白詰草の約束



「あれ、今の声って…」


土方さんの部屋にお茶を持って行った帰り、ある幹部の方の部屋から鼻歌混じりの声が聞こえた。



「この部屋って高崎さん…だよね」


高崎さんと言えば、いつも笑顔で何を考えていらっしゃるか分からない時も多いけど…今は上機嫌じゃないかな。
鼻歌を歌ってるぐらいだもん。
そんな事を考えていたら、中から話しかけられた。


「誰か知らないけど、用があるなら入ってきなよ」
「っ!千鶴です!」
「千鶴ちゃん?…入っておいで」


そう言われて恐る恐る襖を開けると、何やら繕い物をしていたらしい高崎さんがいた。


「早く閉めちゃってよ。見つかったら台無しだし」
「だ、台無し…?」


高崎さんの言葉を不思議に思いつつも、襖を閉め手招きされるまま、私は高崎さんの隣に腰を降ろした。


「どうしてつっ立ってたのかな?」


そう言いながら、高崎さんは縫い物を始める。
その手には見慣れた隊服があった。


「土方さんの部屋の帰りだったんですけど…その……鼻歌が聞こえてきて…」
「気になっちゃったんだね」
「はい…でも、高崎さん。隊服のほつれなら、私が直しますよ?」


洗濯の時に見つけたほつれなどは、私が繕っている。
隊士でもない私はそんな事ぐらいしか出来ないし、ましてやわざわざ幹部の方がやることでもない。


「ん〜これほつれとかじゃないから、大丈夫。すっごく個人的なやつだから」
「個人的…?」


首を傾げながら隊服を見ると、何故か高崎さんは袖口を縫い付けていた。
しかも簡単には外せないように、寸分の狂いなく細かい間隔で返しながら。
何の狙いがあってこんな事をしているか、ものすごーく気になる。
気になるのだけど……


「高崎さんって器用ですね…」
「へ?なんで?」
「とても細かい間隔で正確に縫い付けてますよね。しかも早いですし」
「そう?これくらい普通だと思うけど…」
「普通じゃありません!」


それが普通だったら世の中の人は、ほとんどが不器用ではないかと思うくらい、高崎さんはすごかった。
男の人なのに…すごい。


「まぁ器用とかは別にして…裁縫は、よく手伝ってたんだよね。ミツさん……総司のお姉さんをね」
「沖田さんの……」


そういえば高崎さんと沖田さんは子供の頃から一緒に育ったと聞いた事がある。


「だから慣れてるって言えば慣れてるから、器用とは違うんじゃないかな?」


そう笑いながら言う高崎さん。
確かにそれも一理あるけど…


「でも器用だと思います…。以前壬生寺で子供達と遊んでいるのをお見かけした時は、折り紙で様々なものを綺麗に折られてましたし」
「…よく覚えてるね」


そう少し驚いたような顔をしながら呟く高崎さんは、少し照れているように見えた。
そして「でもね、」と言葉を続ける。


「器用って言えば、総司の方が上だよ」
「沖田さんも器用ですもんね…」
「総司はすごいよ!俺、あいつに教えてもらっても、出来なかった事があってさ」


その屈託ない笑顔は、本当にお二人が仲良い事を物語っていて、こちらまで笑顔になる。


「出来なかった事…ですか?」


そう私が尋ねれば、高崎さんは過去を懐かしむような――とても優しい顔と声で話し始めてくれた。


「花の冠って作ったことある?」




〜・〜・〜



良いところ見つけちゃった、そう惣次郎に言われて連れてこられたのは、辺り一面白詰草の花畑。


「わ、すご…」


今まで何で見つけられなかったのだろうと思う程、見事なものだった。


「ねぇ、ちょっと遊んで行こうよ」
「うん!!」


そう言って私達は座り込み、花を摘む。


(花束にしてミツさんに持っていこうかなー…)


