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微笑み

新選組との作戦に決着がついてから、所用を済ませて天霧は薩摩藩邸に戻ってきた。
その手には、一枚の瓦版が。
政治的な印刷物は幕府の検閲の目が厳しいので、主な内容は天災や人災、心中や泥棒などの市井の事件だ。
京では島原での出来事もよくネタになっているようだが、【消えた綾乃】は格好のものだったようで、面白おかしく脚色交えて書かれている。

挿し絵には白刃を抜いた酔客相手に、指をついて座りながらも強気に睨み上げている例の場面が描かれており、文面の最後には「綾乃の旦那の墓はどこにあるか分かっていない」と結末がぼかして書かれている。
あの時、適当にでっちあげた設定が、こうもうまく嵌った上に世間の話題になるとは思っていなかった。
あまり騒がれたり、綾乃とツテがあるなら行方を調べて会わせろ、宴席に呼べと言われないように藩の上役にはうまく説明したつもりだが、市井の噂までは止められない。
綾乃の正体がばれることはないだろうが、真尋達も用心して、暫く島原界隈には近付かないでくれるだろう。
その間に噂が鎮まるのを祈るしかなかった。

「…あのような真似、彼女も新選組もよくやる」

天霧は心から感心していた。
やるなら徹底的に。
考える方も実行する方もとことんやりきった今回の作戦。
自分は少し噛んだだけだったが、真尋の艶姿を近くで見られたのは役得というものか。

「あの子も綺麗になったものです」

思い出すは遥か昔、薩摩の風間の里で共に過ごした時間。
あの頃はまだ「女の子」であった真尋は、自分にとっても風間にとっても妹分のような存在だった。
襲撃事件で行方不明になったと聞き、いつからか風間とも彼女の話をすることはなくなったがふとした時に気になっていたものだ。
その彼女と、今になって再会――今度は敵対する立場として。
しかしそれはあくまで人間の都合によるもの。
自分たち鬼としては――。

「天霧様、そこにおられますか?来客ですよ」

胸にある想いを言葉にする前に、鬼仲間の訪れを告げる門番の声が背後から聞こえた。

「……さて、どう誤魔化しましょうか」

天霧の口から深いため息がこぼれる。
しかしその顔は、誰も見たことがないような穏やかに微笑んでいた――。


2014.2.25

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