女版総司



江戸からの同志である真尋が実は女だった――そんな俄かに信じがたい事実が発覚した夜。
「同姓って分かったんだから別にお風呂一緒に入ってもいいよね!」と意気揚々と真尋と千鶴は共に風呂へと向かって行った。
その間他の幹部達……藤堂に原田、永倉・斎藤、沖田の五人は、とにかく色々話をしたくて土方の部屋に押し掛けていた。



〜・〜・〜



「とにかくすっげー驚いたけど、千鶴は嬉しそうにもしてたよな〜!」
「まぁ今まで紅一点だったからな。心細かっただろうよ」
「真尋も真尋で、結構気にしてたしな」
「あー何だかんだで真尋の奴、千鶴には何となく優しかったもんな」


真尋が女――それを知った瞬間の千鶴の動揺はかなりのものだったが、同時に嬉しそうでもあった。
そんな事を皆が思っていると、突如永倉が「だぁぁぁ!」と叫び出す。


「な、何だよ新八っつぁん!びっくりするじゃねぇか!!」
「俺は真尋の前で何てことをぉぉ!!」
「は?」
「ちょっと新八さん、話見えないよ」


意味が分からない永倉の言葉に皆が首を傾げる。
永倉は涙ながらに語りだす。


「だからよぉ、真尋は女なんだろ?てことは俺は今まで女の前で褌一丁で踊り、酒飲みながら女のどこが良いかを語り、あまつさえ春画まで見せちまってたってことだぜ!?」
「…………」


永倉の嘆きに静まり返る一同。
要するに、普通女性の前ではしない様なことを数多くしてきた事を後悔しているらしい。


「…それは仕方ねぇよ、新八っつぁん。今まで知らなかったんだし」
「そうだぜ、新八。しかもそれを言うなら俺達も同罪じゃねぇか」
「ていうか、真尋絶対気にしてないから」
「いや、気にしてないというより気にならないのではないか?男として育てられ、女としての自覚は無いと本人も言っていた」
「…むしろがっつり話に加わっていた気がする」


藤堂の言葉にうんうんと頷く一同。
今まで黙っていた土方が呟く。


「…ちったぁ女らしさを芽生えさせた方がいいのか……?」


確かに必要最低限の恥じらいと慎みは覚えさせた方が良いかもしれない。
そんな思いを抱いたのは、きっとここにいる全員だろう。


「にしても真尋が女ってな…。この先女に見える事あるかな、俺」
「僕としては見えない方が不思議なんだけど」
「総司は見えるのか!?」


ふと思ったことを藤堂が言えば、それに反応する沖田。
沖田は何でもないように言う。


「見えるのかって…僕は女の子って知ってからは女の子にしか見えないよ」
「マジかよ!!」
「さすがは総司…って言うべきか?」
「ってか総司はいつ知ったんだよ」


沖田の言葉に、思わず驚く面々は、更に疑問をぶつけた。


「池田屋の後かな。色々あってさ。僕に言うまでかなり悩んでたみたいだけど」
「…!あの時か」
「そうそう。一君は相談に乗ってたね」


悩んでいたという真尋について心当たりがあるらしい斎藤に、永倉が尋ねる。


「どういうことだ?」
「いや…池田屋以来真尋はやけに思い詰めた顔をしていたから、気になって悩みなら聞くぞ、と」
「…全然気付かなかった」


聞きながら少し悔しそうに呟く藤堂に、沖田は苦笑いで答える。


「真尋は一人で悩む子だからね。普通は気付かないよ」


確かにな、と心で相槌を打ちながら、原田は土方に問い掛けた。


「土方さん達はいつ知ったんだ?」
「……俺らは浪士組に参加を決めた時だ」
「もしかして、近藤さんと三人で話してた時か」
「あぁそうだ。こっちに来てこの事で迷惑がかかったら嫌だからってな」
「…あいつなら考えそうな事だな」


