イチサンナナ | ナノ

インターハイ

インターハイが開幕した。
元々の部員数が少ない総北は、選手も補給隊もひっきりなしに動く。
まがりなりにもマネージャーである私は、補給隊の取りまとめをすることになって片時も気が抜けない。
忙しなく仕事をこなしながら、レースに出ている皆の状況を祈るような気持ちで聞いていた。

「よろしく頼むぞ、唯」

エースとして総北を背負っている金城くん。

「ガハハ!いっちょ大暴れしてやるか!」

スプリンターとして魁として道を切り開く迅くん。

「やるっきゃないっショ」

チーム唯一のクライマーとして山を登る裕介。
そして今年が最後となる先輩方に、1年生ながらにメンバー入りしてみせた古賀。

(皆、皆頑張れ――そして、楽しんで!)

こっちはこっちで戦ってるから。

「手嶋!もうすぐ皆来るから、サコッシュ用意忘れないでね!」
「ハイ!」
「青八木はボトルの順番確認!」
「…はいっ」

選手たちが補給所を通る直前は、大げさかもしれないけど戦場である。
補給が上手くいかない、不備があったりなんてしたら、それこそレース結果に大きく関わってくる。

「総北来ました!」
「みんな位置について!」

真夏の日差しを浴びながら、皆が私達の前を通り過ぎる。
補給自体は何事もなく済んだ。
――頑張って。
勿論皆頑張ってくれているのに、そんなことしか言えないのがもどかしい。

結果、インターハイ初日はまずまずの順位で私達はゴールした。
初日の表彰式が終わって、私達はすぐにホテルに戻る。
そこで選手たちのマッサージ、アイシングを念入りに行い、消化器系へのダメージを気遣いながら栄養を補給する。
そしてメカチェックと整備を済ませ、明日に備える。
――時間はあっという間に過ぎて行った。
明日の準備も含めて全て終わった頃には、日付が変わろうとしていた。
ようやく自分の時間だと、一息を吐く。

「…走ってないのに疲れてるなあ」

1日めまぐるしく動き続けた上にこの暑さ。
そして何より――インターハイという最高の舞台を間近で感じるからこそ得られる熱気、高揚感。
その全てが今のこの疲労に変わっているのだろう。

「ん〜〜〜羨ましいね、やっぱり」

窓際に立って、夜風に吹かれながら呟く。
…インターハイ前に申し込んだヒルクライムのレースは、優勝した。
先輩も金城くんたちも一緒に喜んでくれたし、少しでもインハイに向けて勢いづけれたかなって嬉しくなった。
でも今回のレースで改めて思った。
――クライマーは孤独だなって。
たった一人で坂と…山と、そして自分と戦い頂点を目指す。
私には裕介がいたから練習相手には事欠かさなかったけど、大会となれば別。
元の女子のロードという競技人口の少なさも相まって、ゴールまであと少し少し少し――!という戦いは滅多に起こらない。
…裕介の誕生日に東堂くんと三人で登った山。
本当に――本当に楽しかった。
誰かが追いついてくる、並ぶ、追い抜かれる。
あんなギリギリの勝負が、私は好きだ。

だから私は二人が羨ましかった。
裕介と東堂くん。
レースで出会い、そのまま親友と書いてライバルと読む――そんな仲になった二人が。
切磋琢磨出来る唯一無二の親友。
それと同時に、好きだなと思った。
二人の勝負が。
二人とも、自転車馬鹿で山が好きで面白いくらいに速くて。
…今年は東堂くん出ていないけど、来年は確実だろう。
だからこそ、この広島大会もメンバーに同行してるって言ってた。
来年を見据えて、インターハイを知っておくため。
この雰囲気は独特だから。

「…来年はこのインターハイで、二人の戦いが見られれば良いな」

だって来年の今頃、私達は3年生――最後のレースになる。
総北と箱学の名前を背負って二人が競うのは、来年の今が最後だ。

「…そのためには1年生に即戦力のクライマーがいてくれなきゃね」

現状、裕介はチームで唯一のクライマーであるからチームを引くという仕事を最優先にしなければいけない。
…山でチームを置いていくような、勝手な真似を許されない。

「…はあ。こういうとき私が男の子だったらなあ…」

そんなないものねだりが自然と零れる。
――もう何度呟いた台詞だろう。

「……もう寝よう」

このまま考え事をしていれば、眠れなくなりそうだ。
そう苦笑いして、私は布団へと入る。
――明日はインターハイ二日目。
総北はバッチリ優勝圏内にいる。

(大丈夫大丈夫、明日も頑張ろう)

