新選組幹部という名の女性



「じゃあゆっくりするんだよ」
「ありがとうございます、源さん!」


そう源さんに告げて私は千鶴ちゃんと一緒に脱衣所に入る。
……先程長年の秘密を暴露し、そのまま千鶴ちゃんとお風呂に入る事になった。
実は千鶴ちゃんがここに来てから羨ましかったことが一つだけあった。
それは――お風呂。
これだけはどう頑張ってもバレるので、こっちに来てからゆっくりとお風呂に入った事がない。
真夜中に入ったり、総司に事情を知られてからは、たまに見張りを頼んで入っていたり。
夜番や討ち入りの日何て特に最悪だった。
帰還直後は動ける隊士が押し掛けるので、例え自分が男でも入りたくない。
よって彼らが出た後なんてのは、さながら戦の後。
最終的には部屋で水の入った桶を用意し、体を拭っておしまい。
男装しながらでは身を清めるのでさえ一苦労だった。
しかし千鶴ちゃんは違う。
表向き土方さんの小姓である彼女は、隊士達と入浴の時間が分けられていた。
と言ってもそんなに長くは無いのだけれど。
勿論幹部が見張ってたしね。
なので同性だと知られた今、毎回は無理だが月に三回ぐらいはこの千鶴ちゃん特典に便乗出来ると考えた私は、早速お世話になることにした。
因みに見張りは源さんである。


「んじゃ千鶴ちゃん、入っちゃおっか」
「は、はい!」


そう背筋を伸ばしながら返事をする千鶴ちゃん。
……緊張してるみたいだ。


「千鶴ちゃん、そんなに緊張しないでよ。俺ちゃんと女の子だし?」
「わ、分かってますよ!」


そう私がふざけた様に言うと、必死に首を振りながら否定する。


(まあ今まで男と思ってた奴が女なんていきなり言われても、複雑だよな)


そう思いながら千鶴ちゃんの様子に苦笑いし、私は着物に脱ぎ始める。
すると千鶴ちゃんもおずおずと私に続いた。


「……………」
「……………」


順調に脱いでいく私達だったが、お互いある所で手が止まる。


「ち、千鶴ちゃん細っ…!!」
「高崎さん体綺麗すぎです…」


そう呟いたのは同時だった。
後はサラシを取るだけ――そんな時に思わず出た言葉は心からのもの。
細いとは思ってたけど、細すぎる……!
…しかし、千鶴ちゃんは発言はよく分からない。
体綺麗って初めて言われたよ。


「「…………」」


お互いの言葉に動きを止め、顔を見合わせる。
それからすぐに私達は……


「……ぷっ」
「あは、あはは!」


吹き出して、笑ってしまった。


「何か楽しいね、こういうの」
「はい!」


私は総司達といる時とはまた別の楽しさを感じていた。
そうして私達は胸がでかいだの肌が綺麗だの、何か昔ミツさんとしたなぁと思わず懐かしくなる会話をしながら、浴場へと入る。


「ずっとサラシまいててそうなんですよね……」
「まあよく言われるけど…千鶴ちゃんは………これから…だよ」
「そ、そんなあからさまに気を遣わないで下さい…」


明らかにしょげた千鶴ちゃんが面白くて、声をあげて笑う。
胸なんていくらでもあげるのにね。




〜・〜・〜




高崎さんが女性だった――その事実は私の中の女性像を覆すには、十分すぎるものだった。
高崎さんといえば、剣豪揃いの新選組幹部の中でも、間違いなく頭一つ出ていると思う。
何度か隊士の方達に稽古をつけている所を見た事があるけれど、並み居る隊士達をいとも簡単に戦闘不能にしていく姿は、天才剣士そのものだった。
…斎藤さんの「あれでは稽古にならん」の言葉には、納得してしまったけど。


そして高崎さんは、色んな意味で「少年」の様な人だと思っていた。
いつも飄々としていて人をからかうのが大好きで、子供たち、勿論女の人からも人気で。
近藤さんを心から慕っていて、原田さんや平助君の様な真っ直ぐな優しさではなく、普通だったら気が付かないような――さりげない優しさを持っている人。
でも……私の頭を優しく撫でる時と同じ笑顔で、人を斬れる人。
その無邪気とも言える笑顔に、私が笑顔になったのと同じくらいに冷たさを感じていた。
まあそんな掴み所の無い彼…いや、彼女?の言動に思わず赤面してしまうときもあった訳で。
私の中では少年の様だと言いながらも、立派な「男の人」だったのに。
こんなかっこいい女性がいていいのかと、切実に思ってしまった。


そして私は、そんな人をもう一人知っている。
……言わずもがな、沖田さんだ。
兄弟の様に育ってきたというお二人は、纏う雰囲気は全く同じで、互いを本当に理解し合っている。
私には兄弟がいないので、お二人に少し憧れているのはここだけの話だ。


「あ〜極楽極楽…」


しかし、こう見ていると本当に女の人なんだなぁと思う。
鍛え抜かれた筋肉は確かに剣豪と呼ぶに相応しい。
全体的に鋭い印象の高崎さん。
けれど着物を脱げば、女性特有の体全体の丸みが姿を現す。
新選組の幹部だなんて誰が信じるだろうか。


「…あのさ、千鶴ちゃん。さっきからずっと見られてる気がするんだけど、俺の顔に何か付いてる?」
「へ?あっす、すいません!付いてないです!そんなつもりじゃ無かったんです!」


自分の思考に捉われて、どうやらじっと見つめてしまっていたらしい。
失礼な事をしてしまったと、慌てて頭を下げる。


「へぇ。じゃあどうしたの?」


そんな私を見て高崎さんは、いつもの……少し意地悪な笑顔を浮かべながら、問い返してくる。


「そ、そんな大した理由じゃないんです!!ただ…」
「ただ?」
「ただ…本当に女の人なんだなって思ってただけで…」


そう私が正直に話せば、高崎さんは声をあげて笑う。


「体だけねー。中身はかけ離れてるよ。だから最近は千鶴ちゃん見て女の子について勉強させてもらってます」
「え?」
「女の子って可愛いよね。すっごく小さい歩幅でちょこちょこ歩くし。小間物屋の前を通ったら、必ず目だけは店を追い掛けるの」


高崎さんの口から出る言葉はどうやら私を観察して分かった事らしくて、何だか恥ずかしくなった。


「すいません…」
「謝らなくていいよ。そういうの可愛いと思う。だって俺だったら、まず大股だし、小間物屋より甘味屋の方に目が行くもん」


そうケラケラと笑う高崎さん。
確か高崎さんは金平糖やお団子が好きだったっけ。
でもどうして女の子について勉強しているんだろう。
何か理由でもあるのかな?


「何で俺がこういう事してるか気になる?」
「え!は、はい……」


私の思考を読んだかのような高崎さんの言葉に一瞬どきっとしたが、素直に認めた。
しかし、そうして返ってきた言葉は、耳を疑うものだった。





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