絶対認めない



「ねえ、こんな話知ってる?」

それは、とある日の放課後のことだった。
珍しく部活オフの今日、私はいつものメンバーではなく千鶴とお千の三人だけで駅前に出来た新しいカフェでお茶をするという、絵に描いたような女子高生ライフを満喫している。
千鶴が私の高校に入学したのをきっかけに、こうして定期的に三人で遊ぶようになった私達。
よくもまあそんなに喋れるものだと女の子らしくコロコロと話題が変わるお千と千鶴の話に相槌を打ちつつ時折参加する――というのが私達のスタイル。
私自身決して無口な方ではないけれど、この面子になると自然に聞き役に回る方が多い。
友達であり後輩であり妹のような二人が楽しそうに話している姿を見るのが楽しいのだ。
今日も同じように二人の話に耳を傾けていると、お千がそういえば、と話を切り出した。

「どんな話?」
「んとね〜…まずやってみた方が早いかな」

首を傾げる千鶴に、お千はにっこりと笑う。

「ねえ、千鶴ちゃん!千鶴ちゃんにとって理想の人ってどんな人?五つあげてみてよ」
「理想の人…?」

なるほど心理テストみたいなもんか。
まったくお千も好きだなあこういうの。
そんなことを思いながら私はにこにこと笑う彼女と共に、千鶴の答えを待つ。
口をつけた手元のカフェラテは、中々に美味だ。

「理想…」
「そんな難しく考えなくて大丈夫よ!パッと出てきたのでいいから」
「うーんと…」

千鶴は眉間に皺を寄せて考えている。
こんなの、適当に軽い気持ちで考えればいいのにね。
やがて千鶴は、ゆっくりと指を折りながら答え始めた。

「他人を気遣える、一緒にいて楽しい、ご飯を美味しそうに食べる、目標がある、薫とも上手くやっていける、かな」

…千鶴らしい、至極真っ当な答えだと思った。
だがしかし…私とお千は、堪え切れず腹を抱えて笑った。
だってこんなの笑うしかないだろ。
薫とも上手くやっていける――なんて!

「最後に全て持っていかれてお腹痛い」
「同感だわ」
「だ、だってほんとにそう思って…!」

未だ肩を震わせる私達に、千鶴は焦ったように付け足す。

「まー確かに千鶴にとっては切実な問題か」

脳裏に浮かぶあの筋金入りのシスコンのことを考えると、千鶴にとってはもしかすると最重要問題なのかもしれない。
あいつと上手くやっていける男なんて、本気で千鶴を好きで薫の数々の精神攻撃にも耐えうる器が必要になる。
どこにでもいるわけじゃない。
けれどまあ…。

「でも千鶴、良い子すぎない?もっとこうなんて言うか俗物的な理想ないの?」
「俗物的!」

私の言葉に、再びケラケラと笑うお千。
私は思ったままに続ける。

「イケメン、とか金持ち、とか。あとは頭良いとかスポーツやってる〜とか身長は何センチ以上〜とか色々あるでしょ」
「そ、そういうの全く思いつかなかったです…」

あらまあ。
普通はパッと思いつきそうな単語なのに、この子は一つも思いつかなかったのか。
全く心配になるくらいの良い子ちゃんぶりに、薫じゃないけど少し頭を抱えたくなる。
もちろん、こういうところが千鶴の良いところなのだけど。

「じゃあさ、もう一つあげるなら?」
「もう一つ…?」

お千が妙に真面目なトーンで問う。
なんだ、まだいるのか。
千鶴は再度考え込み…口を開いた。

「…自分を持ってる、かな。芯が通ってるっていうか」
「なるほどねえ」

やっぱり千鶴らしい答えに、思わず頬が緩む。
さてさて、この子に思いを寄せてるあいつはお眼鏡に適うのかね。

「真尋ちゃんは?」
「私?」

そんなことを考えていると、不意にお千がこちらを向いた。
まさか私にまで話が飛んでくるとは思わず、私は目を瞬かせる。

「理想、ねえ…」

あまり考えたことないな、と呟いて、私は思考をめぐらせる。
理想理想理想…それはやっぱり…。

「一緒にいて楽、私よりデカい、頭の回転が早い、近藤さんのすごさを理解出来る、同い年か年上」
「…真尋ちゃんも十分真尋ちゃんらしいわ」
「え、そうかな」

どこか呆れた様なお千と苦笑いの千鶴。
超真面目に考えて答えたのに、その反応はちょっと心外。

「でも意外。年齢とか拘るイメージなかった!」
「ん〜別に拘ってはいないんだけど、ほら、あくまで理想だろ?」
「同い年はなんとなく分かるんですけど、年上はなんでですか?」
「金があるに越したことないだろ」
「「………」」