ほどなくしてやってきた睡魔に、私は身を任せるように目を閉じた。


〜・〜・〜


インターハイ2日目。
この日は一生忘れられない日になった。

「迅くん!裕介!」
「おお、唯」
「ゴールしたんだね、お疲れさま」
「ショ」

とある用事があって本部に行っていた私が戻ってくると、テントにゴールを果たした迅くんと裕介がいた。
二人とも疲れたように座っているが、元気そうだ。

「てっきりゴールにお前がいると思ってたが…」
「ごめんね。本部に行ってたの」
「本部?何かあったショ?」
「…金城くんが戻らない」
「金城が!?」

二人はガタッと音を立てて立ち上がる。

「どういうことだ!」
「分かんないよ!ただ途中までは二位集団とトップの箱学との間にいたはずなの。けどゴールしたところ誰も見てなくて…。だから二人なら知ってるかなって」
「時間的にもうとっくにゴールしてなきゃおかしいだろ…」
「俺達も会ってないからとっくにゴールしたもんだと思ってたっショ…」
「二人も見てないの!?…本部で聞いてきたけど回収車には乗ってないって」
「…とりあえずゴール前に出とくぞ!」

そう言ってテントを出る迅くんに続いて、私も裕介もテントを飛び出す。
――たくさんの選手がゴールしていく中、その姿は見つかった。

「金城ォ!!!」
「金城くん!!」

――その姿は凄惨だった。
ボロボロのジャージの腹部からは血が滲み、車体は傷だらけ。
一体なんでこの状態でここまで乗ってこれたのかと思うくらい…明らかに落車したと分かる風貌。
私達は慌てて金城くんに駆け寄った。

