イチサンナナ | ナノ

親友と誕生日

『何!?巻ちゃんは七夕が誕生日なのか!?』
「そうだよ〜!だから今プレゼントに悩んでる〜〜」

6月末のとある夜。
最近は昼間でなく夜にかかってくることも多くなった東堂くんの電話。
ふと思い返してみればほとんど毎日電話で話しているなあとしみじみ。
期末テスト前で部活もなくなる今の時期、明日のことをそこまで気にしなくて良いので自然と電話も長くなる。
いつも通り裕介の話で盛り上がったところで、私はふと思い出したことを言った。

――そう、もうすぐ裕介の17回目の誕生日なのである。
10年以上幼馴染をやっていれば、もう誕生日プレゼントもネタ切れな訳で。
…誕生日に加えてクリスマスもあるし。
だから、今年はどうしようかなあという話を東堂くんにしてみたのである。

『巻ちゃんが七夕生まれとは…』
「あんまり似合わないでしょ?」
『いやそんなことはないぞ!ああ見えて巻ちゃんは意外とロマンチストなところがあるし――』
「あ〜そう言われてみれば確かに…?」

今までそんなこと考えた事なかったからなんとなく避けてたけど、東堂くんがそう言うなら今年は七夕ちっくな物をあげてもいいかもしれない。

『巻ちゃんの誕生日…これは祝わねばならんな!』
「東堂くんが誕生日知ってるのあいつ知らないだろうから、電話してやってよ」
『それは勿論だが…』
「?」

電話越しでも分かるくらい、何かを悩むように押し黙る東堂くん。
少し長めの沈黙の後出た言葉は――。

『なあ、唯。7日は土曜日だが総北はまだテスト期間か?』
「うん、テスト真っ最中だよ」
『そうか!ならば7日は俺が千葉に行こう!』
「……はあ!?」

いきなりとんでもないことを言い出した東堂くん。
こっち来るって…箱根からってことだよね!?

「箱根から千葉って遠いよ!?しかも箱学だってテストあるんじゃ…」
『ワッハッハ!俺を誰だと思っている?1日机に向かわなかっただけでは酷い点数は取らんよ』
「…嫌味か!」

心配ないと笑う東堂くんは少し不安だけど、それでも彼の提案は私まで楽しみになってしまうくらい魅力的で。

「…こっち来て何するの?」
『俺と巻ちゃんと唯が揃うんだ、やることは一つだろう?』
「――クライム!!」

こうして私達は秘密裏に裕介のバースデークライムを計画し始めるのだった。


〜・〜・〜


そして誕生日当日の朝。
お天気も良いクライム日和といった晴天で申し分ない。
私はまず電車でやってくる東堂くんを迎えに駅に向かう。

「おお!ロードに乗る唯をキチンと見るのは初めてだな!」
「というか会うの3回目だよね」

そう、普段電話で話してるからあまり感じないけど、会うのはまだ3回目である。
だからほんの少しだけ緊張していたけど、会ってしまえば電話の延長みたいな話しかしないから緊張もすぐに飛んで行った。

「巻ちゃんには何て言っているのだ?」
「普通に今日は久しぶりに山行こう!って誘って、朝迎えに行くって言ってる。だから準備して待ってると思うよ」
「ほう、あの巻ちゃんが…。知ってはいたが幼馴染というものはすごいな」
「まあ幼稚園からの付き合いだし、家族ぐるみで仲良いから最早家族だよね…」

そんな他愛もない話をしながら、持ってきた自転車に乗った東堂くんと裕介ん家に向かう。
因みに裕介には東堂くんが来ることは言っていない。
サプライズその1である。

「…じゃあ、ピンポン押します!」
「巻ちゃんどんな顔するだろうな!?」

裕介の家の前に着いてすぐ。
私ははやる気持ちを抑えつつインターホンを押す。
気怠そうな返事から一分足らずで、裕介は自転車と共に私達の前に現れた。
そして。

「………」
「ワッハッハ!どうした声も出ないか巻ちゃん!」
「期待通りの反応ありがとう、裕介」
「…なんで東堂がいるっショ」

ようやく出たといった感じの一言に、私と東堂くんは笑いながら頷き合う。
そして後ろ手に隠し持っていたクラッカーの紐を握りしめ――

「「お誕生日おめでとう!!」」

茫然としている裕介目掛けて思いっきり紐を引っ張った。

それから私達は裕介に事情を説明しながら、いつも私達が練習でよく行く山へと自転車を走らせる。
道端でクラッカーなんて…とかなんとか色々裕介は愚痴るけど、その顔は確かに喜んでくれているのが分かるから、大成功だね!と私と東堂くんも笑った。

「まさかたかが誕生日に千葉まで来るとは…」
「誕生日はたかがじゃないぞ巻ちゃん!記念すべき日なのだ!」
「そのせいでテストの点悪かったとか言われたら、気分悪いっショ」
「裕介!なんでそういうこと言うの!」
「唯に言ってるショ」
「私か」

いつも通りの私達らしい会話をしながら、ペダルを回す。
タイムや順位を気にせず、サイクリング感覚で走るのは久し振りだったからものすごく穏やかな気分だ。
そうして私達は山道へと入る。

