髪型談義



京の雨は最悪だ。
基本風の通りが悪いので、じめじめとした湿気が溜る一方。
体調を崩す人間も少なくはない。
何もする気になれないのは、人斬り集団と言われる新選組も例外ではなく…巡察の者以外は屯所内でただ耐えるしか無かった。


〜・〜・〜


真尋は斎藤を探して広間に来ていた。
広間には斎藤の他に沖田、藤堂の姿が。


「一くん、髪油貸してくれない?」
「別にいいが…自分のはどうした?」
「丁度切らしちゃってて。しかも今雨でしょ?買いに行くのも面倒でさ〜」


こんな日は外に出たくない。
そうぼやく真尋に斎藤の隣にいた沖田が声をかける。


「僕の貸そうか?」
「いや、総司とは髪質が違いすぎる」
「一くんと真尋は同じ系統だもんな」
「確かにそうだが…真尋の方が柔らかいだろう」
「一くんのは何かしっかりしてるよね」
「しかも結構量多いよな?」


藤堂の言葉に二人が斎藤を見る。
…確かに多い。


「あ〜だからその結い方なんだ」
「まぁな。それに上で結ってもすぐに髪紐が滑ってしまう」
「じゃあ僕や真尋の髪型は絶対無理だね」


髪に悩みがある人間が聞くと羨ましいことこの上ない発言である。


「一くん、結構長いから邪魔になること多くない?」
「もう慣れた」
「さすが…俺元服から上洛までは同じような髪型してたけど、鬱陶しくて仕方なかったのに…」


当時を思い出し、真尋はげんなりとする。
斎藤のように首に襟巻なんぞしていなかった為、汗をかく度にべたついたりと何かと大変だったのだ。


「俺みたいにしたら良かったのにな〜」
「嫌だよ!土方さんと似てるし、平助みたいに前髪わさっとなってないし!」
「わさっと何だよ!わさっとって!」


藤堂は声を荒げる。


「でも平助、今日は一段とわさっとしてるけどどうしたの?」
「へ?まじかよ…。朝大分直したんだけどよ…」


そう前髪を気にしながら言うと、斎藤がその原因を言い当てた。


「……湿気か」
「当たり〜。雨の日は本当に困るよ」
「あ〜分かる分かる!俺も変な所うねっとなるもん」


うんうんと頷く二人に対し沖田は……。


「僕はそんなに気にならないけどな〜」
「それは総司が猫っ毛気味だからではないか?」
「うん、多分そうだろうね」


羨ましい…等とぼやきながら、沖田の髪の毛を見ていると、突然思いついたように真尋は口を開いた。


「ん〜こういう時一番楽なのってやっぱり月代剃ったやつ?」
「源さんみたいなやつか」
「そうそれ。あれいかにも武士!って感じするよね」
「幕府の偉い人とかも皆あの髪型っぽいよね」
「分かる分かる!」
「…昔はあれが普通だったのだろう」
「庶民の間では少ない…かな?幹部でも源さんだけだしね」
「まぁ源さん以外考えられないけど」


一同は沖田のその言葉に一瞬考え込み――


「土方さんとか剃ったら面白いのに」
「はは!確かに!絶っ対似合わねぇ!!」
「…皆似合わないと思うぞ」


笑いの波が収まると、藤堂は真剣な声を出す。


「でもあれ剃るの痛そうだよな」
「確かに……。しかも無駄にすーすーしそう」
「冬寒そう」
「手入れは楽そうだけどな」


何だか言いたい放題な三人に、呆れた様に斎藤が口を挟む。


「……あんたらもしてみたら分かるだろう」
「嫌だよ!ぜってぇ似合わねぇもん!!」


ぜってぇ無理!と藤堂が騒いだその時。


「僕しようとしたことあるよ」


意外な人物から意外な言葉が出た。


「えぇ!?」
「あんたが…か」


驚く斎藤と藤堂。
しかし真尋は一人苦々しげに呟く。


「……あの時か」
「そう、元服の時だね」
「…まだ覚えてるのかよ」


はぁ、と重々しく息を吐く。


「何だよ真尋、ため息なんかついて」
「何があったのだ?」
「いや何が、って程じゃないんだけど…」


言いにくそうに言葉を濁す真尋に沖田は続く。


「元服の時にね、髪型どうするって話になってね」
「…総司がいきなり『源さんみたいにしようかな』とか言い出して、剃刀持って来たんだよ」
「僕としては冗談だったんだけどね。真尋は本気にしちゃってさ」


笑いながら話す沖田に、真尋は頬を膨らます。


「本気にするだろ、あれは!何か色々準備してあったし!」
「あの時の真尋、面白かったな〜…。すっごい涙目でさ。必死に『それだけはやめて!』ってお願いしてくるの」
「何でそこまで嫌だったんだ?」
「だって総司だよ!?想像しただけで…ってか想像出来なかった!色んな意味で!」
「…まぁ確実に似合わないだろうな」



二人のあんまりな言い方に、少し眉を寄せる沖田。


「冗談だったのに…結構な騒ぎになったよね。姉上まで引っ張り出してきてさ」
「あぁ、あの時は全力で阻止したな」


当時を思い出したのか、疲れたような顔をする真尋はうなだれる。
ずっと何か考えいたような斎藤が口を開く。


「…しかし、俺は真尋達が思っている程楽ではないと思うぞ、あれは」
「例えば?」
「一度乱れれば、直すのが大変だ」
「…確かに」
「源さんいつも鏡見ながらやってんもんな」
「僕たちは無くて全然大丈夫だしね」


稽古後の汗をかいた時など、必死に整える源さんは何度も見てきた。
それを思い返しながら、出た結論は――


「ん〜要するに結ってる限り面倒ってことか」
「一番楽なのは新八のだろう」
「だねぇ……」
「でも今更短くなんてする気も起こらねぇよな」
「…結局は今のままが一番良いってことか」
「そういう事だろうな」



はぁ、と全員がため息をついた瞬間だった。



京の雨はまだ止まない。








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