糸口


総司、お前は江戸に帰れ。
そう沖田が土方さんに告げられてから数日後。
俺が前川邸の門前で掃き掃除をしていると、八木さん家の子供と遊んでいたらしい永倉と原田、平助に会った。
いつもならこういう子供と遊ぶのは、沖田や高崎の役回りだろうと聞くと、沖田の奴は部屋に閉じこもり、高崎は高崎で表面上は普段と変わらず飄々としているが土方さんとの関係は冷え切っており、一人黙々と剣の稽古に打ち込み時たま沖田の部屋を訪れる生活をしているのだという。

「やっぱりあのときのことが尾を引いているのか…」

俺の言葉に皆が黙り込む中、原田は軽く髪を掻き上げる仕草をしながらため息を吐く。

「…ま、土方さんが言いてえことも分からなくはねえんだが…あの時の言い方は逆効果だろ」
「総司のヤツ、近藤さんのこと本気で尊敬してるしなー。本当の弟みてえに育ったし…今更、あの人から引き離されて江戸になんて戻りたくねえんだろ」
「真尋にしてもそうだろ。総司と一緒に育ってきたんだ…あいつも気が気じゃねえんだろうな」
「本当の兄弟みたいに…?」

そう尋ねると、三人は揃って頷く。

「あいつらは試衛館の内弟子でさ、子どもの頃に総司は道場に預けられて、真尋は拾われたんだって。だから近藤さんはあいつらにとって親代わりっていうか…年の離れた兄さんみたいなもんでさ。そのせいもあって、あいつら近藤さんの言うこと以外絶対聞かねえんだよ」
「へえ…」

あれだけ他人に辛辣な言葉をぶつけるあいつらが、近藤さんに対してだけ別人のように素直な態度を取る理由が、ようやく分かった。

「ま、近藤さんも総司の部屋に行って色々話をしてやってるみてえだし…あいつもその内元気になるだろ。真尋も総司さえどうにかなれば機嫌も直るだろうし」

そう語って、三人は「また夕飯でなー」と巡察に出かけていく。
その後ろ姿を見送ってから、俺は再び掃き掃除を始める。
だが手を動かし始めたところで――。

「……おい、井吹」

傲慢な声音で名を呼び捨てにされ、顔を顰めながら振り向くと一人の隊士が立っていた。

「あんたは……」

確か…殿内とかいう名前だったか。
浪士組の取りまとめを任されたとか聞いたが…。

「お前は芹沢さんに従う小姓だろう?何故近藤の子飼いの連中とつるんでいるのだ」
「別に、つるんでる訳じゃないさ。たまたま会ったから話していただけだ」
「…あのような百姓あがりの連中と付き合っていても、得することなど何もない。もう少し、行動に気をつけることだ」

殿内というその男は、言いたいことだけを言って歩いて行ってしまった。

「…何なんだ?あいつ、いけ好かないやつだな……」

その後、改めて掃き掃除を再開しながら俺は考える。
会津藩お預かりという立場になり、局中法度とかいう決まりも出来た。
浪士組の体制が少しずつ出来上がっていくにつれ、派閥のようなものが出来始めているようだ。
端的に言うと、芹沢さん派と近藤さん派。
そして、後から浪士組に加わった殿内派。
あるいは、どこにも属さない中間層。
こんなギスギスした中で働くのは、ごめんこうむりたいんだが…。
くそっ、俺は一体いつになったらここを出て行けるんだ…!




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