25万打企画 | ナノ

共同戦線


そして話は、冒頭に戻る。
舞はもう良いから酌をしろと命じられて、男の側に侍り銚子を傾ける真尋の横顔は、ほんのりとした蝋燭の明かりに照らされて男装している時とはまるで別人の様相。
普段を知っている天霧としては気が気ではなかった。

「む……女。その手はどうした?」

盃を干した男が、真尋の袖からちらりと見えた手首に白い包帯が巻かれているのに気付き、眉を寄せる。
真尋は気恥ずかしそうに顔を伏せて答えた。

「舞の稽古の時に、下手をして裾を踏んで…その拍子に身体を支えようと手をついたんですが、加減が悪かったのか、捻ってしまいまして」
「おおそうか、可哀想にのう。まだ痛むのか?」
「はい、少し…」
「その手では扇を取るのも辛かろう。よしよし、わしが摩ってやろうではないか」

男は断りもせずに真尋の手を取り、包帯の上からごつごつとした手で捻ったという部分を摩った。
天霧は心臓を掴まれたような気分になった。
彼女の内心がどこからか聞こえてきそうで胃が痛い。

「こういうものは腫れがないなら日にち薬じゃ。痛みがとれるまでは強く揉んではいかんが、時々こうして摩ってやったほうが治りも早いぞ」
「まあ、お詳しいのですね」
「それは、剣の稽古で何度も捻るわ打つわ、怪我もしておるからのう。自然覚えてしまったわ」

二人のやり取りを見ていた隣の席の男が、笑いながら茶々を入れる。

「おいお前、このような席で荒事の話をするなど不粋じゃ。見ろ、女が怯えておるではないか」
「何を言う、わしは親切でだな。のう女」

薩摩隼人は嫌いか、恐いかと手を取られたまま野太く笑いかけられて、真尋ははにかむように目を細める。
満更ではないと言葉ではなく態度で示すその様子に、逆に男たちのほうが色めき立ってしまう。

「のう女、置屋はどこじゃ。旦那はおるのか?是非贔屓にしたいぞ」

やはりというべき話の流れは、厄介な事に発展しそうな雰囲気だ。
女に絡むのはよせと口を挟んででも止めるべきかと、天霧が腰を浮かしかけた時、真尋は取られたままの腕をすいと引っ込め、立ち上がった。

「そういうことは、角屋さんに話を通しておくれやす。そろそろ他の座敷に贔屓の方が来はるし、そちらに顔も出さんといけませんよって、失礼させてもらいますぅ」
「待て、目の前の客を放って行くほうがよほど無礼であろう」
「旦はん、うちは薩摩のお方の強引な所、嫌いではあらしまへんけど…芸で身を立てる辛さ、どうぞわかっておくれやす」

言外に、その【贔屓】が嫌な客なのだと匂わせて、振り切るような仕種で身を翻し座敷の外へと出てしまう。

「む、天霧。どこへ行く」
「少しばかり、外の空気を吸ってまいります」

隣の席の者にそう声をかけて、天霧も席を立った。
室内に籠った酒の匂いに胸が悪くなりかけていたのは本当だったし、そういう理由でちらほらと席を立つ者も珍しくないので、隣の者も引き止めるような事はしない。
天霧は廊下に出ると、芸者姿の真尋を探した。
着物の裾がすいと廊下の角を曲がってゆくのが見え、大股で追い掛ける。

「そこの芸者、暫し良いかな」
「……?」

手が届くほどの距離に追い付いた所で、女が振り返る。

「何か…?」
「こんな所で何をしているのです?君は新選組の高崎君でしょう」

さすがに声を潜めて問うたが、真尋はきょとんと目を丸くしてから困ったように口元に手を当てる。

「お客はん…どなたかとお間違えになってはるんやない?うち急ぎの用がありますよって、これで」

失礼しますと背を向けて行こうとする真尋。
とぼけるなら仕方がない、と天霧は別の手段に出た。
彼女に分からぬように拳を握りしめ、背後から無防備な首筋を狙って体重を乗せた拳を突き出す。
一瞬の殺気を込めて。
寸止めこそかけるつもりでいたが、普通の女であればまずこの殺気に気付かない。背後で動いた事などもっと気付かない。
だが、あの京に名を轟かす新選組の天才剣士と名高い幹部、高崎真尋なら。

「!」

――首の骨に錐を刺されたような鋭い殺気を感じた瞬間、真尋の身体は反射的に動いていた。
華麗な着物の裾を翻し、身体を反転させながら一歩飛び退ける。
相手の獲物が追い討ちで急所を狙ってこないように、斜に身体を向けつつ膝を落として反撃のための力を溜めるのも忘れない。
正面からの殺気であれば受け流す事もできようが、人間は背中に目を持たないから、自然背中への殺気には過剰反応してしまう。
腕のたつ者ほどそれも顕著だ。
新選組の高崎であれば、反応しないはずがない、と考えたが思った通りだった。
が、その反応には予想外のオマケがついてきた。
裾のずるずるした芸者の着物で、後ろに飛び退けったりしたものだから、着地した途端に巻き込んだ裾をふんづけてしまい、身体がぐいっと後ろに引っ張られる格好になってしまう。

「うわっ、」
「危ない!」

天霧はとっさに踏み込み、仰け反りながら倒れる真尋の後頭部に手を回して庇った。
間一髪、柱への激突を免れた真尋の身体は、天霧の腕に半ば支えられる形になりながら床の上に倒れこんでしまう。





prev / next

[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -