並ぶ 「もーほっとけばいいじゃん」 「そういう訳にいかねえだろ!」 その日の夕食の時間、基本的に全員が揃って食べ始める私たちだったが今日は違った。 総司の姿が見当たらない。 平助が部屋に呼びに行っても新八と左之さんが辺りを探してもいない。 「どこに行ったんだ」と彼らはざわつく。 …夜出かけるって言っていたからご飯の後だと思ったけど、どうやら違ったらしい。 「なんで真尋はそんなに落ち着いてんだよ!」 総司が絡んでいるのに平然としている私に、平助は腹を立てているらしい。 「逆に聞くけどなんでそんなに慌ててんの?総司だって子供じゃないんだし別に放っておいても…」 「いつもの総司ならそれでいいかもだけど、今はあの総司だぞ!?」 「いやだからさ、」 平行線の言い合いを平助と八木邸の前で繰り広げる。 そんな私達の前を、龍之介が通りがかった。 「あんた達、そこで何してるんだ?」 「あっ、丁度良い所に――!龍之介さ、総司がどこに行ったか知らねえか?」 「えっ…!?」 平助の問いに、龍之介は焦ったような声を出す。 どうやら何か心当たりがあるらしい。 「夕飯の時間だから部屋に呼びに行ったんだけど…どこを探しても見当たらないんだよ」 「何か、殿内とかいう隊士と二人で出かけるところを見たヤツがいるんだけどよ。別にそいつと仲がいいって訳でもねえし、何で一緒に出掛けたのか気になってな」 「なんだって…!?」 ただならぬ龍之介の反応に、左之さんが真剣な様子で尋ねた。 「龍之介、お前もしかして何か知ってるのか?」 「実は……」 龍之介が語った話はこうだ。 総司が一緒に出掛けたという殿内という隊士は、近藤さんの暗殺を目論んでいて、それを芹沢さんに打ち明けた。 そして、芹沢さんは総司にその話を告げた。 なるほどな、と私の中で話が繋がる。 ――総司は最初の標的を定めたらしい。 「その殿内って隊士が近藤さんの命を狙ってたって?んじゃ、総司はそれを知って――」 「急いで探しに行かないと!」 「…だな。あいつ、近頃思い詰めてたみてえだし…何をしでかすか、分からねえぞ。急いで見つけ出さないと」 言いながら、三人は頷き合った。 …やれやれ、放っておいても大丈夫だというのに。 そうため息を吐いた私を不満げに見つめてから、平助は龍之介の方を振り返った。 「龍之介、お前も総司を探すの手伝ってくれないか?」 「…分かった、手伝うよ。俺もあいつのこと…、気になるしな」 龍之介は少しの思案の後、そう答えた。 あーもう、面倒が面倒を呼んでる気がするぞ、これ。 「ありがとうよ、龍之介!そんじゃ出かけようぜ!」 「二人で出かけたってことは…酒でも飲みに行ったのかな。居酒屋が並んでる辺りを探してみるか」 「おう、そうだな!」 流れるような速さで、手分けして繁華街を探すことが決まる。 「行くぞ、真尋」 「ちょっと、押さないでよ」 急ぐぞ!と早足で町に出る平助達を、左之さんに背中を押されて渋々追う。 ほどなくして、居酒屋が多数立ち並ぶ通りに着いた。 「とりあえず、このあたりを探すか」 「だな。半刻経ったら、もう一度ここに集合することにしようぜ」 「ああ」 「で、龍之介。お前は誰と一緒に総司を探すつもりなんだ?」 新八の言葉に、龍之介は数回瞬いてから…私を見た。 「…高崎と探す」 「はぁ?」 よりにもよって私を指名した龍之介を、思いっきり睨む。 「お断りだね」 「そう言うなって、真尋。お前と一緒なら俺達も安心だしな」 「ああ!真尋、龍之介のこと頼んだぜ!」 …いつの間にか耳が遠くなっていたらしい三人は、あっという間に散り散りになる。 くっそ、覚えとけよ。 そう舌打ちして、私は龍之介を見た。 「勝手な行動しないでね」 「あ、ああ」 コクコクと頷いた龍之介を確認して、私達は歩き出した。 人通りのない道を探し回る中、隣を歩く龍之介を横目で見ると、彼はなにかを考え込むように眉間に皺を寄せていた。 (…総司が何をするのか、分かっているみたいだけど) ――総司は殿内という隊士を斬るつもりだ。 それは疑いようのないこと。 皆もどこかで分かっているはずだ。 だって近藤さんの命を狙ってる奴だよ? 私でもそうする。 それが、総司の「一人目」になるのが問題なんだ。 皆にとって。 皆は総司が人を斬ることを望んでいない。 けど――私達にとっては、それこそがここにいる意味であって、唯一の出来ることだ。 「あいつな、笑ったんだ」 不意に、龍之介が口を開いた。 「芹沢さんが殿内のことを告げた時、あいつ気が触れたみたいに笑った。あんなにも暗くて虚ろな笑顔…初めて見た」 瞳孔が開いて興奮しきった――暗い喜びに満ちた笑顔を目にして、背筋が凍った。 そう語る龍之介の顔は困惑に染まっていた。 「いくら考えても、俺には分からない…。どうやったらあんな顔が出来るんだ…?」 私は答えなかった。 何かを言ったところで、彼には…他人には理解出来ないだろう、総司の心情は。 ――私達には人を斬ることしか出来ない。 そのことを真っ先に理解していた総司は、その時を待ち望んでいた。 近藤さんの役に立つ瞬間を。 彼が何を思って刀を抜き、地面に伏したソレを見て何を思うかは分からない。 総司は私とはまた別の想いを抱くのだろう。 進んで人を斬った総司と、躊躇い続けた私。 それでも…根ざすものも見つめる先も同じだろう。 純粋に楽しみだと思った。 やっとここまできたんだ――総司と二人で、近藤さんの役に立てるところまで。 そう思ったときだった。 「お、おいあれ」 灯りの少ない路地裏の暗闇の中で、何かがきらめくのが見えた。 私と龍之介は息を殺し、刀に手を掛けながら慎重に歩み寄る。 目を凝らして捉えた人影は、月光を背に佇む見慣れたものだった。 戻る/しおりを挟む |