正直に理由を話したのになんで二人とも黙るかな。
お金は大事だぞお金は。
それに高校二年の年上なんて三年か大学生、はては社会人だ。
お金持ってないと色々あれだろ。

「えー…じゃあもう一つあげるなら?」

私にもされた「もう一つ」。
さっきの五つが考えに考え抜いたものなのに更に考えさせるなんて結構ひどいよね。
理想、なんて所詮理想なのに。
…まあ、あれ以外の理想なんてこれしかないだろう。

「…隣を歩ける、かな」
「隣を?」

小首を傾げる千鶴に、私は自分の頭にあるそれを言葉にする。

「同じ世界を見れる、とか対等、とかと同じような意味かな。…私は欲張りで負けず嫌いだから自分を百あげたら百貰わねーと気が済まない。同じ歩幅で歩きながら、時には背中を預け合う――そういう距離で付き合っていけたら理想だな」

私の答えに、お千は面白そうに笑みを深める。
そして。

「二人ともありがと。あのね、これ心理テストみたいなものなんだけど」

やっぱりそうかと頷いた私と薄々気づいていたらしい千鶴は、お千の続きを待つ。
――彼女の口から出た結果は、至極単純なものだった。

「最後に聞いた「もう一つ」が、その人にとって一番大事なものなんだって」

考えて出した五つの上に更にひねり出した一つこそが最重要――なるほどそれはありきたりな結果だが理には適ったものになっている。
そうある意味冷めた見方をした私とは対照的に、千鶴ちゃんは楽しそうな声を上げた。

「へー…面白いねお千ちゃん!」
「千鶴ちゃんの好きな人は当てはまった?」
「ちょ、お千ちゃん…!私好きな人なんて、」
「千鶴の好きな人詮索するよりあいつらふるいにかけた方が面白いと思うぞ」
「あはは確かに!」

てか誰も残らなかったりして、とゲラゲラ笑う私とお千に、千鶴ちゃんは拗ねたように頬を膨らませる。
まあなんだかんだ言ってうちの男共はやるときはやる奴ばかりだから、うまくいけばいい。
そんな柄にもないことを、ぼんやり考えていると、笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭うお千がこちらを向いた。

「でも聞いてて思ったんだけどさ」
「ん?」

首を傾げる私に、お千はにんまりと笑みを深める。
あ、これあまりよろしくない時の笑顔だ――と悟るも遅く。

「真尋ちゃんのあげた理想と、何より一番最後のそれって」

お千は盛大に爆弾を落とした。

「――まんま沖田さんだよね」


〜・〜・〜

「どうしたの真尋、今日ずっと難しい顔してるけど」
「んー……」

その日の夜、総司の家で夕食をお世話になった私はそのまま総司の部屋でくつろいでいた。
幼馴染故の気楽さである。
因みに沖田家にはまだ私達が恋人同士なのは言ってなかったり。
総司の部屋でマンガを考え事をしながらペラペラとめくっていると、目敏い総司が顔を覗き込んできた。

「何、悩み事?」
「悩み事っていうか…」

私の脳内を占めるものはただ一つ。
今日のお千達とやった心理テスト――そして、最後の彼女の言葉だ。
総司のことなんて全く何も考えていなかったのに、まさかあんなことを言われるなんて。
まんま総司、だなんて。
理想なんて考える間もなく総司とは恋人という関係に至ったのに。

「…なあ、総司にとっての理想の人ってどんな人?五つあげて」

素直に理由を言えるはずがなく、私は気になったままに総司に問いかける。

「は?何それ心理テスト?」
「まあそんなとこ」
「珍しいね真尋がそんなの自分から言い出すの」
「いいから」
「理想ねえ…」

突然の私の柄にもない質問に総司は思いっきり眉を寄せながら、考え出す。
しかしその答えは思ったよりもずっと早く返ってきた。

「適度なツンデレ、美脚、賢い、ドライ、近藤さんのすごさ理解出来る」
「ねえ待って」

――思わず頭を抱える。
こいつ、今なんて言ったよ。

「なあに」
「思ったより具体的かつ世俗的なんだけど」
「何世俗的って。理想言えって言ったの真尋だよ」
「いやそうだけど!」

なんだろう。
見たものに捉われず常に相手の内側を見ようとする千鶴の清廉潔白な答えの後だからかな。
すっっっごく嫌なんだけど。今の五つ!

