短編集 | ナノ

ノスタルジック・フューチャー

それは、ふと立ち寄ったマンタイクでのことだった。

「てことで、今日はこのまま宿屋だな」

宿屋の前で固まっている集団の脇を通り抜けようとした瞬間に聞こえてきた名前。

「了解!ユーリはこのあとどうするの?」

聞き覚えのある名前に、思わず足を止めた。
こんなところにいるはずがないと思いつつ、ゆっくり振り向く。
――その先で、目が合った。
黒髪長髪の、彼。

「ユーリ…?」
「…スイ?」

それが、数年前帝都で別れたきりのユーリ・ローウェルとの再会だった。







「へー!ユーリの帝都時代の知り合いか!」
「そそ。懐かしいねえ」

宿屋近くの飲食店。
驚きの再会を果たした私とユーリは、彼の仲間だという数人と一緒にとりあえず腰を落ち着かせた。
順番に紹介された彼らは…まあなんというか、皇帝候補に天才魔導士にクリティア族にがきんちょにおっさんという異様な集団だった。

「懐かしいってどれくらい?ちょっと前まで帝都にいたんでしょ、ユーリ」
「ユーリが騎士団やめるくらいだから…4年ぶり?くらい?」
「そうそんなに経つのか…早ぇな」

帝都を離れたばかりの頃はよく思い出していたものだが、今では特に脳裏によぎることもなくなった。
だからこそ、久々に思い返せば懐かしさもひとしおだ。

「スイさんは何をしている人なんですか?」

皇女様が首を傾げる。
一体何がどうなって下町にいたユーリと旅してんだか。

「スイでいいよ。お姫様にさん付けされたら怒られそう」
「そんなことは…」
「何をしてる人か…んー……旅人?」
「旅人?」

職業はなにか――そう問われれば、旅人という他なかった。
定住することなく、何かの組織に籍を置いているわけでもない。
路銀は用心棒だったり魔物退治で稼ぐ。
そうやって、私は生きている。
ただ。

「ずっと旅してるの。目的はまあ色々ね。で、ユーリと出会ったのもたまたま帝都に寄ったとき」

ただ一回。
唯一根なし草の私が一つの土地に「定住」したことがあった。
それが――ザーフィアス。
ユーリと出会った、帝都だった。

「お前確かあんとき帝都来るの初めてだったんだよな?案内する度にはしゃぎやがって」
「思いの外気に入っちゃったのよね〜ユーリの案内も上手かったし。だからつい長居しちゃった」
「長居?」

各地を回りながらも帝都に寄ったことはなかった。
いつもはハルルの町止まりだったところを帝都まで足を伸ばしたのは、本当に気が向いたから。
それが思いもよらないことになったんだけど。

「最初は三日くらいで去ろうと思ってたんだけどユーリのせいで半年くらいいたかな」
「え!」

ユーリ以外の、みんなが目を見開く。
何がそんなに驚かれているのかイマイチ分からないけれど、当のユーリ本人はため息を吐くばかりだった。

「その割に俺が騎士団に喧嘩売って一日拘束されてる間に黙って出てったくせに。帰ってきたらもぬけの殻で焦ったぜ」
「あはは、そんなこともあったねえ」

みんなの顔が、更に面白くなる。
当時のことを思い出すと、ちょっとだけユーリに申し訳なくなる。
置き手紙は残したものの、何も言わず帝都を出ていったのだから。
…なのにこうして帝都から遠く離れた土地で再会するのだから人生何があるか分からない。
下町に固執していたように見えたユーリが下町どころか帝都の外に出てるし。
性格とかは何も変わってないように感じるけど、きっと色んな所が昔と違うのだろう。
私も、ユーリも。

「あ、そういえばどうする?久々に私のシフォンケーキ食べる?再会記念に作ってあげる」
「………」

ユーリは甘いものが好きだ。
帝都にいた時は何かと一緒に甘いものを食べる機会が多かったし、手作りすることもあった。
中でも私が作るシフォンケーキをユーリは気に入ってくれて、よく作ったもんだ。
そんなことを思い出して言えば、彼は分かりやすく言葉を詰まらせた。

「揺らいでる」
「揺らいでるわね」

カロルとジュディスがしみじみと言う。
ユーリは深いため息を吐いてかぶりを振った。

「…お前ほんとちゃらんぽらんしてるくせにシフォンケーキだけは絶品だったんだよな…」
「そりゃもうユーリのために頑張って練習してたからね〜上達はします」
「よく言うぜ」

