重なる「心」



慶応三年十二月十日。
油小路での一件も何とか落ち着き、この新選組にも再び日常と呼べる日々が戻ってきた。
しかしそれも今だけのこと。
昨日発せられた王政復古の大号令。
徳川幕府の終焉を意味するそれの影響は、私達新選組も他人事ではない。
直に忙しくなる。
だから貴重な休みは十分に謳歌しなければ。
――そう、今のように。




私は今、自室の前の縁側に腰掛け、本を読んでいた。
ここ最近無かった休み。
先日の天満屋への出動に伴う一日だけの特別休暇だ。
因みに昨日は、一君たちが休みだった。
…まあ本当の意味での休みではなく、単に外に出る隊務が無いというだけで、実際は溜まっている机仕事を片付けるのに追われる訳だけども。
今はその休憩である。


「真尋、何読んでるの?」
「ん、総司?起きてて大丈夫なのか?」


足音共に聞こえた声に目を向ければ、隣の部屋にいるはずの総司がいた。


「今日はお昼の仕事の日だからね。さぼってる誰かさんを探しに来たんだよ」
「おいそれ、俺のことか」
「んーどうだろ」


何かを思いついた笑みを浮かべながら総司は私に近づき、そっと包むかのように私を足の間に入れて座った。
…だめだろ、これは。


「馬鹿、こんなの誰かに見られたら、」
「大丈夫だよ。こんな昼間に幹部の部屋に来るのなんて限られてるから」


――そういう問題か?
多分違うと思う。
思うけど…包まれた匂いと体温に心地よさを覚えてるのも事実で。
まあ今更何言われても動じはしないからいいかと、そのまま身体を預けた。


「で、何読んでるの?」
「百人一首」
「へえ、珍しいじゃない」
「久々にねー」


でも真尋って昔から時々読んでるよね。
そう言いながら、総司は後ろから本を覗き込む。


「山南さんに教えて貰ってたりしてたしな」
「僕も付き合って一緒に教えてもらったよね」
「だなー。懐かしい」


試衛館時代の思い出が甦り、懐古の情が募る。
割と読書は好きな方なので、よく山南さんに色々な本を貸してもらったものだ。
その中でも、和歌の本は面白いものが多かった。


「真尋、和歌の本好きだよね。土方さんみたいに詠みはしないけど」
「いや、あれ俳句だから」
「まあいいじゃない。でも定期的に読んでるでしょ」
「まあね」


和歌は面白いと思う。
詠む詠まないではなく、純粋に読者としてそう思う。
様々な情景、想い、決意。
そんなものがたった三十一文字の中にいきいきと描かれている。
どんな暮らしをしていたかもろくに知らない遠い昔のことなのに、和歌にこめられたものだけは、確かに残っている。
それが不思議で、私は好きだ。
更に面白いと思うのは、その和歌に触れた年齢、状況によって感じられるものが違うこと。
昔読んだ和歌も、今読めばまた違うものが見えてくる。
だから私は、ふと思い立ったときに和歌集などを手に取る。


「まめだよね、真尋って。僕なんて君に付き合わない限り、和歌に触れるのなんて正月の歌かるたぐらいだよ」
「あはは、なんだかんだで絶対やるもんな」


これもまた試衛館時代から続く習慣で、飲み代だのなんだのを賭けながらかるたに勤しむ正月は、いつもぎゃーぎゃーとうるさかった。


「でも、さすがに次の正月は出来そうにないなあ…」
「そうだね…」


このご時世、新選組に身を置く私たちに平穏な正月は訪れないことぐらい分かっている。
きっとあんな時間はもう来ない。


「…で、何か新しい発見はあった?」
「んーまあまあかな。なんか…昔分からなかった感情ががなんとなく分かるようになった気がする」
「なにそれ。年取ったってこと?」
「刺すぞ」


