再会 龍之介がここに居着くことになって三日。 私達は特に何事もなく過ごし――それが良いことなのかは分からないけど――穏やかな時間が流れている。 勿論、表面上だけども。 描いていた通りにいかない現状に、誰もが苛立ちを抱えていた。 多分、一番苛立ってるのは土方さん。 京に来た目的が泡のようになくなった今、なんの伝手もない私達がどうこの京で成り上がるか。 考えど考えど出ない答えに、誰もが土方さんの苛立ちを感じていた。 そこに、あの芹沢さんの存在。 彼がいるだけで、この浪士組の空気は悪くなる。 特に土方さんと芹沢さんの間には常に殺気めいたものが取り巻いている。 そしてもう一人、芹沢さんと顔を合わせるだけでその場の空気が凍りつく奴がいる。 言うまでもない、総司だ。 総司は芹沢さんへの憎悪を隠そうとしない。 いつだって、「斬ってやる」「殺してやる」という総司の声にならない声が聞こえてくる。 …まあ口に出しているときも多いけど。 総司は京に来てから、いや、正確にはあの日から変わった。 二人で誓った約束に、焦りとも苛立ちとも何とも言えない感情と確かな憎悪。 それは、私のものと似ていて非なるもの。 ――総司は人を殺したがっている。 人殺しに対して、私とは正反対に積極的だ。 それが良いことなのか悪いことなのか、私には分からない。 ただ、私は総司の考えを分かっているし、総司も私の考えていることなんて承知しているだろう。 …私の想いが、揺らぎ始めていることも。 出来るだけ人は斬らない。殺さない。 殺すことの意味を考え、誠実に向き合う。 この剣は、守りたいものを守るために使う。 そう、私は近藤さんに誓った。 けれど。 (殺してやる……!) あの日、燃え盛る炎の前で私は初めて本気で人を殺したいと思った。 目の前が真っ白になって、ただ殺したいという殺意だけが意識を支配する。 あの瞬間、私は純粋な怒りと憎しみだけで刀を抜こうとした。 ――誠実に、だなんて笑えてしまう。 甘かったのかもしれない。 あれだけ悩んで出した答えが、たった一夜で揺らぐくらいには。 理性だけで人は斬るものじゃない。 いつか自分は我を失った状態で人を斬る日が来るのだろうか。 ――近藤さんとの約束を破ってしまうことになるのではないか。 近藤さんの役に立ちたい。 近藤さんは裏切りたくない。 そう思えば思う程、私はどうすればいいか分からなくなった。 「おい真尋?」 「ん?…ああ、平助か」 ふっと意識が戻される。 目の前には不思議そうに私の顔を覗き込む平助。 隣にいる左之さんや新八、総司からも注目を浴び、私は苦笑いした。 「ごめん、ごめん。ちょっと考え事してた」 そうだ今は昼食の後で、珍しく皆で中庭にでて世間話をしていたところ。 いつの間にか私は自分の世界に入ってしまっていたらしい。 「なんだよーってことは俺の話聞いてなかったのかよー」 「ごめんごめん。何の話してたの?」 むーと膨れる平助に謝れば、左之さんと新八が答えてくれる。 「いやこの前買い物に出かけた時な?すんげー上手そうな団子屋を発見してちょっと覗いてみたんだよ」 「そしたらよー江戸じゃ考えられないくらい値段がついててよ!」 「ああ、京は物価高いもんねえ」 「あれは高いってもんじゃなかったぜ!だから俺達諦めようとしたんだけど」 「だけど?」 そこで言葉を切った平助。 その視線はすーっと新八に向けられて。 「出ようとしたところを店の女の子に声かけられて舞い上がっちゃった新八さんが、なけなしの有り金全額出して団子買っちゃったんだって」 「……あほか」 呆れを隠さずにオチを言った総司と一緒に私はため息を吐いた。 何ともまあ、新八らしいというかなんというか。 「新八お前団子一本しか買えない全所持金ってどうなの…」 「う、うるさい!そこは触れるな!」 相変わらず計画性も自重も何も知らないらしい新八にもう一度ため息を吐く。 どうせ、酒にでも使ったのだろう。 左之さんとかと夜飲んでいることは皆知っている。 「俺絶対金貸さないからね」 「まだ貸してくれとも言ってないのに見捨てやがったな!?」 なんか江戸でもしょっちゅうこんな会話してたなーとしみじみ思いながら、ギャーギャーと皆で騒いでると。 「なんだよ随分久しぶりだな!」 「………」 ふと、ある人物の妙に弾んだ声が聞こえてきた。 「…ねえ、今の」 「土方さん、か?」 私達は顔を見合わせる。 あの人がこんな声を出すなんて珍しい。 うん、と頷き合った私達は、何やら話し声がする土方さんの部屋へと向かった。 戻る/しおりを挟む |