各地を回りながら生きている私にとって、料理は死活問題だ。
回復と能力向上を担うそれは、必然と腕も上達する。
しかし旅は一人だ。
限られた材料で作るのは、実用的であり勿論腹持ちの良いものが多かった。
だから、デザート系…とりわけユーリが好きなスイーツにあたるような品は滅多に作ることがなかった。
しかし帝都で出会ったユーリは無類の甘いもの好き。
自然とそういう流れになって作るようになったが、いかんせん教え手はユーリだ。
大雑把な教え方と元々の私自身の性格も相まって、いつの間にかぎゃふんと言わせたくて夢中になった。
その結果が、ユーリのお墨付きシフォンケーキだ。

「あ、あの〜おっさん二人の会話ついていけないんだけど」

そういえばあの日々のおかげで2キロ太ったなあ等とあまり思い出したくない思い出に浸っていると、レイヴンの少し抜けた声が耳に届く。
私達は顔を見合わせ、首を傾げた。

「「うん?」」
「いやそこで声揃えられても」

何が言いたいんだろう。
私の言いたいことが伝わったのか、おっさんは神妙な顔持ちで言う。

「多分ね、ここにいる誰もが気になってることだと思うのよ」

続いたのは、リタだった。

「アンタ達、どういう関係なの?付き合ってたの?」
「リタっち直球〜!!」

目を瞬かせて、理解する。

「あー…」

こういうときは、なんて答えるのが正解なのだろう?
というか、私が答えていい問題でもない気がする。
だって、答えによって一番困るのはユーリだろうから。

「どうするの、ユーリ。任せるよ」
「…任せられてもな」
「付き合ってたのかな、私達」
「…スイ、余計なこと言う前に口閉じろ」

ちょっとだけ焦っているユーリが面白くて、わざと意味深なことを言ってみれば、ジト目で「ちょっと黙れ」と睨まれる。
それを見て何を思ったか、おっさんが努めて明るい声を出した。

「はいはーい!おこちゃまたちはもう寝る時間ね〜〜」

言い淀んだユーリに何かを察して、レイヴンがお姫様達の背をぐいぐい外へ押しやる。
当然非難の声は上がるわけだけど…強引にも彼はお姫様・リタ・カロルを宿屋へ返した。
残ったのは、私とユーリとおっさん、ジュディだけだった。

「おい、おっさん」
「これからは大人のジ・カ・ン」
「私は良いのかしら?」
「いーのいーの!ジュディスちゃんはオ・ト・ナ」

そう語尾にハートをつけたおっさんは、意気揚々と酒を頼んだ。
間を開けず運ばれてきた3人分の酒――ジュディは一応ジュースである――を片手に、私たちは改めて顔を向かい合わせる。

「んで青年!スイちゃんとはどういう関係なのよ」
「…おっさん面白がってるだろ」

嫌そうに顔を歪ませながら答えるユーリに吹き出す。
まあ見てる感じ、どう説明すればいいのやらって感じなんだろうな。
あと知られたくないのもあるんだと思う。

「私はユーリの判断に任せるよ。一番難しい立場でしょ」

私たちの関係。
考えてみると、一般的ではない部類に入る。
特にお姫様やカロル、リタ…知られたくないのは当然かな。

「――ま、それなりに深い関係だったな」
「気楽にね〜若かったね〜〜」

そんな心配をよそに、ユーリは意地の悪い顔で笑いながら意味深に言った。
どうやらこの二人には知られてもいいらしい。
それなら私も合わせるまでだ。

「うっわ青年のそんな話聞けるとはおっさん思ってなかった」
「言葉と顔が一致してねーぞ」
「恋人ではなかったのよね」
「そんな話にはならなかった…よねえ?」
「だな。発想にもなかったぜ」
「確かに」

私とユーリの関係――言い表すのは難しいけど、決して大きな声で言えるものではないと思う。
バカし合って、だらだら過ごして、剣の稽古して。
そして気が向いたら思いのままに抱き合い肌を重ねる。
そんな毎日を、あの頃は過ごしていた。

「何か意外ね。ユーリってそのへんはしっかりするタイプだと思ってたわ」
「あのなあ、人を無節操野郎みたいな言い方すんじゃねえよ。そりゃおっさんだろ」
「違うの?」
「ちげーよ。オレはな」
「おっさんも違うわよ!」

酒を片手に盛り上がる。
――好きだなんだの言葉はなかった。
ただ一緒にいるのが心地よくて、そんな感情を考えたこともなかった。

「ま、そういう話をしなかったからこそ、楽しかったんだよ」

ユーリの一言が、当時の私達そのものだった。


〜・〜・〜


「はー楽しかった。ごめんね、送ってもらっちゃって」
「いいよ。俺ももう少し話したかったしな」

話は尽きず盛り上がるが、時間は有限。
あっという間に閉店時間を迎えた店を出て、帰路につく。
夜だから宿まで送っていくという相変わらずなユーリと、夜道を歩く。
私の宿泊予定地はユーリ達が泊まる町の宿屋ではなく、普通の民家。
一年ほど前、ちょっとした人助けをしたらそのお礼に、とマンタイクに来たときはいつも泊めてくれるようになったお家だ。