「…どこまで行くんショ?」
「頂上に展望台があるでしょ?そこで休憩します」
「頂上…なんかこの面子で普通に登るって変な感じっショ」

裕介の言葉に顔を見合わせる私達。
まあ裕介と東堂くん、私と裕介は山といえば勝負!って感じでいつも登ってるもんね…。

「そういえば俺は唯がクライマーだということは知っているが実際に登ってるところは見たことないぞ!」
「え、それを言ったら私も東堂くんの登りちゃんと見たことない気がする…」
「む、そうか?ならば見せてやろう…この東堂尽八の」
「ちょっと登ってみたらいいんじゃない?そしたらこいつも大人しくなるっショ」
「巻ちゃん!!いつも俺にかぶせて来るな!!…でも確かに唯の走りは気になる」
「えー…?」

なんだか話が変な方向に行ってるなあ…と眉を下げるが――走りが気になる。
そんなことを言われたのは初めてで、自転車乗りとしては嬉しいというかその…走りたくなるというか。

「でも今日ヘルメットないし…」
「500くらいなら大丈夫っショ」
「ん〜じゃあそれくらいなら…?」

私から二人と少し間を開ける様に横にずれる。
スーハ―と呼吸を整え…前を見る。
どこまでも続くように見える坂。
私は今からここを――登る!
瞬間、グンと風が変わる。
前へ前へ行こうとする私の気持ちに応えるように自転車が風を切り出す。
周りの音が消える。

――ああ、私はやっぱり山が、坂が好きだ。


〜・〜・〜


「…何、驚いてんショ」

瞬く間に見えなくなった彼女に目を見開いていた俺に、巻ちゃんはそう言った。
…そうだ、俺は驚いている。
クライマーとしての、彼女の走りに。

「彼女は…唯は俺と同じタイプなのだな」
「…まあ、お前ほど正確ではないがな」

俺の武器は極限にまでロスを減らし加速するスリーピングクライム。
緻密なコントロールが必要とされるため、誰も彼もが出来る走り方ではない。
故に、初めて見た。
自分以外の人間が、音もなく加速するのを。
確かに巻ちゃんの言う通り、技術的には俺の方が上なんだと思う。
現に、音もなく滑るように走ったのは抜く間のみ。
きっと彼女にそれを持続させる技術はまだない。
それでも目を奪われた。
――追いかけたいと思った。

「気になるなら追いかけてみればいい」
「え?」
「今追いかければ多分あいつは500の約束なんて忘れているだろうから…本当のあいつの走り、見れるっショ」
「どういう意味だ?」

そう言って意味深に笑う巻ちゃんに、首を傾げる。
本当の走り…?今のがそうではないのか?
湧き上がる疑問は後を絶たなくて。
…全く今日は巻ちゃんの誕生日で来たと言うのに。

「――巻ちゃん!」

やはり自分も筋金入りの自転車馬鹿なのだなと笑う。

「頂上で待ってるから、巻ちゃんはゆっくり来て良いのだぞ!」
「クハッ!冗談キツイっショ!」

――こうして俺と…負けず嫌いの巻ちゃんは先行した唯を追いかけ始める。

「本当の唯…」

出会ってからいつの間にかほぼ毎日電話するようになった彼女。
色んな他愛ない話をするが、クライマーとしての彼女と接するのは、今更ながら今日が初めてだ。
だから、純粋に興味がある。
何かいきなりスイッチが入ったように雰囲気が変わった唯。
巻ちゃんが自分の目で見てみろという唯の本当の走り。
――その正体が分かったのは、俺達が彼女に並んだ瞬間だった。

「っハ!東堂くん!裕介!」
「追いかけてきたぞ唯!」
「うん!気付いてた!ほんと…これだから誰かと走る坂は楽しいよね!」
「!」

そう言うやいなや、唯はあろうことかこの場面でギアを1枚重くした。
傾斜がきつくなりつつある、この状況で。
そして何より驚いたのが――

「先行くね!」

真っ直ぐ前を見据える彼女が笑っていたことだ。
決して楽な坂ではない。
けれど彼女は笑っていた。
流れる汗を拭いもせず笑っていた。

「あ〜あ…唯のやつ、テンション上がりすぎっショ」
「巻ちゃん今のは…」

再び前へ出た唯を見送って、巻ちゃんが口笛交じりに呟く。

「見た通りだぜェ?普段は抑えてるがあいつは山が好きだからな。笑って登れる馬鹿ショ。しかもテンション上がりすぎてギアを上げちまう――大馬鹿だ」

唯を馬鹿だ馬鹿だという巻ちゃんだが、その顔は言葉の割に優しくて。
今まで出会ったことのないタイプのクライマーに、俺はただただ感心していた。

「なるほどギアを上げる…。男子でもしないような走り方だが、それを支えているのはあの脚なのだな…」
「…そういや東堂、お前初対面で脚のこと褒めてたな」
「俺は正直だからな!純粋に思ったことを口にしたまでよ!」

俺はすっとシフトレバーに指をかける。

「追うのか?」
「愚問だな、巻ちゃん!あんな走りを見せられたら追いかけずにはいられんだろう!」
「クハッ、まァな!」

俺達が感じている高揚感は多分同じだろう。
俺はこの興奮をそのままペダルへとぶつける。
彼女に追いつけ追い越せと勇む体をそのままに、俺達は一気にスピードを上げた。


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