イチサンナナ | ナノ

出逢い

坂が好き。
山が好き。
自転車が好き。

「一般女子の部優勝は総北高校西山唯選手ー!」
「また自転車?ほんと唯って自転車馬鹿だよね」

可愛いものが好き。
甘いものが好き。
お喋りが好き。

「帰り駅前の新しく出来たカフェ行こうよ!」
「唯ってスタイルいいからこういうの似合いそう」
「ねえねえ昨日言ってたあの番組見たー?」

でも。

「西山美人だけど俺より筋肉ありそうで怖いわ」
「脚とか特にな。下半身だけみるとまじ女って感じしないっていうか」

【女の子らしい】はちょっと嫌い。

趣味ではない、最早自分の一部になっている自転車。
山を登るためについた筋肉と絶えない生傷。
クライマーとして鍛えに鍛えたこの脚は私の誇りであり存在意義そのものだろう。
この脚でなければ、私は私であれない。
今更恥ずかしいなんて思わない。
もう何年も言われ続けてきて慣れっこだ。
それでも…何か悪いことをしているような、そんなもやもやとしたものが心に生まれてくる。

けど彼は違った。
互いに名前も知らない面識もないのに。

「実に良い脚だな!山を登るクライマーの脚だ!」

そう笑顔で言い切られたあの瞬間、私の世界は変わった。




「――っていうのは流石に大袈裟かねえ」
「話が全くみえないっショ」
「んーこっちの話〜」

独り言に反応が返ってきて、遠い日に飛んでいた私の意識は目の前の男に向く。
間伸びした返事を返せば「意味分かんないっショ…」なんて呟きが返ってきた。
自習の時間である今、席が前後である彼と協力してプリントをやっていたことを思い出す。

「…裕介髪すごく伸びたけど切らないの?」
「ほんと脈絡なさすぎっショ……切らない」

そんな他愛無い会話をする目の前の男は巻島裕介。
タマ虫色の髪の毛を持つ彼は私の幼馴染であり、私がロードに乗る切っ掛けとなった人物だ。

「ロン毛の裕介とか…髪の毛タイヤに絡まっても知らないよ?」
「そんなドジは踏まねーよ」

ピークスパイダーの異名を持つ彼は、総北には欠かせないクライマー。
彼の独特なダンシングで山を登る姿はいつ見ても心躍るし、一緒に走りたいと思う。
けれど、私は女だから。
いつの間にか出来てしまった男女の壁。
体力も筋力も――自転車競技という制度にもそれは登場した。
つまり、運動部に所属する高校生全ての目標と言っても過言ではないインターハイに女子は出られない。
――正確には、出ても記録に残らない。
選抜大会は開かれても、インターハイ当日はエキシビジョン扱いだ。
…ただ自転車が好き、ギリギリの勝負が好き、山が好きなだけでは出来なくなってしまった。
けれど自転車をやめる選択はない。
例え彼らのような血肉湧き立つような勝負は出来なくても。
――裕介と、彼のような。

「あ、あと1分で授業終わるね」
「もうそんな時間か」
「多分チャイム鳴ってすぐ来るよ」
「何が?」
「電話」
「…あー…」

そう面倒そうにため息を吐いた裕介を笑いながら、私は少し早めに机の上を片付け始める。
程なくして響いたチャイム音に、教室は一斉に騒がしくなる。
そして【彼】の登場だ。

「…裕介」
「……ショ」
「携帯、鳴ってる」

予想通り、裕介の携帯が着信を知らせるために震え始める。

「さっき出なかったんだから出てあげたら?」
「唯アイツに甘すぎっショ」

そう言って渋々と通話ボタンを押す裕介。
途端に、彼の携帯から少し高めの快活な声が聞こえた。

『もっしもーし巻ちゃん?やっと出てくれた!これからお昼か?今日は何を食べるんだ?因みにオレは――』
「だーもう!一気に喋られても分かんないショ!!!」
「アハハ!」

いつも通りの光景に思わず声を上げて笑ってしまう。
――電話の相手は自転車競技の強豪校、箱根学園の東堂尽八くん。
私や裕介と同じクライマーで、すごく面白い人。
彼は裕介のライバルであり、本人は認めたがらないけど良い友達だ。
そして…山登りに関しては山神の異名を持つ天才。
彼のヒルクライムは一言でいうと、「完璧」だ。

『む?今の笑い声は唯か?』
「それしかないショ」
『幼馴染でしかも同じクラスとはまるで絵に描いたような幼馴染だな!少女漫画か!』
「東堂くん少女漫画読むの?」
『実家にいた時に姉に見せられてな!』
「ああもう!俺を挟んで喋るな!」
『ハハハすまんな巻ちゃん!久々に唯の声を聞いたら嬉しくなってしまった!』