ここにいる沖田同様、近藤を敬愛してやまない真尋だからこその決断だったのだろう。


「で?」


原田は続きを促す。


「……口で言われた時は信じられなかったさ。俺も近藤さんも」
「うわ、土方さんでもかよ…」


ここにいる誰より女慣れしてそうな土方でも信じられなかったという事実に、言葉を失う藤堂。
永倉が更に質問するが……


「どうやって納得したんだ?」
「……………」


返ってきたのは、まさかの沈黙。
それに少なからず動揺しつつ、各々真尋がいたら怒鳴りそうな事を口にする。


「な、何だよその沈黙」
「泣いたか?」
「いや、真尋のことだから脅したんじゃね?」
「あのねぇ、平助。土方さんだけならそれもアリだけど、近藤さんがいたんだよ?真尋がそんな事する訳ないじゃない」
「あ、あぁ。それもそうだな」
「おい、総司。今のはどういう意味だ」
「そのまんまの意味ですよ。で?真尋はどうしたんです?」


脱線しかけた話を再び戻した沖田。
問われた土方は、少し言いにくそうにしてから、口を開いた。


「……脱いだ」


「「「「は?」」」」


土方の発言に動きを止める幹部達。
予想の遥か上を行く答えに、開いた口が塞がらない。
そんな彼らに、土方は舌打ち混じりで話を続ける。


「だから……脱いだんだよ、着物を。体に巻いてるサラシを見せるためにな」


誰もが二の句が継げない中、いち早く反応を示したのはやはり沖田だった。


「あは、あはははは!!どうしよう!すごい真尋らしい!!」
「お、おい総司。そんなに笑う所か?」


腹を抱えながら笑う沖田に思わず突っ込みを入れる藤堂だが、沖田の笑いは止まらない。


「脱いだとは……。他にも方法はあっただろう」
「確かに脱ぐのが一番手っ取り早いのは一理あるが…自らやるとはな。女としては些か……」
「本っっ気で自覚ねぇじゃねぇか!!」


呆れたような斎藤と原田に、頭を抱えながら言う永倉。
横で笑い転げている沖田は涙目だ。


「もう、さす…が真尋…お腹痛い…」
「笑いすぎだろ……」


だって面白いじゃない、と目尻に溜まった涙を拭いながら、沖田は少し意地悪く笑いながら言う。


「でもさ、性格とか抜きにしてさ、外見だけで見たら見えるでしょ?」


その言葉に少し考えてみると……


「……まあな」
「中性的な顔立ちだな」
「男と見たら女顔の優男。女と見たら鋭い感じのべっぴんって訳か」


確かに、女には見える。
原田の言うとおりだ。


「でしょ?それに一君以外の三人は歳子姿の真尋に会ったことあるでしょ。あの時、普通に真尋だって分からなかったじゃない…まあ左之さんは分かってたみたいだけど」
「…あ」
「確かに」


沖田の言葉でいつぞやの真尋を思い出す。
確かにあの時は真尋だと知らず、自分も永倉もかなりてんぱってしまった。


「……って左之さん分かったのかよ!」
「まあな。目が特徴的だからな」
「…な、何で気付かなかったんだ!」


がっくりと肩を落とす藤堂の横で、土方が眉を寄せ尋ねる。


「…総司、歳子ってなんだ」
「どっかの鬼副長さんがわざわざ非番の僕達に、大した成果もない潜入捜査をやらせた時の真尋の偽名ですよ」
「お、お前らな…!」


あんまりな沖田の言い草にわなわなと拳を震わせるが、それを遮るように原田達は話を続ける。


「あの時は桃色の着流しに、確か髪おろしてたな」
「んで桜の髪留め付けてた!」
「ちょっと着るもの変えただけで、少なくとも単純二人は騙せるんだ。純粋に外見だけで考えたら、納得出来るでしょ」
「おいおい、単純二人って俺達のこと…駄目だ。言い返せない」


