短編集 | ナノ

帰りを待つ

「えーっと、これがブン太からで、こっちが赤也から、と」
「やあ、荷造りは進んでる?」
「幸村!!」

あと2、3日もすれば暦は師走という11月の末。
下校時刻間近の教室で一人、私は机に並べられた品々を一つ一つ確認しながら箱に詰めていた。
そんなところに現れたのは、我らが部長、幸村精市――いや、今は元、部長かな。

「ぼちぼちって感じかな〜。皆サイズとか考えないから色々苦労してるけど」
「あはは、あいつららしいじゃないか」

そうおかしそうに笑う幸村に、私は眉を下げながらもつられて笑ってしまう。

「幸村は何を持ってきたの?」
「俺はこれだよ」
「これって…」

はい、と手渡された透明のケースに入った瓶を覗く。
その中には赤と白の花びら達が咲き誇っていただろう時の鮮やかさに落ち着きを加えて詰められていた。

「もしかして…ドライフラワー?」
「正解。山茶花のドライフラワーだよ」
「幸村らしいね」

というか、幸村じゃないと思いつかないものだよね。
そう感心しながら、私はケースに「幸村から」と書いたカードを貼り付け、箱に入れる。
――この箱には、皆からのある人への誕生日の贈り物が詰まっている。
今ここにいるべきはずの…いない人。

「どうして山茶花なの?」
「あいつの誕生花なんだよ。花言葉は――」

【困難に打ち勝つ】と【ひたむきさ】。

告げられた言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。

「…あいつが知ってるとは思えないんだけど」
「うん。だからそれとなく教えてやってよ」
「……面倒だなあ」

私の言葉に、ふふっと笑う幸村。
…多分、いや、絶対見透かされてる。
本当はちっとも面倒だと思っていないことも、今ちょっと泣きそうなことも。

「…喜んでくれるかな」
「ああ見えて仁王は俺たちのこと大好きだから、喜ぶでしょ」

――だってさ、雅治。
あんたが口が裂けても言わない気持ちはしっかり伝わってるんだよ。
そんなことを、遠く離れた彼に心の中で投げかけた。



コート上の詐欺師、仁王雅治。
個性の強い立海テニス部の中でも独特の位置に立つ彼は、銀髪を靡かせ周りをおちょくったりおちょくられたりといつだって私達と馬鹿騒ぎをするかけがえのない仲間。
いつも飄々としている彼だけど、本当は熱くて仲間想いの人。
そんな彼は、今、私たちの隣にいない。

幸村たちがU−17合宿から帰ってきたのはこの間のことだった。
マネージャーの私はついていけなかったから、そこで何があったなんて詳しく知らないけれど、帰ってきた彼らは見送ったときより何倍も逞しくなって帰ってきた。
けれど――その中に雅治の姿は無かった。

『…雅治、は…?』
『実は――』

幸村から話された内容と、柳が見せてくれたとあるビデオを見て息を飲んだ。

――画面に映っていたのは、手塚と跡部とダブルス。
…正しくは、イリュージョンを使った雅治と跡部のダブルス。
相手の高校生の内1人は、昨年まで立海に在籍していた毛利先輩だったことにも驚いたが、その試合展開には息をするのも忘れた。
そこにいるのは、夏の全国で見た【手塚】ではなかった。
零式サーブを打ち、手塚ゾーン・ファントムを使いこなす雅治。
そして――いつかの手塚国光のように自分を犠牲にしてでもチームのためにボールを打ち返し続ける雅治。

限りなく本物に近い――イリュージョン。

そして、肘が鬱血しても止めなかった彼は、そのままコートに倒れた。
試合終了後雅治はすぐに病院に搬送されたらしいけど、手塚のように蓄積された負荷が限界に達したわけではなく、短時間でそれに近い負荷をかけた雅治の肘はあの1試合だけで彼のテニス生命を脅かす程のダメージを受けていた。
運ばれた病院はU−17御用達なだけあって最新の設備が整っている所らしいけど、それでも他のメンバーと一緒に帰っては来れない程度に雅治の肘は重傷だった。