それは勘弁、と後ろで楽しそうに笑う総司にため息を吐いてから、私も笑う。


「なんか久々だな。こうやって過ごすの」
「だね。ここのところ色々あったし…お互い忙しかったしね」


口にはしない【色々】に、沈黙が落ちる。
それが何となく嫌で、私は本を閉じて身体を横に向ける。
一瞬目を見開いた総司は、すぐに優しく目を細めながら私がもたれやすいように腕の位置を変えてくれた。


「…今年の正月にみんなでかるたしたじゃない」
「うん」


過去を懐かしむ総司の瞳を見ながら、その言葉に耳を傾ける。


「あの時は真尋と恋仲になって少しのときで、本当に満たされてた。あ、勿論今もそうだよ?病気のこともあったけど…真尋さえ隣にいれば大丈夫だって」
「………」
「幸せすぎて、怖いくらいだった。こういう感情は未知のものだったし」
「…うん」
「幸せだなって思う度に、考えてたんだ。いつの間にこんなに想うようになったんだろうなって」


まあ好きだって気づいた時期は自覚してるんだけど。
そう爽やかに笑う総司に、何だか気恥ずかしくなって視線を落とす。


「でね、いつもは真尋に付き合って触れてた和歌だったから、あんまり内容とか深く理解しようとしたことは無かったんだけど。…正月のかるたで、驚いちゃうくらい共感できるのがあってさ」
「総司が?」
「うん」


百人一首に総司がここまで言うくらいの歌があっただろうか。
そう思って首を傾げれば、総司は穏やかに微笑みながら私を真っ直ぐ見て囁く。


「筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて ふちとなりぬる」


紡がれた【歌】に、心が震えた。




――あるかないかの想いでさえも 積もり積もって 今はもう 君のことがとても愛しい




「今までずっと僕らは近藤さんとお互いだけを見てきたでしょ?真尋が女の子って知ったのは京に来てからだけど…もしかしたらその頃から僕は君が好きだったのかもしれない。気づかなかっただけで」
「総司……」
「そんなことを考えてたからさ。もうなんか他人事に思えなくって」


だから僕、あの後皆に内緒でって山南さんに百人一首借りに行ったんだよ。
そう朗らかに笑う総司に愛しさがこみ上げてきて、私は赤くなる顔をごまかすように総司の肩に頭をすり寄せた。


「わわ、ちょっと照れないでよ」
「…うるさい」
「迫力無いよ」


しょうがないなあと私の頭に頬を寄せる総司にむっとしながら、私は胸に溢れるこの感情をかみ締めて、口を開く。


「…今日こうやって改めて和歌に触れて、理解できるようになった歌がある」
「うん」
「総司の病気が悪化して、顔も会わす機会が減って…まあ他にも色々あって。寂しくて心細くて、泣きたくなるような時もあった」
「……うん」


口には出せないけど…自分の発病もあって不安に押しつぶされそうになったこともあった。
改めて、総司の存在の大きさを実感した。



「…あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ――君がいないと 夜の長さが全然違う ひとりの夜は とてつもなく長いんだ」
「真尋…」
「あの頃感じてた思いと、全く同じだった」


和歌ってすごいよな。詠んだときの状況は全く違うはずなのに、こんなにも共感できるんだから。
そう苦笑いで告げると、総司もまた同じような顔で頷いた。


「でもさ。僕、さっき言ったものよりももっともっーと共感してるのがある」
「奇遇だな。俺もだ」


私達は顔を見合わせる。
そうしてどちらともなく出た言葉は…


「「君がため」」


――重なった言葉に、同時に吹き出した。


「なんだよ、なんとなく分かってたけどやっぱ一緒かよ!!」
「さすが僕達、って感じだね」
「自分で言うなっての!」


あはは、と腹を抱えて笑う私達。
本当にいつぶりだろうか、こんな風に声を上げて笑ったのは。
やっぱり私達は――どこまでも私達だ。


「ねえ、真尋」
「ん?」
「僕達――」



出逢えて本当に良かった。




告げられた言葉に、大きく頷いた。






君がため をしからざりし 命さえ ながくもがなと 思ひけるかな



――いつ死んでもいいと思ってた 君に会うまでは


君に会えた今 いつまでも君といられたらと 僕は願っている――









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