「真尋……寝ちゃった?」
規則正しく聞こえる寝息に、僕は愛しさを噛み締めていた。
――真尋と心を通わせたのは、ついさっきのことだった。
島原での捕り物で、芸者として潜入していた真尋。
無事に任務を終えた僕達は、お疲れ様会と称して部屋を借り、そこで僕は真尋に自分の気持ちを伝えた。
…本当は伝える気なんてこれっぽちもなかったんだ。
僕は労咳。
絶対に治ることはない、死病。
そんなものを抱えている僕に、未来なんてないから。
この気持ちを伝えたところで真尋の重荷になるだけだから。
だから何があっても伝えない。
そう、決めていたのに。
真尋の芸者姿を見て。
あの格好で座敷に上がってるんだな…なんてことを考えたら。
――無理だなって分かった。
他の男に笑顔なんて向けて欲しくなくて。
僕だけを見ていて欲しくて…僕のものにしたくて。
いずれは真尋の重荷にしかならないと分かっていても、真尋なら許してくれるだろう。
そう疑いなく思えるから、僕は自分の気持ちに抗うことをやめた。
その結果が――今、この胸を満たす経験したことのない幸福感だ。
『大丈夫?怖い?これ以上進んだらもうやめてあげられないけど…』
僕を受け入れてくれた真尋だけど、彼女は今までずっと男として生きてきたのだ。
そんな真尋にとって、今の状況は未知の領域だろうし、不安でないはずがない。
そんな思いをさせてまで、僕はこれを続けたくはない。
そう思って問いかけると、真尋は乱れた呼吸を整えながらゆるゆると手を伸ばしてくる。
その手を捕まえぎゅっと握ると、真尋は安心したように笑って言う。
『お前になら…総司になら、何されたっていいよ』
――その言葉に、ああもう適わない。
そう、心から思った。
そんな会話があって臨んだコトだったけど…やっぱり真尋には負担になったみたいだった。
『っ、…大、丈夫?』
呼吸を正しながら、目尻に溜まった涙を拭ってやる。
『…終わった、の?』
『うん、終わったよ。お疲れ様』
真尋の問いに微笑みながら答えると、真尋はホッとしたように息を吐き出した。
『疲れた……』
――色気も惚気も何もない率直な感想に、思わず苦笑い。
けれどこれでこそ真尋だと言い切れるから、僕は『まだ暗いから寝ていいよ』と彼女の額に口付ける。
真尋はくすぐったそうに目を細め、『総司』と僕の名前を呼んだ。
『どうしたの?』
『ん、』
ゆっくりと真尋の腕が僕の首に回る。
低めの掠れた…けれど僕しか知らない甘い声が耳元から聞こえた。
『大好きだよ』
『!!!』
――反則すぎる。
自分のたった一言でこんなにも僕をかき乱すことを、真尋は絶対知らないだろう。
体力の限界が来たらしい真尋は、言った事に満足してこてんと僕に身体を預けて眠ってしまった。
「真尋……寝ちゃった?」
〜・〜・〜
「言い逃げなんて、ほんと良い度胸だよね」
眠った真尋を起こさないように寝る体勢を整えてから、僕は真尋の頭の下に自身の腕を差し入れ、彼女の寝顔を眺める。
幸せそうな寝顔に、どうしようもなく頬が緩む。
さっきの不意打ちのお返し、と真尋の頬を軽くつっつくが、軽く眉を寄せるだけで起きる気配は無い。
そんな彼女に苦笑いを向けながら、僕は呟いた。
「…ありがとう」
僕を受け入れてくれて。
好きだと言ってくれて。
――隣に居続けてくれて。
「もどかしいよね」
このはち切れそうまでに膨らんでいる想いを。
こんなにも愛しく思うこの心を――全て伝える術なんてなくて。
言葉になんかならなくて。
それでも伝えるしかないのだろう。
だって、僕が伝えたいから。
「ん…そ、うじ……」
「真尋…?」
腕の中から聞こえた真尋の声に、「起きたの?」と僕は彼女の名前を呼ぶ。
しかし真尋は僕にすり寄り頭の位置を微妙に変えただけで、また規則正しい鼓動を繰り返す。
…どうやら寝言だったらしい。
「…無意識って怖いなあ」
寝言で自分の名前を呼ばれ、無意識にすり寄られて何とも思わない男がどこにいるんだろうか。
――真尋が寝てて良かった。
こんな真っ赤な顔、見られたら一月はからかわれそうだ。
「僕はいつまで隣にいれるかな」
こんなことを言ったら、何言ってやがると殴られそうだけど、思わずにはいられない。
――自分がこんな感情を知るとは思わなかった。
自分が誰かを好きになって、その人からも好かれて、心を重ねることがどれだけ幸せかなんて。
こんな想いを…真尋も抱いてくれてるかな。
そんなことまで、思ってしまう。
けれど…僕には先がないから。
「好きだよ、真尋。…愛してる」
この溢れるばかりの想いを、伝え続けよう。
たくさんの愛で満たしてくれる君に、僕の愛を。
いつか離れる時が来ても――僕で満たされた真尋に笑っていて欲しいから。