イチサンナナ | ナノ

カチューシャ

広島インターハイが終わって少し経った、8月8日。

帰ってきてから、金城くんはかかり付けの病院に検査を含めて数日入院。
肋を折っていた彼はとにかく絶対安静を言い渡され、今は自宅休養を命じられている。
あと1週間もすれば部活には出てこられるらしい。
勿論、自転車には乗れないが。

あの日会場で聞かされた真実に憤っていた迅くんは、未だに怒りは収まっていないものの一応は落ち着いている。
多分、当事者である金城くんが福富くんを許しているからだ。
裕介も悔しさは残っているものの、怒りはないらしい。
…まあ隣で目一杯怒られたら怒る気もなくすよなあと迅くんを見ながら思った。
私も裕介もそんなんだから、余計迅くんはやりきれないのかもしれないけど。

…と、こんな風に箱学とは深すぎる因縁が生まれてしまった訳だけど、私達は変わらず東堂くんとは連絡を取っていた。
そして今日。
私は夏休み真っ只中の私立箱根学園を訪れていた。

「…綺麗すぎるでしょ」

山の上にある箱学はその立地による不便さから学生寮も整えられている私立高校。
一般的な県立高校である総北生としては外観から圧倒される。
…そんな箱学を何故私が訪れているのか。
事の発端は、2日前の夜に遡る。


〜・〜・〜


「…東堂くんの誕生日どうしよう」

私は目の前に置かれたとあるアクセサリーショップの袋を睨んでいた。
…明後日の8日は、先月の裕介に続き東堂くんの誕生日である。
インハイ前のオフの日、恥ずかしがる裕介をつれて約束通り東堂くんへのプレゼントを買いに行った。
そして二人で選んだのが、東堂くんに似合うと思ったカチューシャ。
そしてもうひとつ。
今私と裕介の携帯で揺れている、山をモチーフにした青いストラップ。
嫌がる裕介を説得し、お揃いにしようと3つ買った。
…まあ何だかんだ言いながらつけてるんだから、ほんと裕介は素直じゃない。

「当日に渡したいんだけど、どうだかなー…」

裕介のときは東堂くんがこっちに来てくれたから、今度は裕介と私が行こうと思ってたけど…インハイであんなことが起こってしまった。
私達が東堂くんと会うことには何の問題もない。
けど、まだ安静中の金城くんや今の迅くんを置いて二人揃って箱根に行くのはまだ少し気が引ける――それが正直なところだった。

「でもそれは祝わない理由にはならないんだよ」

私達にも、東堂くんにも今回のことで思うところはある。
けど言ってしまえばそれはそれ、これはこれな訳で。

「…裕介か私のどちらかだけでも行って渡すしかないかな」

そう考えて、私は裕介に電話しようと携帯を取る。
着信履歴の3番目にあった裕介の番号を選択した瞬間――発信よりも早く着信が入った。
画面に表示されたのは見覚えのない番号。
間違い電話かと思って出るか否か迷ったが、中々切れないコールにとりあえず出てみることにした。

「もしもし」
『あ、もしもし?西山唯さんで合ってる?』
「…合ってますけど、どなたですか?」
『箱学の新開隼人です。覚えてるかな?前予選で会った…』
「新開くん!?」
『隼人でいいよ、唯』
「は、はあ」

――新開隼人くん。
彼は以前偵察として見に行った神奈川インハイ予選で箱学のテント前で出会った。
箱根の直線鬼と呼ばれU-17のレースで優勝さえしているスプリンターなのに、今年のインハイには出ていなかった。
そんな彼が何故私の番号を知っているのか。

『びっくりしてるね』
「そりゃそうでしょ…」
『あはは、ごめんごめん。番号は尽八がお風呂入ってる間に見せてもらったんだ』
「………」

それは見せてもらったと言わないのでは…。

『勝手に見たことは謝るよ』
「い、いや私よりまず東堂くんに謝るべきかと…」
『尽八には全てが終わったら謝る』
「全てが終わったら?」

どうやら、新開く……隼人は何か私に用事があるらしい。
それも、東堂くんに知られてはならないような。

「私に何の用があるの?」

私が尋ねると、彼はクスリと笑ってから言った。

『唯――明後日の午後、箱根学園に来てくれないか?』

思いもよらない提案に、思考が止まる。

「…は?」
『いや〜明後日は尽八の誕生日なんだけど』
「それは知ってる」
『じゃあ話は早い。明後日尽八の誕生日だからってことで、箱学自転車部でファミレスにでも行こうかってなってね。それのサプライズゲストで来てほしいんだ』
「……はあ!?」

えーと、なんだつまり?

『プレゼント代わりに尽八に奢るってなってるんだけど、それだけじゃ味気ないだろ?だからおめさんが来てくれたら良いプレゼントになると思って』
「プレゼントって…ってか私箱学の自転車部の人なんてほとんど知らないよ!」
『あ、それは大丈夫だ。自転車部って言ってもオレに靖友と寿一、そんで尽八の4人だから。皆知ってるだろ?』
「知ってるってか予選の日とこの前のインハイで少し会っただけじゃん…!しかも福富くんに至ってはほぼ面識ないよ!」
『じゃあこれを機に親睦を深めるということで』
「………」

ああ言えばこう言う隼人に私は頭を抱える。
あの日感じた、優しそうだが中々食えない男だなという印象は間違いじゃなかったらしい。
これは多分了承しないと電話は切れないパターンのやつだ。

「…私が行って東堂くん喜ぶか分からないよ」
『そこは問題ないよ。いつも尽八は巻島くんと君の話をしているからね』
「え、」
『本当は巻島くんと一緒に来てほしいけど、そっちがそうはいかないだろう?』
「…そうだね」

どうやらその辺の事情も察した上での提案らしい。
――どうせどちらか一人で行こうとしていたんだ。
本当に私がサプライズになるかは分からないけど、この話に乗るのは決して悪くない。

「分かった。行く」
『ほんと?ありがとう!詳しいことはメールするよ』
「…アドレスも控えたの?」
『短くて助かったよ』

それじゃあ、またあとで。
それだけ言い残して、隼人は電話を切った。

「…マイペースすぎるでしょ箱学…」

一度や二度しか会ったことが無い相手をいきなり名前呼びだったり、携帯勝手に見たり――ああ、でもこれは彼は東堂くんにそれをやっても許させる仲なのだろう――と、あまりにも周りにいないタイプだから驚いてしまう。
…まあ、あんまり男の子の友達いないからかもしれないけど。
小さい頃から隣には裕介がいたし、…それに、中学入ってからは男の子は少し苦手だったから。
けれど、東堂くんは違う。
彼のあの一言は、本当に嬉しかったから。
そんな彼が何だかんだ言いつつ、愛し愛されている箱学の人たちなら…会ってみたいと思った。
…それに王者箱学だしね。
ついでに偵察しようそうしよう。
そんなことを考えながら、私は改めて報告するため裕介に電話する。

――裕介との通話が終わって画面を見れば、新着メールの文字。
言わずもがな、隼人からだった。



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