「何だよ適度なツンデレって!」
「え、僕こんな性格だからちょっかいの出し甲斐がある子がいいし対抗しようとする負けん気がある方がこっちも燃えるよね。でもってそういう子程甘えてくる時可愛いからって理由だけど」
「おま、なに言って、」
「え、真尋ツンデレの意味知らないの?」
「知ってるけど!でもお前がツンデレ萌えの人間だとは知らなかった!」
「女の子がちょっと口尖らせながら「これ実習で作ったんで食べて下さい、べ、別に先輩のために作ったわけじゃないですからね!」とか言ってくるの想像して」
「くっっっそ程ベタだなおい!可愛いけど!!つい意地悪したくなるくらい可愛いけどテンプレすぎて今いねーよこんな王道!」

あまりに雑な総司の例えに意図せずとも声が大きくなる。
こんな子が実際にいるならお目にかかりたいものである。
っていうかですね。

「…お前美脚だけだっけこだわり」
「一番はね。もっと言えば真尋の想像通り美脚美尻」
「やっぱり。そういう人の腰から下半身にかけてのライン最高だよな」
「でしょでしょ」

うんうんと頷き合う私達。
何年平助達と一緒に話してきた話題か。
因みに私は美脚美尻に美乳が揃えば理想体型。崇めるレベル。
新八や平助はベタに巨乳派なんだよね。
左之さんはどちらかというと私達よりかな。
一くんは彼のプライバシーのために黙秘権を行使します。

「はー…あとの条件は分かるんだけどお前がツンデレ好きとは…まだ総司に関して知らないことがあるんだなあ…」
「真尋もツンデレ好きでしょ」
「そう言われたら好きだわ…ちょっかいかけたくなるわ……」

新たな発見に肩を落とすと、総司がどこからか取り出したポッキーの袋を開け始める。
おいさっき夕飯食べたばかりだぞ…。

「で、これがなんなの?」
「いやまだ。…五つあげてもらったけど、もう一つあげるなら?」
「もう一つ?」

私は多少の緊張を覚えながら、この話題のメインを口にする。
既に疲れてきているが、ここからが本番だ。

「…なんでもいいんだよね」
「おういいぞ。…言いにくい系?」
「いや、そうじゃなくて条件っていうか――」

珍しく言葉を濁らせた総司は、どこか照れたように頬を緩めながら口を開いた。

「真尋、かな」

――予想だにしない単語に、我に返るまでたっぷり十秒はあったと思う。
聞き間違いでなければ、今、私の名前が聞こえた気がする。

「……は?」
「だからぁ、さっき挙げた五つも何もかも全部ひっくるめて、真尋が僕の理想。大体、さっきの五つだって真尋のこと思い浮かべて言ったんだけど」

気付いてくれなかった?
そうにっこり笑いながらゆっくり顔を近づけてくる総司。
目を見開く私は総司の意図に気付きながらも目を閉じることはしなかった。
唇に感じる少しかさついた感触。
しっかり感じることが出来るポッキーの味のなんて甘いことか。
私の脳内にお千の声が響く。

『最後に聞いた「もう一つ」が、その人にとって一番大事なものなんだって』
『真尋ちゃんのあげた理想と、何より一番最後のそれって――まんま沖田さんだよね』

「…ちょっと、目くらい閉じてよ」

拗ねた様な総司の声が聞こえる。
けれど今それに構っている余裕はない。
だってこんなの。
まるで。
総司は私で。私は総司。
そう言ってるのと同じようなものじゃないか。

「…ねえ何照れてるのさ」

急に熱を帯びてきた顔を自覚した途端、総司の意地悪そうな声が聞こえてくる。

「て、照れてねえし!お前が馬鹿みたいな答え寄越すから、」
「だって何でもいいって言ったじゃん。だから僕は正直に答えたんだけど〜」

だからそれが問題なんだって!

「ねえ、心理テストなんでしょ?結果は?」

楽しげに首を傾げてくる総司。
その目に宿っている色に、私は思いっきりそっぽを向いた。

「忘れた!」
「はあ!?真尋から聞いてきて!?」
「そう忘れた!だからこの話はなし!これで終わり!」
「ちょっと、納得出来ない!」

絶対教えてやるものかと、私は総司に背を向けて今度こそ本気で手元にあった漫画に目を通す。
そんな私に「ねえ真尋、ねえってば!」と総司が抗議の声と共にまとわりついてくるが断固無視だ。
例え耳元でぶーぶー言いながら腰に手を回し太腿だのなんだのを撫でながら服の中にもう片方の手を入れてこようともだ。
総司の手口は分かってる。
これはこいつの脅しと懐柔の常套手段だ。
しかしうざいものはうざい…!

「うるさい諦めろしつこい!あと私は別にツンデレじゃねえ!」
「待って色々反論したいことあるんだけどとりあえず真尋はツンデレ属性だから!」
「んな訳ねえだろ私がいつお前にデレた!!」
「今まさに!赤い顔してるあたり!」
「いっぺん埋まって来い馬鹿総司!!!」

おいお千!やっぱ今日の話はなかったことにしてくれ!
こいつが私の理想なんて認めねーからな!








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