鬼と人


あれから私達は遅めの朝飯…というより、早めの昼飯をとった。
私と総司は所謂将来を約束した仲――今更何言ってんだって感じだけど――というものになった訳で。
いつもと変わらないはずの食事がなんだか少しむず痒かった。
やっぱり自分でも思った以上に浮かれているらしい。
これはちょっと何とかしないと。
そう思った私は食事後の片付けを早々にこなし、総司に一声かけてから外へと出る。
向かった先は、里の中心から少し離れた先にあるとある祠。
――雪村一族の歴代頭領が祀られている祠だ。

幼き日の大半を過ごしたこの里のことは大体知っている。
…彼ら雪村は鬼でありながらも人の子である私に、一族のことをよく教えてくれた。
自身の記憶を思い出してみると、【高崎家】は本当に鬼達と良好な関係を築いていたことが改めて分かった。
よく預けられていたのはこの雪村だが、数回しか行ったことがないと思っていた風間の里にも、それなりに預けられていたらしい。
まあ薩摩藩に属していたのなら当然と言えば当然。
――あの風間千景と決して浅くはない関わりがあったことには流石に驚いたけど。

「いや〜まさか同じ釜の飯を食った仲だったとはなあ」

私が封印していた記憶は夢という形になって解放されたが、その中で多くを占めていたのはこの雪村と薩摩の風間の里で過ごした時間だった。
あちらの里でも雪村同様、とても可愛がってもらっていた。
…まさか当時は十前後であっただろう風間と遊んだりもしていたなんて。

「とんだ黒歴史…」

出来れば思い出したくなかった過去。
思わずそう頭を抱えるくらい、衝撃的だった。
でも…そんな過去があったからこそ、京で風間と――あいつら鬼と面白い関係を築けたんだと思う。
命のやり取りをして、一方では酒も飲んで。
なんだかんだ言いながらあいつらと飲む酒は美味かった気がする。
…あいつらに会えたからこそ、私は知るはずのなかった両親のことを知ることが出来た。

「そういや風間、私を鬼の里に迎えてくれるとかも言ってたっけ…」

全てを知ったとき、そういう選択があること。
元よりそうなるはずだったと――いつの日だったか、風間はそう私に告げた。

「旧知どころか懇意の間柄だったんだもんな」

追われる身となった私達家族の保護を提案してくれていたという風間家。
もし私達がその提案を受け入れていたら、もし…一人になった私が風間の一族に保護されていたら、私は人間にして人間と交らわない人生だったのだろうか。

「もう一度風間達とゆっくりと話したかった気もするな」
「風間がなんだって?」
「総司!」

背後からの声に肩が跳ねる。
後ろを振り向けばどこか拗ねたような総司の顔。

「全く…中々帰ってこないと思えばこんな所で他の男のことを考えてるなんてね」
「…お前の頭はそれしか無いのか」

はあと大きくため息を吐いた私に笑みを深めて、総司は隣にしゃがみ込む。

「ここって確か雪村の…」
「ああ。先代の頭領たちが祀られている」

末代の頭領――千鶴達の父親にあたるおじさんはどうなっているか分からないけど。
流石に何をどうすれば先代を祀ることになるかまでは教えてもらっていない。

「でも真尋はちゃんとここの手入れもするし…おじさん達?の弔いもしたじゃない」
「酒を手向けただけだけどな」

形見とかそういったものは残っていないし、本当に形だけ。
けれど、やらずにはいられなかった。

「本当は父さんたちの墓にも行ってみたいんだけどな」
「墓?お墓があるの?」
「あれ、言ってなかったか?実は私が逃れたあと風間の一族が駆けつけてくれたらしくて」

両親は我が一族が弔った、と。
まだ京にいた頃風間がそう教えてくれたことを思い出す。

「こればっかりは風間に心底感謝するよ。中々いないんじゃね?鬼に弔ってもらった人間なんて」

だって実の娘は家の場所すら知らないのに。
そう呟けば、そっと肩を抱き寄せられる。

「ねえ、僕よく考えたら真尋の小さい頃の話ってあんまり知らない」
「まじ?話してない?」
「うん、だって真尋ずっと記憶なかったし…あの頃はそれどころじゃない部分もあったしここに来てからも意外と過去の話はしてない」
「そっか…」

総司に言葉に改めて振り返ってみると、確かに詳しい話はしていないかもしれない。

「断片的にしか聞いてないからね。真尋が鬼っていうものと仲が良かったってことくらいしか知らないよ」
「いや〜すっかり話した気でいたな」

「ごめんごめん」と笑いながら謝れば、総司は「もう」と頬を膨らませる。
そっか。話してなかったんだ。

「うん、思い出したこと全部話すよ。総司に出会うまでの…近藤さんに出会うまでの私のこと」

私はよいしょ、と足に力を入れ立ち上がる。

「まあそれなりに長くはなるからさ?家戻ろうぜ」

そう言って手を出せば、こくんと頷いて総司は私の手を取った。
馴染みの温もりが今はなんだかいつも以上に愛しく感じる。

「楽しみだな〜、小さい真尋の話」
「お前が喜びそうな話なんてないけどな」

よく分からないが機嫌がいい総司に苦笑いしながら、私達は我が家へと歩みを進めた。




[ 5/96 ]

[*prev] [next#]
戻るしおりを挟む