25万打企画 | ナノ

戦支度


そんなこんなで、数日後。
幹部全員に召集がかかり近藤の別宅に行ってみれば、すっかり準備万端あとは本人が化けるばかり――という状況になっていた。
土方はここまでに至った一通りの経緯と、とりわけ真尋に今回の任務について説明した。
再びの島原潜入調査。
予想通り、真尋から拒否の声が出た。

「またそれ着るの!?嫌ですよ絶対嫌だ!」
「……そうか。では気は進まないが千鶴に頼む事にする。あいつならやるって言うだろうからな」
「っ、千鶴ちゃんに任せられる訳ないでしょこんなの!っ、あ〜〜もう!やればいいんでしょやれば!」

聞き捨てならない脅迫を吐く土方を思いっきり睨み付けて、真尋は自棄気味に言い放った。
今回の任務は去年の比じゃない難易度。
芸妓として潜入し、こちらと接触している人物を見つけ出しちゃんとした証拠をおさえる。
――下手すればこちらの身が危ない…貞操の問題も含めて。
そもそも馬鹿正直で分かりやすい千鶴が今回のような潜入が出来るはずがない。
それに、目の前で近藤が申し訳なさそうに「すまんなあ」と頭を下げれば断る選択肢なんてない。
先ほどまで真尋と一緒に反対の意を示していた先月彼女と結ばれたばかりの沖田も、そんな近藤の姿を見て渋々といった感じながら引き下がった。

「…やるからにはとことんやりますからね」

そう地を這うような低い声で告げて、真尋は千姫と君菊と奥の和室に入った。
すぐに着付けが始まる。

「大丈夫?高崎さん。今まで聞かされてなかったんでしょ?」
「まあね。でもあの人が何か企んだときはいつもこうだから仕方ないっちゃ仕方ないんだよ…」
「…無理しないでね」
「お千…そのいかにも心配していますみたいな事言ってるけど顔は完全に面白がってるからな?」
「あは、ばれちゃった!」

やっぱりか…とため息しつつ、憎めない千姫の笑顔に真尋は彼女の額を軽く小突いた。
二人のそんな様子を眺め、華麗な打ち掛けを広げながら君菊も微笑んでいた。
一通り着付けの終わった所で、真尋は君菊にちょっとした頼みごとをした。

「君菊さん、空いた時間でいいから俺に舞を教えて…いや、見せて欲しい」
「かまいまへんけど、この前ので充分なんやない?」
「いや、今回は前回と訳が違うから。生半可なことして怪しまれる訳にいかない」

この時期薩摩藩と接触を繰り返す必要がある新選組の隊士――そんな人物は、ただ一人だ。
参謀、伊東甲子太郎。
彼が新選組の二分しようと動いているのは周知の事実。
本人が直接接触してるのか所謂伊東派と呼ばれる子飼いに任せているのかは分からないが、あの伊東さんに関わることだ。
絶対に失敗は許されない。

「だからせめて何曲かは覚えたいんだ。勿論動きをぎこちなく真似するだけなんだけど…」
「なるほど、こっちが見習わなあかんくらいの真面目さですなあ。うちで良かったらええですよって」

笑顔で快諾した君菊に真尋は礼を言う。

「ほな、あちらにお披露目の後でよろしか?」
「お披露目……うん、大丈夫。それでよろしく」

出来ることなら見せたくないんだけど…と心で付け足して真尋は頷く。

「一度見ただけで真似るなんて無茶だと思うけど、前見せてもらったのを考えるといけるんだろうなあって思ってしまうわ」
「言ったろ?見取り稽古の応用だって。さすがに本職みたいに視線の動きを色っぽくしたり、指先まで気をつかったりとかは出来ないよ」
「何曲か出来れば宴席に出て怪しまれる事少なくなるだろうけれど、ほんとにお酌だけでも大丈夫なんだよね?お菊」
「へえ、大丈夫どす」
「いーや、こうなりゃこっちも意地があるからな。…あんのクソ副長がぐうの音も出ないような仕事してきてやるよ」

そう底意地悪い笑顔を浮かべる真尋に、千姫はひとつ溜め息をつく。

「ま、とりあえずあっち戻ろうか?」

千姫の言葉に真尋はゆっくりと襖の前に立つ。
――頭の重さと慣れない着物に頭が痛くなるのを感じながら。

「お待たせしました!今回も驚いてくださいね〜!」

千姫が襖を開けるのに続いて、真尋は普段の大股歩きではなく上品な仕種で歩を進める。
控えの間から出てきたとたん、集まっていた幹部の面々の表情が変わった。
…途端に感じる既視感。
完全に前回と同じ反応だった。

