実は町に出たことがない。
そんな事を真顔で言うから、僕は焦ってしまった。
「うわー…人がいっぱい」
真尋くんは行き交う人々に、ただ感嘆の声を漏らした。
僕たちは今、近藤さんに頼まれて町にお使いに来ている。
そしてお使いがてら、この辺りのことを知らない真尋を案内してきなさい、と。
僕が誘うと真尋くんは、本当に嬉しそうに頷いたから、僕も笑顔になった。
そうして歩きながら「君がいた町はどんな所だった?」と聞いたら、先程の言葉が返ってきた。
どうやら少し人里離れた所に住んでいて、家の敷地からは出なかったため、町を知らないのだという。
その暮らし方には何か理由があるのかな、とは思ったけど真尋くんの顔を見てたらどうでもよくなった。
「あれが八百屋で、こっちが魚屋。隣は呉服屋であれは醤油屋……」
僕が何かを説明する度に、目を輝かせる真尋くん。
彼には今、この馴染みの町がどれだけ輝いて見えているのだろう。
「んでここが今日の目的地。漬物屋さんだね」
「沢庵ですよね?」
「そうだよ」
僕らは店に入る。
中に入ると、真尋くんは物珍しげにあたりをキョロキョロと見ていた。
奥からおばさんが出てくる。
「あれまあ、惣次郎じゃないの!」
「こんにちは、おばさん。いつものもらえますか?」
「少し待ってなさい」
そう言っておばさんは、漬け込まれた沢庵を用意してくれる。
いつの間にか隣に、戻ってきた真尋くんがいた。
「あれっていつも食べてる沢庵ですよね?」
「そうだよ」
「美味しいですよね〜」
そう笑う真尋くんに気付いたおばさんが、嬉しそうに声をかけてきた。
「あらぁ見かけない子だと思ってたら、惣次郎のお友達かい?」
「うちの新しい内弟子です」
「高崎真尋です」
真尋くんがお辞儀する。
「あら、丁寧な子ねぇ!」
そんな真尋くんの態度が気に入ったのか、おばさんはちょっと待ってなさい、と奥へと消える。
本当にちょっとで戻ってきたおばさんの手には、沢庵と小さな包み。
僕からお金を受け取ると、おばさんはにっこり笑いながらその二つを渡してくれた。
「これは二人で食べなさい」
「え…でも…」
「いいんだよ。また二人で来ておくれ」
「…ありがとうございます」
僕はお礼を言い、真尋くんと店を出る。
真尋くんは何がなんだか分からない様な顔をして、会釈をしてから慌てて僕を追い掛けてきた。
「沖田くん、何貰ったんですか?」
「ん〜まだ内緒」
えー、と少し拗ねたような顔をする真尋くんに、僕は笑いながら聞いてみる。
「知りたい?」
「知りたい!!」
そんな答えに僕は「じゃあ少し走ろうか」と、真尋くんの手を取り走りだした。
「えぇ!?ちょっと、」
すごく驚いたような声を出す真尋くんに気付かないフリをして走る。
それでもすぐに返ってきた右手の力に、僕の頬は緩む。
僕らは手をつなぎながら走った。
〜・〜・〜
「うっわあ…!!」
僕らが走ってたどり着いたのは、道場への帰り道の途中の小高い丘。
目の前には――空を紅く染めながら沈みゆく太陽。
その見事なまでの景色に、走ったかいがあったものだと思う。
「ここはね、僕のお気に入りの場所なんだ」
「景色良いですもんね〜」
真尋くんはすっかり目の前の夕陽に見入ってるようで、その顔には笑みをたたえていた。
僕らは並んで座り込む。
そういえば、と思い出したかのように、僕は先程おばさんに貰った包みを出す。
「それ、何なんですか?」
「これはね……」
そっと包みを開く。
そこには色とりどりの―――
「金平糖!!!!」
めったに食べることが出来ない金平糖を見て、真尋くんはとても嬉しそうだ。
……勿論僕もだけれど。
僕らは並びながら、金平糖を口に入れる。
ほんのり甘い優しい味が広がる。
「沖田くん」
不意に真尋くんが口を開く。
彼は多分今日僕が見た一番の笑顔だ。
「今日はありがとうございました。…こんな良い所まで教えて頂いて」
お気に入りなんでしょう?
そうはにかみながら笑う真尋くんに、僕は何故だか嬉しくなってしまい、気が付けば。
「君だから教えたんだよ」
つい本音を言ってしまっていた。
これは真尋くんの壁がなくなる少し前の話。