そんな事を考えながら私は、茎同士を絡め、ばらけないように花束を作っていた。


「真尋何作ってるの?」
「花束ー。惣次郎は?」
「冠」
「へぇ、冠…冠!?」


そう言われて惣次郎の手元に視線をやれば、既に花で半円が作られていた。
無駄な隙間もなく、形は綺麗に整っている。
それを見た私は感嘆の声しか出なかった。


「どうやったら、そんなの出来るの…」
「これぐらい誰でも出来ると思うよ?真尋もやる?」


教えてあげるよ?といつになく優しい惣次郎の申し出に私は飛び付いた。


「いいの!?お願い!」
「はいはい。んじゃ、まずはね……」


惣次郎は花を適当に三本摘むと、器用に穴を作り一つにまとめる。


「これが土台ね。最初が肝心だから、頑張ってね」
「う、うん…」


私は惣次郎がやった通り花を摘み、土台を作る。
が。
これが案外難しく、ちゃんと手本通りに出来ているはずなのに、どうも惣次郎の物と比べると頼りない。


「次はこっちの穴からこれを通して……これをひたすら続ける」
「なるほど」


見た通りの手順で、私も作業を進める。
穴を作っては通し、穴を作っては通し……。
そんな作業を続けていると、何だか頭が混乱してきてよく分からなくなってきた。


(あれ、何か形崩れてきた…?)


手際よく進める惣次郎は、既に半円を完成させている。
一方私はどこかで間違えたんだろう、明らかに変な所から花が出ていた。


(これヤバいよねー…)


そう思った私は、その花を直すべく、編んだものを解くのだが、花の位置を修正した後、今度は進め方がよく分からなくなってしまった。


(これをここに通せばいいはずなんだけど…おかしいな。見たことのない形になった)


……どうやら私は冠作りというものを軽く見ていたらしく、その罰が当たったのか。
自分ではどうしようも出来ない塊を生み出してしまっていた。
どうしよう、と焦る私はちらりと惣次郎を見る。
そんな私を知ってか知らずか。
惣次郎は流れる様な手つきで花を織り込み織り込み…ほとんど冠は完成していた。
惣次郎の器用さと自分の出来なさに苛立った私は、無言で自分の手にある冠のなり損ないを見て溜息を吐いた。


(この手のものには向いてないってことか)


そう拗ねながら再び花と向き合えば、自然と手付きもぞんざいになる。
そんな態度で臨めば、当然綺麗にできるもなく、それにまた苛々が募る。


(あーもうっ!!)


そう私が挫折しかけた瞬間。
クスッと小さな笑い声が耳に届いて、私は惣次郎を見た。
その手には――綺麗で可愛い花の冠。


「これは真尋の苦手分野だったね」


そう面白そうに笑いながら言う惣次郎に、私は頬を膨らます。


「惣次郎が上手すぎるんだよ」
「まぁ確かに、苦手ではないかな」
「…どうせ俺は苦手ですよーだ」


そう私がぷいっと横を向くと、頭に何かが乗る感触。


「え…?」


驚いて惣次郎を見れば、手にあった冠が無く、私の頭に乗っていた。


「やっぱり…真尋似合うね」
「いや、あの…そうなの?」
「うん。予想以上」
「そ、そっか…」


自分が今どんな頭をしているか全く分からないけど、似合うって言われて悪い気はしないし、あの冠を着けているのだと思うと、何だか嬉しくなる。


「惣次郎……ありがとう」
「どういたしまして」


私がそう礼を言えば、惣次郎は満面の笑みを返してくれた。
そして思いついたような口調で、にんまりと笑いながら言う。


「不器用な真尋の分は、いつだって僕が作ってあげるよ」
「ぶ、不器用って!でも……ありがと」



〜・〜・〜




「……ってな事があったんだよね」
「素敵な約束じゃないですか」
「まぁそうなんだけど…今思えば【男の子】なのにね」


そう笑う高崎さんの笑顔はとても柔らかくて、いかに大切な思い出なのかが分かる。
そしてその柔らかさは、何やら女性のもののようにも見えた。
…本当に中性的な方だと思う。


そう私が思わず見惚れていると「さて、と。続きをやりますかね」と再び隊服を縫い始める。
…やっぱり袖口を。


私は話を聞かせて頂いた礼に、とお茶を持ってくることにした。
高崎さんにそれを伝え、襖に手をかける。
そしてこの部屋に入った時から気になって仕方ない事を聞いてみた。


「高崎さん、何で袖口を縫いつけているんですか?」
「土方さんへの嫌がらせ。簡単には取れないようにしたから、さぞかし苛々するだろうね、あの人」
「高崎さん……」
「あ、もしこの事を土方さんに言ったら……斬っちゃうよ?」
「い、言いません…っ!」


目が本気でした。





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