「…お前ってやつはほんとに……絶対旦那はどこの誰だとか、いねえなら我こそはって野郎は出てくるぞこれ」

今回も間抜け面を晒していた永倉だったが、真っ先に正気に戻ってそう指摘した。
最初の一言の続きが引っかかるが今は我慢する。
次に口を開いたのは、思いっきり顔を顰めている沖田だった。

「あ〜もう、予想通りだよ。また真尋がこんな姿で島原に詰めるなんて…。笑えない、ほんと笑えない」
「この前とはまた違う雰囲気だな。化粧がちょいと違うのか?この分ならバレることはなさそうだが、まあどっちにしろ…本気で心配になっちまうな」

続く原田も苦い顔。隣の斎藤・藤堂は二度目にも関わらずまだ喋るのには時間がかかりそうだ。
どうしてこいつらは必要のない心配ばかりするのだろうと真尋はため息を吐く。

「お前ら反応に新鮮味なさすぎ…で、土方さん?土方さんはこれで満足?」

真尋の挑戦的な瞳と言葉に、土方は目を細める。

「ま、悪かねえな。心配はしてねえが、キリキリ働いて成果出してこい」
「はいはい、ほんと人にこんな無茶させときながら偉そうですよね」

二人のやり取りに、今度は周りがため息を吐く。
心配していない――確かに任務の成功云々の心配をしていないという意味では本当だろうが、それ以外の面ではしていることを男性陣は大いに理解していた。
前回もそうだった。否、こと沖田と真尋に関しては土方はいつもこうだ。
口ではあれやこれや言いながら、その実は誰よりも彼らに対して過保護である。
土方自身も対象である二人もそのことを本当の意味で理解していないのが更なる問題だが。

「では、具体的な作戦内容とこっちが掴んでいる情報を整理する」

部屋の何とも言えない空気を知ってか知らずが、土方は合議を始める。
土方は千姫達に今日の準備をしてもらっている間、彼女からもらった情報の信憑性を高めるために監察方を使って調査した。
新選組の者が薩摩藩の者と接触を持つだけでも大変なことだが、その人間は、伊東の息のかかった隊士とやりとりを重ね、彼等に新選組からの分離を促す書状を渡そうとしている、との事だった。
そのための席が、近々角屋で設けられるというところまで調べがついた。

「伊東の野郎が今の新選組のやり方が気に食わないからって、色々と動き回ってるのは承知してると思うが、ここにきて大きく出た。掴んだ情報によると、薩摩藩の後援を受けるための保証書と、後援のための条件などがやり取りされるそうだ」
「あーあ、さっさと斬っておけばこんな面倒なことにならなかったのにね、土方さん?」
「あれの本性を見抜けなかった事と、ここまでのさばらせてちまった事については返す言葉もねえよ。だが、あの野郎がようやく出してくれた尻尾だ。確実に斬れるだけの理由を押さえるまたとない機会だろ」

沖田の嫌味に自嘲的な言葉を返しておきながら、後半にはもう既に事によっては斬る意思を固めていると明かす。
その時、周囲を納得させるための確たる理由があれば、伊東一人始末するだけで他の隊士への大きな牽制になるだろう。
大幹部までもが処断されて、まだ離反を試みる輩がいるなら逆に見てみたい。

「各自の役回りはこの前とそんなに変わらねえ。斎藤とこの場にはいねえが山崎、それに平助は角屋につめて用心棒と要事のときの実行部隊だ」
「承知しました」
「了解!」
「原田と新八と総司は普段の隊務を頼む。こいつらが抜けてる分、いつもより多くのことをこなしてもらうからな。夜空いてるときがあったら目立たないように様子を見にきてやれ」
「ああ、分かった」
「おう!任せろ!」
「…恨みますよ、土方さん。この僕を角屋に回してくれないなんて」
「反論は帰ってからたっぷり聞いてやる。俺はあっちで引き続き伊東達を睨んどかなきゃいけねえからな」

土方は話を一旦切る。
そして。

「今回は前回のような小物じゃねえ。失敗は許されねえから…全員心してかかれよ」

二度目の島原潜入作戦は始まった。



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