2周年企画 | ナノ



近々動くだろう――そう進展を期待して身構えつつ【ご新造さん】を演じる穏やかな日々は続いていた。
土方さんは相変わらず時間を見つけては通ってくるし、幹部たちも姿を見せる。
どういう風の吹き回しか、ここに来る時はほとんどの者が金平糖だの甘味だの櫛だのなんだのを土産に持ってくる。
皆して面白がりやがって。


更には土方さんが、料理の手間を省いたり不自由ないように、これで何でも買いやがれと一人で持つには充分すぎる金子を置いて行っているので、正直贅沢し放題である。
ここぞとばかりに使ってやろうとも思ったが、屯所にいる時も特にお金の使い道ってなかったから、結局は持て余しているんだけど。
時間も金も暇もある、普段では考えられない生活を送っている私は、毎日町で話題の甘味処に行ってみたりと総司や島田君が聞いたらさぞ羨ましがるだろうという時間を過ごしていた。


「ちょっとあそこ黒蜜かけすぎじゃね…?」


そんなこんなで今日もいつもと変わらず、人気の甘味処でわらび餅を食べてきた。
ちょっと甘すぎだなーと満腹になったお腹をさすりながら、家路につく。


隊士としての巡察の中で、昨今の時勢で女が一人歩きをするのがどれだけ危険かという状況に何度も遭遇してきた。
島原や祇園に通うような余裕のない浪士に絡まれる程度ならまだしも、暗がりに連れ込まれたりするような被害も多く聞こえてきている。
家の者も注意するようになり、女が歩くときは誰かしら供をつけたり、なるべくなら家のまわりから離さないようにしているとどこかで聞いた。
今の自分にとっては他人事ではない、と厄介事に遭遇する前に急いで戻ろうとしていたのだが、家まで間近の所になって厄介事のほうが待ち構えていた。
家々の隙間、ごく細い路地から誰かの腕が伸びてきたかと思うと、人とは思えないようなすごい力で暗がりに引きずり込まれてしまった。


「!」


全く気配がなかった何者かに、焦りが生まれる。
大声を出そうにも、後ろからしっかりと口元を手で押さえられているため出来そうにない。


「…静かにしろ!騒がねえなら離してやる」
(不知火!?)


耳元から聞こえた予想だにしない人物の声に、私は目を見開いた。
こちらに敵意はない、大声を出さないことを再び問われ頷くと、不知火は口元の手をそっと離した。


「…こっちに向かってくるからまさかと思えば当たりだよ……一体何してやがる、こんな所で」
「お前には関係ない」
「話す義理がねえのはわかるがな、今あの家に戻るのは得策じゃあねえぞ」


不知火の不可解な言葉に首を傾げると、彼は先日島原の酒宴に出た時の長州浪士たちの計画だ、と前置きをしてその内容を語った。
【土方が女を囲っている】ので、その女を人質に取るか妾宅を襲撃して新選組幹部を殺す、そういう計画が立てられているという。
――なるほど、噂の効果は抜群だったらしい。


「お前が出かけたのと、ほぼ入れ違いになったみてえだが……二十人近くが家の周囲に張り込んでいて、合図ひとつで踏み込む手はずだ。今のこのこ戻ったりしたら、大変な事になるぞ」
「それなら尚更、【普通の女】が襲撃に気付いて戻らないなんて不自然だろ」
「馬鹿!気が立ってる連中の前に丸腰で戻ったりしたらどういう目に合わされるか分かってんのか!?」


必要以上な数の上、憎い新選組に関わっている、抵抗できない女がひとり。
ちったぁ、自分のことを考えろ。
今のお前なら貞操まで危ないと不知火は忠告する。
なんだ…?不知火のやつってこんなに親切だっけ。
思わずそう思ってしまうくらいに。
しかしこれは作戦。
いくらこの身が危険でも、戻らねばならない。


「俺が一抜けしたら、作戦が成り立たない」
「作戦…ってぇ事は」


もしかして新選組幹部襲撃の情報は、と不知火は問い返した。
私はそれに小さく頷き、元はといえば、監察方がどっかから新選組幹部暗殺計画を聞きつけてきたのが発端で、それなら襲いやすい状況を作って一網打尽にしてやろうじゃないかということで、わざと【幹部の女】の噂を流したことを話す。


「そっちがわざわざお仲間の作戦を喋るってことは…今、妾宅を囲んでいる人たちって、何かと暴走しがちで仲間内でも手を焼いてる頭の悪い下っ端なんじゃないの?」
「あー……否定できねえ所が何とも」
「こっちだって、下っ端よりも頭を捕まえてやりたい所だけど、最近の西国諸藩の士への扱いと朝廷での立場を考えれば、頭に近いほど慎重になって動かないから、下からいくしかないんだよ」
「いや、こっちも暴走バカどもを一掃してくれるってんならむしろ助かるんだけどよ」
「だったら、変な気を回さず静観してろよ」


んじゃそういうことで。
私は肩を押さえる不知火の手を払うと、何も知らない能天気な女を演じながら帰宅する。
そんな私の後ろ姿を見て。


「ああもう!なんで分かんねえんだよ!…放っておいたら後生が悪すぎるじゃねえか!」


そう舌打ちしながら不知火が、ここからさほど距離のない新選組屯所まで不知火が走ったことなんて知らなかった。




〜・〜・〜




屯所に投げ込まれた石には文が結び付けられており、いかにも急いで殴り書きしましたという字で『妾、危険、すぐ行け』とだけ記されていた。
文の発見者となった藤堂と知らせを受けた土方は、丁度巡察から帰ったばかりの沖田を含めた一番組を率いてすぐに妾宅に向かった。


しかし、土方たちが辿り着いた時、妾宅の中はめちゃくちゃに踏み荒らされ、家具も小物もあちこちに引き倒されて嵐が通り過ぎたかのような有様になっていた。
座敷も土足で散々踏み荒らされており、極め付けは女の簪と櫛が乱暴に投げ捨てられ、その横に『妾を返して欲しければここまで来い』というお約束な内容の脅迫状があった。


「土方さん!!」
「分かってる!」


脅迫状を読んだ藤堂は、なんて奴らだと激昂し、力任せに拳を握る。
土方も藤堂の大声に負けずに言い返し、畳に落ちた櫛を拾い上げると懐に入れた。
櫛の歯は、無惨に折れている。
真尋は、常ならば簡単に攫われてしまうような女ではない。
いつもなら、襲った方に同情するくらいで丁度良いが、今は抵抗も碌にできないだろう動きづらい女の格好、さらに懐に刀を潜ませただけのほぼ丸腰だ。
この状況からして、随分と乱暴に扱われ、連れ去られたに間違いない。
このような事態になることを想定して真尋に妾役を頼んだが、いざこうなってしまうと心配で仕方ない。


「…土方さん。助けに行くの、まさか一人でいくなんて言いませんよね」
「当たり前だ。もちろん最初は俺が囮になるが、せっかく餌に食いついてくれたんだ、どうせやるなら徹底的に、だ」


体を張ったあいつも、中途半端な始末だけはしてくれるなと思ってるだろうよと、土方は拳を握りしめる。
…それと同時に、隣の沖田から感じる凄まじい殺気と怒気に、背筋が伸びた。
怒りに任せて今暴走しないだけマシかと内心で安堵しつつ、早速屯所に戻って準備だと、土方達は元来た道を駆け戻った。




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