「ラピードあんなに大きくなってて驚いた」
「ああ…まだ小さかったもんな。一緒にいたとき」
「半年でも結構大きくなったけど、あそこまでなるとは思ってなかったや」
「…親そっくりになったもんだよ」

騎士団に入っていたユーリが色々あって引き取った犬だと紹介してくれたのが、まだまだ小さいラピードだった。
さっき挨拶をしたらなんとなく覚えてくれているような反応で、素直に嬉しい。

「ユーリはかっこよくなったね」
「お前も綺麗になったな」

思ったことを素直に言えば、即答される。
…一緒にいた頃は互いに十七で、今は二十一。
子どもじゃない、大人だ。
少年っぽさが抜けたユーリと同じように、私もまた、大人になったのだろう。

「あの子は元気?金髪の…」
「フレンなら騎士団だぜ。出世街道爆走中」
「へえ」

直接会うことはほとんど無かったが、ユーリとの会話の中でしょっちゅう出てきたのが、彼の幼馴染だという金髪の男の子だった。
彼と一緒に騎士団に入ったユーリ。
あれだけ仲良かったのに、道は違えているのか。

「あ、ここだよ。いつも私がお世話になるところ」

民家が立ち並ぶ区画のとある家の前で、立ち止まる。
ユーリは一つ頷いて、私と向かい合った。

「…あれからも、ずっと旅してんだな」
「うん。フラフラとね。本当に…あの帝都だけだよ。同じ場所にあれだけいたの」

そうにっこり笑えば、ユーリも可笑しそうに笑う。

「その割にはあっさり出て行ったらしいじゃねえか」
「…ユーリ怒ってる?黙って出て行ったの」
「怒っちゃいねえよ。…今はな。あん時は知らねーが」
「もう、そんな意地悪な言い方しなくていいじゃない」
「どこが意地悪だよ」

会話が途切れる。
もうこれ以上この件については触れたくないらしいユーリに、私は聞いた。

「…寄ってく?」
「そりゃ魅力的なお誘いだが、さっきの今で朝帰りなんてしたらおっさん達に何言われるか分かんねえだろ」
「朝帰りて…ユーリやらし〜別にそんな意味で言ったわけじゃないかもしれないのに〜」
「お前も十分やらしいぞ〜」

どう見ても頭の緩い会話に、どちらからともなく吹き出した。
ひとしきり笑って、深呼吸する。
――先ほど聞いたユーリ達の旅の始まりと、これからを思い出す。

「…ユーリ、フェローに会いにいくんだよね」
「ああ。それがどうかしたか?って…お前、フェロー知ってるのか?」

驚きを隠さないユーリに、私は頷いた。

「まあこんだけ旅してるとね、色々あるのよ」
「そういえば――オレ、お前の旅のこととか…色々知らねえな」
「うん、言ってないからね。でも…フェローに会ったら、きっと変わるから。世界が」
「スイ…?」

首を傾げるユーリにあえて触れず、私は続ける。

「あとレイヴン…彼、天を射る矢の幹部でしょ」
「なんでそれを」
「ドンとは面識があってね。向こうは知らないだろうけど、私は話は聞いてたから」
「へえ。おっさんの話を聞いてるってことは、ドンとはそこそこ仲良いのか?」
「まあ色々気にはしてもらってるかな。ギルドには入ってないから客人扱いだけど」
「なんつーか…世間は狭いな」

しみじみしたユーリの呟きにぷっと笑って、私はユーリに背を向ける。

「ユーリ達とは、もしかしたらまた会うかもね」

振り返れば、こちらに手を伸ばすユーリ。
しかし私はそれには応えず、手を振った。

「おいスイ、」
「おやすみ、ユーリ。会えて嬉しかったよ。砂漠、気を付けてね」

それだけ言い残して、家に入る。
今度は振り返らなかった。

(今すぐここを発って、フェローに会いに行こう)

まさかユーリにもう一度会うとは想像もしてなかった。
そして、彼があんな厄介ごとに巻き込まれて、旅をしているとも思わなかった。
――あのいっそ毒のように甘美だった日々が脳裏に甦る。
もう二度と戻れない…思い出す資格さえもないそれに痛みを覚えながら、私は出立の準備を始めた。


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