけど、私にも出来そうなやつで。あ、近藤さんには皆と違うもの渡したいかも」
「…沖田先輩には……」
「皆と一緒の渡す」
「え、」
「多めにあげればいいって。それより千鶴は平助にどうすんの?」
「へ!?私ですか!?」


そう返されるとは思わなかったのだろう、私の質問に千鶴は顔を赤くし「えーと」と視線を泳がせる。


「…皆さんとは別のものを作ります」
「おお…」


さすがだなー…と素直に思う。
これが普通かもしれないけど、生憎私には彼女のような女の子らしいところは無いわけで。


「千鶴はすごいね。私なんてバレンタイン面倒だな、しか思えないのに」
「先輩らしいです」
「節分終わったらすぐ…って感じが嫌なんだよな」
「あまり日ありませんもんね」
「そうそう。だからむしろ一気に来てくれたらいいのに……って、あ」


そこまで言って、私は動きを止める。
――良いことを思いついてしまった。
これなら毎年今の時期になるとチョコを催促してくる総司に先手を打ち、かつ一番悩むあいつへのチョコの問題も解決する。


「…千鶴。皆へのチョコは一緒に作ろう」
「先輩…?」
「総司にはこれでいい」


そう私はにやりと笑いながら、とあるものを手に取ってレジに出す。
自分で言うのもなんだが、私天才かもしれない。



〜・〜・〜




「おいこら新八、酒臭いからあっち行け!」
「あんだよ左之痛ぇじゃねえか!!」
「…俺は左之ではない」
「ギャハハ!新八っつあん酔っぱらってやんのー!!」
「てめえらうるせえぞ!!」
「まあまあトシ、今日は良いではないか」
「おや、山南さん。もういいのかい?」
「少し休憩ですよ。源さんは大丈夫ですか?」


私と千鶴が帰ってすぐに始まったパーティーは、まあいつものごとくただの宴会となった。
私たちが買ってきた豆も、無事にその役割を果たした。
土方さんの体のあちこちに赤い何かが当たったような跡があるのは、気のせいだ。
やいやいと騒ぐ皆を一歩引いたところから眺める私の手には、こっそり拝借してきた熱燗。
土方さんあたりにバレたらうるさいけど、この分だと大丈夫だろう。
そして横には。


「熱燗いいなー」
「あげないからな」
「ケチー」


同じように無断拝借のチューハイを飲む総司が。


「今日は泊まりかなー」
「あれ、そのつもりじゃなかったんだ?」
「まさか。言ってみただけ」


のほほんと酒を飲みながら世間話をする時間は、高校生である私達には貴重すぎる時間である。
少し離れたところで話している私たちには、目の前の喧騒は確かに届いているのにどこか遠い。


「…あ、総司」
「なあに?」


そうだそうだ思い出したと、私はごそごそとポケットを漁る。

「ちょっと立ってそっちに立って」
「なんで」
「いいから」


訝しむ総司を促し、5歩ぐらい離れた距離を開け私たちは向かい合う。


「総司口あけてー」
「はあ?」


眉間に皺を寄せる総司だったが、私の顔を見て観念したのだろう、素直に口を開ける。
そんな彼に礼を告げ、私はポケットの中のものを――総司に投げつけた。


「!?ちょ、真尋、」
「鬼は〜外、福は〜内」
「痛いんだ、けど、っ、…っん」


突然の私の行動に抗議する総司だが、投げたものが口に入ったらしく動きを止める。
そんな彼に、私は笑みを深めながら近づいた。


「何、これ…ちょこ…?」
「正解〜。フライングだけどバレンタインおめでとう」


ふふん、と鼻を鳴らしながら総司を見上げ笑う私に、総司は目を見開く。


「…何、僕に豆じゃなくてチョコボール投げつけて節分とバレンタインを一緒に終わらそうってこと?」
「最初は麦チョコにしようと思ったんだけど奮発してみました」
「そういう問題じゃないよ。てか痛かったんだけど」
「鬼の気持ちも分かったじゃない」
「…真尋?」
「なんだよ、何が不服だ」


むっとした私に総司ははあ…とため息を吐く。


「あのね、まず真尋が僕が言う前にバレンタインを意識してくれてたのは嬉しく思う」
「お、おう」
「それでもこれはひどいと思う」
「なにゆえ!」
「どこの世界に彼氏に豆代わりにチョコぶつけてバレンタイン済まそうとする彼女がいると思う?」
「目の前に」
「僕は認めないよ」
「痛い!」


総司が私の頭を思いきり叩き、ペシッと良い音が鳴る。
どんだけ気に食わなかったんだこの野郎!


「どうせ面倒とか思ってんでしょ」
「面倒に決まってるだろ!どんだけチョコ用意しないといけないと思ってんだ!」
「僕と近藤さんの分だけでいいじゃない」
「ホワイトデー欲しいに決まってんだろ!!!!」
「…はあ」


もういい…呆れたように首を振る総司に、さっきのお返しだと拳を当てる。


「ホワイトデー期待してる」
「…………」
「聞いてんのかー!」


反応しない総司の胸を、私は容赦なく叩く。
しかし5、6発目が当たるその瞬間。


「認めないって言ってるでしょ」
「っ!?」


私の拳を手のひらで受けとめ、そのまま総司は私をぐっと引き寄せた。


「は、なせ…」
「嫌だよ。僕地味に怒ってるんだから。痛かった」
「心狭すぎだろ!!」
「うるさい」
「いっ、」


鼻先が触れ合いそうな距離を、総司はさらに詰めて今度は私の顔を自身の胸に押し付ける。
鼻が痛い。
そうしてから私の耳に唇を寄せる。


「ねえ」
「〜〜〜〜っ」


――私が耳弱いことを知ってての行動に、腹も鳥肌も立つ。
耳元で総司の低く嫌に甘ったるい声が響く。


「まだたっぷり時間はあるじゃない」
「何のはな、しだ…!離せ!!」


そう何とか拘束から逃れようとするが、そこは適うはずもなくビクともしない。
まずい。これは非常にまずい。
焦る私を知ってか知らずか、総司は更に笑みを深くし――


「バレンタイン、楽しみにしてるよ」


――毎年変わらない言葉を甘噛み付きで口にした。









back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -