25万打企画 | ナノ

「女」としての戦


「篠山様……」
「天霧はお前を譲っても良いと言うたぞ。後はお前の心ひとつじゃ」

大股で近寄って来る篠山の顔を、キッと睨み上げて真尋は言う。

「うちの旦はんは、新選組に斬られましたんえ。篠山様はそれでも、新選組に目を付けられている女に付こうなどと?」
「何?」
「天朝様のために働いていた旦はん……お仕事の事は詳しくは教えてくれはらへんかったけど、お前のような者がもっと暮しやすく、幸せになれる国を作るのだといつも嬉しそうに話してくれました。その旦はんが、むごたらしい姿になって、戸板に乗って帰って来た日の事……今思い出しても震えがきます」

戸板に乗せ、筵をかけた状態で送り届けられた骸の酷い有様といったらなかった。

「うちも、徳川の将軍様に仇なす者を匿っていた咎で壬生浪に連れていかれそうになりました。きっと今でも、うちの所に潜む者はいたりせんやろかと思って見張られていましょう。そんな女に肩入れした男はんがどうなるか、考えただけでも恐ろしゅうおす、どうか堪忍」

嫌だと頭を抱えて畳に倒れそうになる真尋の側に、篠山は近付いて膝をつく。

「何だ、そのような事か。お前の旦那は不幸な事であったが、新選組が肩で風を切っていられるのも今のうちよ。 なにせ俺は、その新選組を潰すための大仕事をしているんだからな」

すっかり打ひしがれた様子の真尋――否、綾乃が、それを聞いて驚きに目を丸くする。
反応を得られたことに気を良くした篠山は、綾乃の顔を覗き込む。

「そうじゃ、こういうのはどうだ。お前が俺の持ち物になるのなら、俺が新選組を潰し、お前の旦那の仇を取って、墓前に局長・副長の首を供えてやろうではないか。特に殺してやりたい奴がいれば名を教えておくがいい、事のついでに片付けてくれよう」
「何冗談言うてはりますの。飛ぶ鳥落とす勢いの新選組を潰せるなんて、夢物語どす。…でも、うれしおす。嘘でもそう言うてくれた人はあんたはんが始めて」

新選組と聞いただけで腰が引ける男しか見たことがないと言うと、篠山はそいつらは男の紛い物だと貶めた。

「…本当に、うちが篠山様の持ち物になったら、旦はんの仇を取ってくださいます……?」
「薩摩隼人は嘘はつかん」
「壬生浪の親玉の首を、あの人の墓前に供えてくださります……?」

真尋は目を潤ませ、篠山を見上げる。
先ほどの睨み付けるものとは違い、縋りつくような目で。

「もしそれが本当なら、うちはその後この身も心も、篠山様にお仕えすると誓います。…お聞かせ下さいますやろか、憎い憎い壬生浪を、どうやって潰すんどす?」

それを聞けば、毎夜思い出して楽しみに待つ事ができようと言うと、篠山は満足げに頷き、懐に手を入れて一通の書状を取り出した。

「これはなあ、新選組から出ていきたいと言う者たちが、薩摩藩邸に滞り無く入れるようにするための約定を書き付けたものよ。知らぬであろうが、新選組には隊を脱するのは問答無用で切腹という掟があってな、逃げても追っ手を出されて捕らえられ、下手をすれば打ち首になるのじゃ」
「まあ……恐い」
「じゃから、隊を抜けるに抜けられぬで困っておる輩が沢山おる。我々はそういった者たちの後ろ盾となり、彼等が隊を抜けても容易に命を取られぬように守ってやるのじゃ。そして彼等に、新選組と対立する新勢力を旗揚げさせて……表向きは協力体勢を取らせながら、いずれは共食いさせる」

隊を抜けたいと思っている人間は多数いる。
また、彼等を掌握してひとまとめにできる者も存在する。
まずはごっそりと人員を引き抜いて弱体化させ、引き抜いた人間で組織した新勢力に力を貸して大きくし、新選組の対抗馬として育てれば、いずれは後ろ盾となる藩の主義思想の違いから自然と対立していく。