彼が立海に帰ってきたのは、幸村たちよりも一週間後のことだった。
三角巾で吊られた腕に苦笑いしながらいつもの口癖を口にした彼に、いてもたってもいれなくなって柄にもなく抱きついてしまったのは忘れたいことだけど、それぐらいに彼の「強さ」に心を打たれていた。

とりあえずの応急措置を終えて帰ってきたらしい雅治の肘は、まだまだ完治には程遠い。
怪我自体は治っても、リハビリには多くの時間がかかる。
医者にはテニスを辞めることを奨められたらしいけど…雅治は断った。
そして中学の間に怪我の完治を目指し、高校に上がる前にはリハビリを開始するという強行軍な計画を実行することを決めた。
幸い立海は私立だし、強豪校レギュラープレイヤー且つ頭も良い雅治はほぼ高等部への進学は確定しているようなものだから、受験の心配はいらない。
だから雅治はたまに学校に出てくるものの、ほとんどをここから少し遠くにある施設で治療に専念している。
誕生日を3日後に控えた今だって。
――あの夏に交わした約束のために。

高校で、三連覇を。

「赤也がね、プレゼント持ってきてくれたときに言ったの」
「赤也が?なんて?」
「俺、絶対来年無敗で全国優勝するんで、先輩達も負けないでくださいね、って」
「赤也……」
「雅治の試合見て、改めて先輩達の凄さを知ったって言ってたよ」

イリュージョンって言葉に隠れているけど、あれは手塚さんじゃなくて仁王先輩自身の強さだと語った赤也は、最後に少し照れくさそうに「俺も先輩達みたいに【強く】なりたいっス」と笑った。

「なんだかんだ言いながら、赤也は幸村たちのこと大好きで尊敬してるよね」
「……そっか、そんなことを…」
「照れない照れない」
「…赤也は俺たちだけじゃなくて、ちゃんと吹雪のことも大好きで尊敬してるよ」
「……そうかな」
「照れない照れない」

生意気でワカメな可愛い可愛い後輩を思い浮かべて、私たちは笑う。
本当に、良いチームメイトに恵まれたと思う。

「で、吹雪は何をあげるの?」
「私?私は――私だよ?」

さらりと告げた言葉に、幸村は目を見開く。

「えーっと、つまり、当日は向こうに行くってこと?この荷物は直接届けるってこと?」
「え、なんでこの一言でそこまで分かっちゃうの?読んだ?いつの間に私の心読んだ?」

今度はこっちが目を見開く番だった。
全く、幸村は怖すぎる。

「ちょっと考えればわかるでしょ」
「…ハイハイソウデスネー」

これ以上は何を言っても無駄だと知っている私は早々に話を切り、再び作業を開始する。
…あ、雅治と皆には内緒ねって言った方が良いかな。
思ってたより重くなったから持っていくの大変だな。
――早く、逢いたいな。
驚いた顔が見たい。
誰よりも早く言いたい――誕生日、おめでとう、って。

「ま、楽しんできなよ。ノートぐらいは取っておいてあげるからさ。仁王によろしくね」
「了解しました幸村様ありがとうございます」

そうおどけた私に「貸し1つね」と恐ろしい言葉を残して幸村は教室を出る。
聞こえないフリをしてその背を見送り、残された私は幸村が持ってきたドライフラワーを見つめる。

【困難に打ち勝つ】、雅治の誕生花。

早く、早く伝えたい。
皆、雅治を信じて待っている。
「あいつなら何にもなかったような顔して戻ってくる」って。
…まるで幸村の時みたいだ。
そんなことを考えていると、当の幸村からメールが届いた。
さっき言うの忘れたから言っといて、なんて前置きのあとに書かれた言葉に、目頭が熱くなった。

『俺たちは無敗で帰りを待つ』



***


仁王くん、誕生日おめでとう!
あなたの進む道に幸せがあることを願っています。

そして企画主催のあいりさん、素敵な企画ありがとうございました。


2012.12.2 お題:帰りを待つ

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