初めて人を斬った日 文久三年 三月。 浪士組として上洛した私達は、様々な事件を経て水戸の浪士、芹沢鴨を筆頭局長とする会津藩お預かり、壬生浪士組として京に残ることになった。 京都守護職、松平容保公の名の下、京の治安を守るために。 ……こう言えば聞こえは良いものに思う。 いや実際、そういう組織なのだけれど。 私には今の日本の動きも国のこれからも、政治も思想も分からないし、どうでもいい。 幕府のため、お上のため…そんな思いは一欠片もない。 今の私は、近藤さんの役に立てるよう、与えられた仕事をするだけ。 それでも「京の人を守る」という事は、例え人の命を奪ったとしても胸を張れるものだと思う。 だけど……今の組の中で、そんな思いを持ってここにいる人はどれだけいるのだろう。 近藤さんはそうなんだろうけど……とにかく今「壬生浪士組」は様々な問題を抱えている。 お金が無い、隊士が足りない、仕事が無い……。 言い出せばキリは無いのだけれど、何よりの問題は―― 「おい、高崎」 ――彼、芹沢鴨。 「今から飲みに行くぞ」 「別にいいですけど…他は?」 「今日はお前しか連れていかん。分かったなら玄関前で待っておけ」 酒癖が悪く、人の言うことはまず聞かない。 本当にどこまでも自分の道を行く人で、近藤さんや土方さんとの折り合いは悪い。 あまりこういうのは言いたくないけど…「芹沢派」と「近藤派」に分かれるぐらい。 まだ出会って間もない彼。 近藤さんに関しては、彼は近藤さんに迷惑ばかりかけるし、ある事件もあって許せない。 が、それを抜きにして考えれば、その立ち振る舞いは傍若無人なれど、近藤さんとはまた別の「強さ」を持っていると思う。 そして何故か……私によく声をかけてくるように思える。 よく酒を飲みに連れていかれたりする。 タダで酒を飲めるのは別に良いことだし、近藤さんにも「上の人間の言う事を聞くのは組織の一員として当たり前のこと」と言われたので、断る理由がない。 でも今日は夜総司と打ち合う約束してたから、遅くなるって言っておかねば。 私は適当に支度を済まし、最後に刀を差して玄関に行く。 玄関には馴染みの顔があった。 「お、真尋じゃん!」 「平助!…と、新八に左之さんも!」 いつもの三人組が、誰かを待っているように立っていた。 「また呑みにいくの?」 「おう!…もう呑まなきゃやってらんねぇよ」 「……新八はいつも呑んでると思うけどなあ」 「なんだと!?」 「確かに新八はどんだけ貧乏だって言ってても、酒だけは呑んでるよな」 「そうそうちょっとは遠慮しろよなー」 そう三人して新八をからかえば、ふるふると「お前ら…」とかいう呟きが聞こえるけど気にしない。 「で、三人は誰か待ってんの?」 「まぁな…お、そうだ。今日は真尋もどうだ?」 「あー…一足遅かったな。さっき芹沢さんと約束しちまった」 「芹沢さん…と?」 「うん。あ、総司知らない?」 芹沢さんの名前を出した途端に、顔が曇る三人。 …まあ無理もないだろうと思う。 「そ、総司?総司なら…」 「僕を呼んだ?」 平助の言葉を遮り、いきなり後ろから現れた総司。 その格好から、今日はどうやら四人で飲みに行くようだ。 「遅ぇよ、総司!!」 「総司も平助たちと?」 「うん。ここにいるってことは真尋も行くんだよね?」 「俺は芹沢さんたちと行くよ。あっちが先約だ」 だから今日遅くなるから、ちょっと待ってて。 そう私が笑うと、皆と同様総司も顔に真剣さを帯びる。 「一人で…大丈夫?」 …そう。いつもは芹沢さん達と飲みに行くときは、誰かしら一緒に行くので、一人で芹沢さんについていったことがない。 芹沢さんの日頃の行いを考えれば、些か不安な気持ちもあるが…… 「まあ、大丈夫でしょ。今日は機嫌良さそうだったし」 「……無理しないでね」 そう心配そうな顔を見せる総司に笑いかけると、「おい、行くぞ」という芹沢さんの声が聞こえてきた。 「来たみたいだから…行ってくるね」 私は屯所を出る芹沢さん達に続く。 「…真尋の奴、大丈夫かな」 「大変なのに気に入られちまったな」 「真尋も何考えてるんだろう」 「…何もなけりゃいいがな」 そんな事を呟いていた四人を私は知らなかった。 戻る/しおりを挟む |