前兆


「なるほどね〜。だから真尋はあの頃芹沢さんの誘いを断らなかったんだ」

「というかやっぱり山南さんも人が悪いなあ」と笑いながら寝支度をする総司に、私は苦笑いをした。

――ご飯の後二人であの頃の話を始めた私達。
まだほんの始まりを話し終えただけなのに、世界はどっぷりと闇に包まれていた。
このままではいけないと私達はとりあえず寝支度をすることにした。
夜着に着替え、布団を敷く。
いつでも寝れる体勢――二人で布団に入り総司に体を預けるという、まあいつもの体勢なんだけど。
常ならその内どちらかが先に寝てしまう体勢だが、今日は違った。
目はバッチリ覚めていて、眠くなる気配もない。
…夜通し話すにはもってこいの状態だ。

「私が芹沢さんについていった日って、総司は機嫌ほんとに悪かったよな」
「当たり前でしょ?折角の稽古の時間は減るし、何よりあの芹沢さんだったし。真尋に何か考えがあるのは分かっていたけどその何かはハッキリ分からなかったし教えてくれないし。それに…自分のことしか考えてなかったから」

そう言って総司は困ったように眉を下げながら笑う。
こういうことが総司の口から出てくるようになったあたりが、確実にあれから時が流れ私達が変わった証拠だ。

「…ねえ、あれ覚えてる?」
「あれ?」
「うん、初めて新八さんと一くんが返り血を浴びて帰ってきた日のこと」
「――ああ、忘れる訳ないだろ」

私は瞳を閉じて思い出す。
あれは確か三月も半ばになり、桜もすっかり満開になったある日のこと。
私と総司が、八木さん家の子供…勇坊とかくれんぼをして遊んでいたときのことだった。


〜・〜・〜


「…なんであんなガキにまで犬呼ばわりされなきゃいけないんだ」

勇坊とかくれんぼの途中、私と総司の前に現れたのは龍之介。
とりあえず彼に私達の居所は明かすなと口止めをし、近くの茂みに隠れて勇坊をやり過ごす。
龍之介が言った方向に素直に駆けて行った彼の背を見送り、私達は再び龍之介の前に出た。

「何言ってるの、君が【犬】って呼ばれてるのは事実じゃない」

勇坊との会話で犬呼ばわりされたことに怒る龍之介。
総司の言う通りなんだから別に怒ることないのに。

「あのな、確かに芹沢さんにはそう呼ばれているかもしれないが、どうしてあんなガキにまで――!」

そう龍之介が声を荒げた時だった。

「うわあああああああん!!」

門の方から、勇坊の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
明らかに、転んだだけではない声。
私と総司は顔を見合わせ、すぐに門へと駆け出した。

「お、おい!待てよ、沖田、高崎――!」

門の前に着いた瞬間、勇坊は怯えきった様子で泣きじゃくり、総司の足に縋り付いてきた。
私達に一拍遅れで龍之介が隣に並ぶ。

「うわあああああん…!!怖いよぉ……怖いよぉおおお!!!」

泣き叫ぶ勇坊を宥めなければ。
そう思うのに、私達は目の前の光景に体を強張らせていた。





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