見抜けなかった自覚はあるので、強くは出られない永倉。
一方その事を思い出した藤堂は……


「ってことは、今までは真尋の女装とかあり得ねぇ!とか言ってたけど、案外分かんねぇってこと?」
「いや、あり得ねぇ!って言ってたのは平助だけだからな」
「えぇ!?確かあん時は一君も……」
「俺は所作に問題があるから女には見えない、と言っただけ。似合わないとは言っていない」
「ま、まさかの…」


予想だにしない斎藤の裏切りに、愕然とする藤堂。
そして永倉は何か思いついたように言う。


「俺、ちょっと見たくなってきた」
「………」
「そうだな。……まぁあいつの場合、絶対やらなさそうだが」
「…だよな。余程の事が無い限りやらなさそうだ」
「…………」
「今度言ってみるか?」
「…言っても無駄だと思うが」
「ま、斎藤の言う通りだろうな」


真尋の女装が見たい、そう話す彼らに対して沈黙を守っているのは沖田と土方。
因みに沖田はこの中で唯一真尋の女装を見た事のある人物である。
真尋の両方の姿を知っていて、尚且つそれに優越感を覚えている彼にとって、永倉達にも見せるのは面白くないというのが本音なのだろう。
そんな私情入りまくりな沖田と違い、土方は真尋の事を心配しての沈黙だった。


「…おい、お前ら。勘違いすんなよ。間違っても真尋を女扱いするんじゃねぇぞ。今はいいが、今後軽々しくこの話をするな。何より真尋は【女】である事をこれっぽちも望んじゃいねぇ」
「…………」
「今更真尋に【女の子】を求めても無駄ですしね」
「…だな」
「簡単に言えば、女版総司だもんな」
「へ、平助…お前たまには上手い事言うな………」
「んだよ、新八っつぁん!しみじみ言う事じゃないだろ!!」
「しかし、的確な表現だ」


平助の言葉に、あの、斎藤までが深く頷いている。
そんな様子を見ながら、原田は苦笑いで言う。


「ある意味今更だけどな。俺が試衛館に居着いた頃から『似た者同士』って言われてたし」
「そういえば土方さんは真尋が来て……一年ぐらいかな。それぐらいから既に僕が二人になったってぼやいてましたよね」


ふと思い出したような沖田。
皆は興味津々と言った感じで話を聞く。


「んな前からかよ」
「…そりゃ毎日毎日何かしらしでかしてたら、言いたくもなるだろうよ」
「嫌だなぁ、子供のちょっとした悪戯じゃないですか」
「行商の薬箱の中に蛙を入れといたり、草鞋に水吸い込ませてべちゃくちゃにして履けなくすることがか」
「うわ、地味に嫌な奴ばっかり」
「色々大変だったんだぞ。蛙は開けた瞬間飛び出して、俺の顔にはりつきやがるし、草鞋は乾くまで身動き取れなかったし」
「蛙はへこむわ……」
「でも土方さん、そんな前のことを今も根に持ってるなんて、やっぱり性格悪いですね」
「何だと!?」
「いや、悪いんじゃなくて女々しい?真尋の方がよっぽど男らしいんじゃないですか?」


試衛館での思い出話のはずだったのに、この二人は必ずこういうことになる。
この二人、そして真尋を入れた三人の攻防は最早新選組の風物詩化し、これに慣れればここでの生活も慣れてきたなぁと平隊士の間では一種の基準にもなっている。
平隊士でもそんな感じなのだから、江戸からの同志である彼らにとっては、原田の切腹話並に慣れ親しんだものである。
そうして彼らは今頃初めて出来た女友達のような少女と親睦を深めているはずの彼女を思う。


「……何ていうか、この場に真尋がいなくて本当に良かったな」
「ああ。真尋がいたら副長の心労が倍になってしまう」
「心労って……」
「土方さんも飽きないな」








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