すらりと自然に発せられた言葉に、不覚にも胸が高鳴る。
…東堂くんのくせに。

――東堂くんとの出会いは少し前のとある大会の日だった。
今でこそ私はロードバイクの置き場と空き時間の備品使用許可の為に、総北高校自転車競技部のマネージャーとして自転車部に所属しているが、それは入学当初からではない。
女子がインターハイに出られないのなら――という半ば意地のような拘りから、私は学校では一切自転車部に関わらなかった。
けれど自身のトレーニングは欠かさなかったし、休日は必ずどこかしらの山を登っていた。
そんな生活をしていれば、自然と周りの同級生とは体つきに大きな違いも出てくる訳で。
特に大好きな山を自転車で誰よりも早く登る為の脚は「女の子」からは大きくかけ離れていて、それは私の誇りでもありちょっとしたコンプレックスにもなっていた。
――私は「女の子」と比べられるのが大嫌いだった。
今にして思えば、自転車部に入らなかったのはこれも原因だったのかもしれない。
裕介は気にするなって言ってくれたけど、気にしないなんてことは出来なかった。

そんな私があの日裕介が出るという大会を見に行ったのは、他でもない彼が「見に来ないか」と誘ってくれたからである。
裕介が部活に入ってからは一緒に自転車で走ることもなくなり、毎日見ていた彼の山登りの姿は遠い記憶に思えた。
何だかんだ言いながらそのことを寂しく思っていた私は、「しょうがないな」と言いつつ行くと即答した。
そして大会当日、私は愛車に乗って開催地へと赴いたのである。
そこで出会ったのが――彼だった。

【そこのロードを押している女子!】

総北高校の集合場所を自転車を押しながら探している時、突如呼び止められた。
びっくりしつつ振り向けば、そこには箱学のジャージを着た白いカチューシャがやけに似合っているイケメン…というよりは美形と言った方が良いような男の子がいた。
何事かと思ってどもりつつ返事をすれば、彼は怖いくらいに真っ直ぐな視線を私の足に注ぎ――。

【実に良い脚だな!山を登るクライマーの脚だ!】

そう宣ったのだ。
突然のことに動揺して慌てるが、徐々に心に湧き上がってきたのは妙な気恥ずかしさと嬉しさが入り混じった自分でもよく分からないもので、なんだか無性に泣きそうになった私は小さくお礼だけを言ってすぐさま逃げる様に背を向けてしまった。
後ろから何か言われたような気がしたが、それに構ってる余裕はなかった。
――初めて裕介以外の人に、しかも男の子に褒められた。
良い脚…クライマーの脚だって。
たったそれだけの言葉だったけど、私は嬉しくて仕方なかった。
大げさかもしれないけど、救われた気がしたんだ。
単純に、分かってくれる人がいるって知って。
なんで今までこんなに悩んでたんだろうって思うくらい、私の心は軽くなった。

それから冷静になってみれば、名前くらい聞いておけば良かったと私は後悔した。
けどそんなものは、大会終了後に吹き飛ぶ。
裕介に「会わせたいヤツがいる」と言われて紹介されたのが彼だったのだ。
あの時に驚きは未だに忘れない。
顔が怖いだのなんだので友達が少ない裕介を「巻ちゃん」と呼ぶ彼に、裕介はそのテンション高く前向きな発言を繰り返す様をうざそうに見つめながらも気を許しているようだった。
…時たま裕介から「箱学のウザイ奴」の話は聞いていたから、すぐに彼がそうなのだと分かった。

【いや〜すごい偶然だな!まさかさっき見かけたクライマー女子が巻ちゃんが言っていた幼馴染とは!】
【さっき見かけた?】
【ああ!大会が始まる前にな。思わず良い脚だな!と言ってしまった!】
【…東堂、初対面でそれはないショ】

そこからは早かった。
彼の一言で色々と吹っ切れた私は自転車競技部に籍を置き、足のことについて悩むことも少なくなった。
何を言われてもそんなに気にならない。
東堂くんがくれた言葉は、そのまま私の魔法の言葉になった。
裕介にかかってくる電話で時折交わす会話はいつも楽しくて、実は好きだったりする。

「東堂くん調子どう?」
『絶好調に決まっている!なぜならオレは箱根学園イチの美形クラ』
「切るショ」
『イマー…って巻ちゃぁん!?』

東堂くんのいつもの決め台詞が全て終わる前に容赦なく通話を切る裕介はいつものこと。
こうなることが分かっていても言い続ける東堂くんってメンタル強いなっていつも思う。

「あいつヒマすぎっショ…」
「愛されてるねえ、裕介」
「気持ち悪いことを言うな。ってかお前ら俺の携帯で喋るなショ」
「えーなんでえ?私達お互いの番号知らないし、大体わざわざ裕介抜きで喋ることあんまりないもん」
「オレが迷惑っショ!!」

「もういい早急に手を打つっショ…」と何やら携帯を操作する裕介に首を傾げながらお昼の準備をする。
――この裕介の行動の意味を私が知るのは、三日後のことだった。




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