「女には難しいかもしれぬが、幕府はすでに落ち目よ。新選組の後ろ盾は会津藩と幕府、此処で弱体化したら巻き返しはないということじゃ」
「さようで、ございますか……」

真尋は、篠山が持つ書状に手を伸ばして、もう片手で潤んだ目元を押さえた。

「この一通の中に、旦那はんの無念を晴らしてくれるものが詰まっているんどすな……」
「そうとも、そうとも」

篠山は、書状が真尋の手に渡っても怒りもしなかった。
何という迂闊者だろうというよりただの馬鹿じゃねえかと思いつつ、真尋はそっと書状を胸に抱く仕種をし、ちらりと裏面に書かれている宛名を確かめた。
新選組で調べた伊東の変名がしかと記されているのを確認する。
それから伏せた顔の口元を僅かに微笑ませると、真尋は顔を上げた。

「分かりました。うちは、篠山様の持ち物になります。だから…お頼み申し上げます、旦はんの仇を取っておくれやす」
「おう、まかせておけ。ならば綾乃は今日から俺の女じゃ」

そうと決まったからには契り交わしても問題ないし幸い部屋には人もいないと、篠山は鼻息荒く真尋の肩を掴み畳の上に押し倒そうとした。
帯に手をかけて、それが存外固い事にムッと嫌な顔をして、一度真尋から体を離す。

「帯を解け」
「はい」

言われて真尋も立ち上がり、豪華な打ち掛けを脱いで小脇に押しやると、胴を締めている帯の結び目に手を入れた。
幾重にも体を巻いていた帯が足下に落ちると、着物の合わせを閉じているのは頼り無い紐だけになる。

「……これで、よろしゅうおすか」

そこまでして、恥じらうかのように顔を背ける綾乃の様子に、篠山の鼻息はいよいよ荒くなった。
豪商も、旗本も手に入れられなかった女がいよいよ自分の物になるだと思うと気も昂るというもの。
やはり女の浅はかさ、新選組と聞いた時に思い付いた手がこうも嵌るとは。
好いた惚れたの弱味につけこんで正解だったと内心でほくそ笑む。
これで噂に名高い都の花は己の持ち物、男の甲斐性も満たされ同輩にも自慢ができると、もう一度真尋を畳に押し倒した。
篠山の手が無遠慮に彼女の襟を開――こうとしたその時。

「……お前は我々の堪忍袋の限界というものをわかっておらん」

感情を押し殺した声が篠山の背後からして、ぬっと鋭い刃が今にも重なりあおうとしている顔の横に突き出された。
黒い着物を着ているせいで、気配なく滑り出してくるとまるで闇が抜け出てきたように思える……斎藤が、抜刀してそこにいた。

「あーーーっ、もう聞くに耐えねえ!てめえ、持ち物、持ち物って、女の人を何だと思ってやがんだ!」

斎藤とは逆の方向、真尋の頭のある向きの襖がパーンと左右に勢い良く開いて、藤堂が姿を見せた。
目を吊り上げて、完璧に怒っている。
その藤堂の後ろから、忍び装束に身を包み、口元を隠した山崎が足音ひとつなく出てきて、真尋が先程、どさくさまぎれに打ち掛けの下に隠して部屋の角に押し遣った書状を拾い上げると、余裕の仕種で懐に収めた。

「大事な書状を引き離された事にも気付かぬとは、間抜けの極みだ。増援を呼びに屯所に走る事もなかったな」

この状況になってから、篠山はようやく慌てはじめた。
おぼろげながら自分が置かれている立場を理解しはじめ、打ち掛けと体の下の女を交互に見比べる。
やれやれ、と体の力を抜いた真尋は、手の届く距離に手鏡をかけた鏡台があったので、鏡の柄を手に取った。
そして、今まで慣れない京言葉に女の態度で過ごしてきた鬱憤を晴らすかのように――

「いつまでもただ乗りしてるんじゃねえよ、この腐れ芋!」

そう叫ぶやいなや、鏡の面で篠山の横っ面を思いきり張り飛ばしていた。




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