「落車か?大丈夫か?怪我は――」
「古賀を…1年の古賀を呼んでくれ…右のシフターとホイールが…多分イッてる……」

迅くんがふらつく金城くんを支える。
倒れそうになった自転車は裕介が受け取り、私は金城くんの空いた左側に入り彼を支えた。

「自転車なんてどうにでもなるっショ…」
「何があったの?体は大丈夫なの?」
「すまない…エースとしての役割を果たせなかった…後で3年の先輩にも謝らないと…」

そう半ばうわ言のように呟く金城くん。

「落車はしょうがないっショ」
「た、単独か?」

迅くんの問いかけに、金城くんは何かを耐えるように押し黙ってから答えた。

「…そうだ。俺の力不足だ」

瞬間、迅くんの顔が悔恨で歪む。
支えていた金城くんを投げ出して、すぐそばにある壁を殴りつける。

「くっ、くそーーー!!!」

投げ出された衝撃でよろめいた私と金城くんを、今度は裕介が自転車を置いて支えてくれた。

「田所っち…」
「くそ…今年は…今年はいけると思ったのによ!オチは落車かよぉ!!」

やり場のない怒りをぶつけるように、何度も何度も迅くんは壁を殴った。

「本当に…すまない……」

そんな彼の背中に、金城くんが顔を歪めて謝る。

「田所っち、言い過ぎっショ!」

もうこれ以上は、と裕介が止めに入ったその時だった。

「違う」
「え?」

突然、後ろから声が聞こえた。
一体誰が、と振り返ってみると…そこには見知った男がいた。

「俺がジャージを引っ張って落車させた。すまなかった」

そう、彼は箱学の福富。福富寿一だ。
箱学唯一の2年生である福富くんが、ぐっと拳を握りながら私達に頭を下げる。

「て、てめえは箱学の…金城と前走ってた…」
「すまなかった…。大変なことをしたと思っている」

福富くんは頭を下げたまま語る。

「俺は金城に抜かれて、思わず手が出てしまった。…自分の弱さが原因だ」

私達は目を見開いた。
なんとも言えない感情が渦巻いてくる。
ツンと目頭が熱くなってきて、私は思わず肩を支える金城くんのジャージを握る。

「残り…2キロだった」

――その言葉に、迅くんは駆け出した。

「っ――ざけんなよ、てめえこらァ!!!」
「ぐっ…」
「迅くん!」

怒鳴りながら福富くんを殴り飛ばした迅くん。
「なんだなんだ喧嘩か?」と周囲の目が集まり出すが、福富くんは真っ直ぐ私達を見ながらもう一度言う。

「すまなかった」

興奮からか肩で息をする迅くんと福富くんが見つめ合う。

「…罪滅ぼしではないが、俺は明日のレースは棄権するつもりだ」

――棄権?
福富くんが?

「関係ねえよ!ふざけんなよ!!」
「田所っち!」

迅くんは福富くんに詰め寄り、首元を掴む。

「それが箱学のやり方かよ!勝つためなら何でもやんのかよ!見てねえところじゃそんな汚ねえことすんのかよ!」

――迅くんの悲痛な叫びに、福富くんは静かに涙を流す。

「自転車は回してナンボだろ。車輪で勝負すんじゃねえのかよ」

言いながら、迅くんも泣いていた。

「俺達にはなあ…エースは一人しかいねえんだよ……恵まれた箱学とはちげえんだよ!」

…そうだ。私達にエースは一人しかいない。
皆、皆自分の仕事をこなして、金城くんに全てを託した。

「俺達が優勝するために…どんだけ……っ」

絞り出すような迅くんの嗚咽交じりの言葉に、私も裕介も顔を歪ませる。
そんな私達の間に入ったのは、きっと誰よりも悔しいだろう金城くんだった。

「…もういい、田所。これ以上やっても、リザルトは変わらない」

フラフラとふらつきながら、金城君は福富くんの前に立つ。
迅くんもそっと手を離した。

「やるべきことは…明日に備えバイクを直し、休むことだ」

迅くんに支えられながら私達の方へと歩き出す金城くんと、立ち上がる福富くん。

「ま、待て!3日目は無茶だ!出るのか…そのひどい怪我でお前は!!」
「ロードレースの全ての勝敗は道の上で決まる。そしてその結果は、ゴールするまで誰にも分からない」

――怪我なんて感じさせないくらい力強い声で金城くんは言い切る。

「だったら走るさ。道の上に立って走り出さなきゃそれは負けと同じことだ」

ああ。

「踏み出した一歩は小さくとも、必ず積み重なる。例え今日価値がなくても、その一歩は一ヶ月後か二ヶ月後、必ず形になる」

やっぱり。

「だから俺は諦めない。例えどんなに時間がかかっても、それが1年後でも」

金城くんは――

「俺は総北を優勝させるつもりだ」

私達のエースだ――。


〜・〜・〜


最終的なこのインターハイにおける私達総北高校の順位は17位だった。
因みに優勝は箱学。
金城くんは昨日あの後すぐに病院に運ばれ、肋骨骨折に擦過傷7ヶ所が判明して2日目でリタイアとなった。
因みに昨日の福富くんのことはあの場にいた私達しか知らない。
3年の先輩方には単独落車事故と伝えてある。
――金城くんが望んだことだった。
やりきれない悔しさがどうしてもあふれ出てくる。

「…オイ、来年は絶対に優勝するぞ」
「当たり前っショ」
「金城くんを――1番早くゴールに届けたいね」

そう、来年――私達最後の夏。

「帰ったらまた鬼のような練習だね」
「お前気軽に言うなよ〜?」
「あ、失礼だな迅くん。私ちゃんと一緒に鬼練習参加してるでしょ。1000キロ合宿だって走ったでしょ」
「…そうだった」
「合宿は監督や1年生がマネ仕事してくれるから走りに集中出来たな〜」
「俺は1000キロロードで走り切る女は女と認めない」
「じ〜ん〜く〜ん〜?」
「…はあ、唯が女っ気ないのは昔からっショ」
「こら裕介!」

こんな他愛無い会話に隠れた思いはただ一つ。

絶対に、絶対に来年こそは。

そんな確固たる思いを胸に、私達は千葉への帰路につくのだった。



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