前進


翌日。
いつも通り市中の見回りを終えて、私は八木邸へと戻ってきた。
会津藩のお預かりとなってから初めての見回りは、それまでの先行きに対する不安が一つ解消されたせいか、いつもより誇らしい気がした。
しかしそんな気分も帰ってきた途端に終わる。
――芹沢さんに声をかけられ、飲みに連れてかれることになった。
しかも、いつもは新八も一緒なのに、今日は私一人だけを連れていくという。
一瞬断ろうかと考えたが、思いとどまる。
山南さんの一件もあるし…何より、私は昨日の芹沢さんが引っかかっていた。
自分に刃向う舞妓に対して、それこそ店を潰すんじゃないかと思うくらい激昂していた芹沢さんが、私の話を聞いて引き下がった。
…あの、芹沢さんがだ。
単なる気まぐれなのか、何か企みがあってのことなのか。
それに、何回か芹沢さん達の飲みについて行ったことで、私の中にある変化が起こった。
正直、芹沢さんのことは近藤さんのことがあって許せないし、気に食わない。
けど、あの人は振る舞いこそ傍若無人なれど確かに他人に譲れない【自分】を持っている。
例え人から何を言われようと、それを貫く強さがある。
それは、近藤さんとはまた違う「強さ」に見えた。
…だから私は、興味があるんだと思う。
自分の好き嫌い関係なく、芹沢鴨、という人間に。
――勿論、こんな考えを持っていることは誰かに言うつもりはない。
…あの人に関して総司とは別の見方をしている自分がなんだかおかしかった。

そして私は今日、とうとうこの手を血に染めることになる。


〜・〜・〜


「おい犬!!飼い主の出迎えも出来んのか貴様は!!」
「ああもう!ちょっとは待ってくれよ!!」

珍しくいつもより早めに帰ってきた芹沢さんを出迎えに俺は玄関へと急ぐ。
そういや今日は高崎の奴を連れて行ったんだっけ。
…昨日の今日だ。
芹沢さんと高崎という組み合わせは、何だか悪い予感しかしない。
そんな俺の杞憂は、ただの杞憂で終わっちゃくれなかった。

「おかえり芹ざ――って高崎!?」

慌てて玄関の外に出ると、そこにはやたらと機嫌が良さそうな芹沢さんと――着物と顔を血で汚した高崎がいた。

「何だよ。人の顔見て固まるって失礼だな」
「何だよっておま、え…」

まるで自分が今どういう格好をしているか知らないような、いつもと全く変わらない高崎。
そんな奴に、俺が言葉を失ったのは仕方ないことだと思う。
全身を血に染めた凄惨な姿にも関わらず、日頃と変わらない人の神経を逆なでするような言葉と態度である高崎が、俺は純粋に怖いと思った。

「…け、怪我なのか、それは」

答えが分かっている質問を、僅かに震える体を抑えてあえて尋ねる。
高崎は事もなげに言う。

「んな訳ないだろ。これは返り血。こんなに汚れると思ってなかったから、次からはもっと殺し方考えなきゃなあ」

その言葉に、俺は目を見開いた。
殺し方――今こいつは、ハッキリとそう言った。
つまり高崎は、殺したんだ。
人を。腰に差している刀で。
いつも飯を食ったり稽古をしたり、八木さん家の子供と遊んだりしているその手で。

「では、俺はこれで」

そう言って高崎は一礼だけして八木邸へと歩き出す。
…この前の永倉や斎藤とは大違いだ。
人を斬った――殺した後だというのに、浴びた返り血くらいしか変わったことが無いってどうなんだ!?
何があったかは知らないが、あいつは一体何を思いながらその刀を抜いた?
そんなことを考えながら、俺は闇に消える高崎の背中を見つめる。

「やはりあいつは見込んだ通りの奴だったな」

そう大きく笑いながら零された言葉に、俺は芹沢さんの方を振り返る。
しかし芹沢さんは俺の方を一度も見ることなく、自室へと戻って行った。

飲み屋からの帰り道に四人の賊に襲われ、一人は芹沢さんが斬り、残りの三人は高崎が斬ったことを知ったのは翌日のことだった。
そしてこの日を境に、芹沢さんが高崎を呑みに誘うことはなくなった。





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